12「おいメグがいないぞ?」

「どうですか? どうですか? どうでしたかー?」

「おま。ウザイ。最後の一行を読んでるところに声かけて来やがったな。その罪、万死に値する」

「わっ。わっ。わっ。そんなに夢中に読んでくれてましたか。部長。部長。部長。ということは? ということは? ということはー?」

「わざわざ三回を三回も繰り返すおまえ。ウザい。超死ね」

「いや私はそこは萌えるのだけど。京夜君。ぜひ〝紫音さん〟と三回繰り返して言ってくれたまえ。なんなら百回だって構わないよ」

「いや。シイじゃなくて、メグだろ。ここは?」

「え? 恵ちゃんの名前を三回呼ぶんですか? ――恵ちゃん。恵ちゃん。恵ちゃん。――はい。言いましたけど?」

「ふわん」

「おいメグ。変な声出すな。こいつがチョーシにのるからな」

「こ、これはいいかも……ですっ! さっそくいま書いているシーンに取り入れないとっ。皆さんすいません。しばらくちょっと、紅茶は自分で淹れてくださいねー」

 KB部の紅茶番長が、なんと、紅茶番長のお休み宣言をした。

 こうなると恵ちゃんは執筆モード。超人フリックで、口で喋るよりも早く小説を書いてゆく。

 ちなみに、恵ちゃんの書いているのは「悪役令嬢」というジャンル。まえに説明を聞いたんだけど、どうも、よくわからない。

 なんか、ゲームの世界……? みたいなところに行って、そこで自分は「悪役令嬢」とかいう、嫌な役柄の女の子になっちゃっていて……? だけど、恋を射止める話。

 単なる恋愛物語として読めばいいんだろうけど……。なんか、どうも、一番の勘所である「悪役令嬢」の部分を楽しむ〝受容体〟が、自分には欠けているっぽい。

 この〝受容体〟っていうの、部長語の受け売り。

 その物事を感じて楽しむ感性の受容体を持っているかどうかっていうことらしい。

 実際、自分でも、よくわかっていないんだけど、ただ、使ってみたかっただけ。

「名前を三回呼ぶ話じゃなかったら、なんなんです?」

「なにが?」

 シャーペンでこりこりとノートに書きながら、部長が言う。心、ここにあらずっていう感じ。

 前にスマホで書くためのフリック入力の方法を教えようとしたんだけど、やっぱり、例によって部長は、「むがーっ! こんなんちまちまとやってられっかー!」と叫んで、それで、終わりになってしまった。

 いまは僕も結局ノートに直接書いてるから、部長にもスマホ執筆は勧めていない。だって。ノートに書き写すの、面倒なんだもん。二度手間なんだもん。

「おまえ。まーた、メグのやつ、出してやってねーだろ。だからおまえ。紅茶抜きになるんだぜ」

「えっ?」

 僕はぎょっとした。

 いま恵ちゃんが紅茶を淹れてくれていないのは、自分の執筆に集中しているからで――。

 だってついさっき、〝紅茶は自分で淹れてくださいねー〟って、言ったよね? 言ったよね?

 それが証拠に、部長の前には、湯気をあげる花柄のティーカップが――。あれ?

 紫音さんのパソコン席にも、湯気をあげる数式柄のティーカップが――。あれ?

 綺羅々さんのところにさえ、湯気をあげる動物柄のティーカップが――。あれ?

 僕のところにだけ――ない。

「あのー……、恵ちゃん?」

「………」

「あのー……、恵ちゃんってば?」

「………」

 へんじがない。ただの執筆中の小説家のようだ。

「おまえ。なんでいつもメグばっかハブるんだよ? なんで出してやらねえんだよ?」

「いやべつにハブっているわけではなくて、ですね。まず書きはじめて、部長、紫音さん、と出てきたあたりで書いたものを見せているわけですから、必然的に、そうなってしまっているだけといいますか」

「女心。わかんねーやつだな」

「いや。ですからそこ。女心。まったく関係ないですよね?」

「あと長文でしゃべるやつは、心にやましいものを持ってるやつか、激しい動揺してキョドってるやつだ。つまり、キョド、おまえだ」

「いや僕の名前はキョロなんですけど。キョドじゃないんですけど」

「まーともかく、メグのアバターの出てくる話も、書けっつーの。書き終わる頃には、メグも正気に戻ってんだろーし。紅茶も淹れてくれるだろうし。書き上がっていたら喜ぶし」

「書きます」

 僕は、書いた。はやく書いた。

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