E04「アサシンさんという人」

 いつものダンジョン。いつもの最下層。

 そしていつもの朝。……といっても、ダンジョンの奥底では、時間なんてわからない。

 探索して、戦って(一瞬で終わるけど)、食べて、寝て――というサイクルのうちで、なんとなく目が覚めたところが「朝」という感じ。

 それもだんだんズレてくるみたいで、ダンジョンを出て地上に戻ったときには自分たちは「昼」なのに、外が真っ暗だったりする。時差を元に戻すまで、いつも毎回、えらい苦労するハメになる。

 博識の魔王さまが言うには、体内時計? とかいうものがあって、それのおかげで太陽を見なくても昼と夜の気分が生じる。しかしそれはずれていってしまうから、地上に帰ったときに変なことになるそうだ。魔王さまってすごい。なんでも知ってる。

 その朝だけど。リーダーはまだ、くーくーと、子供みたいに手足を丸めて毛布を引き寄せてお休み中。あの人って何歳なんだろう? 見た目13~14歳くらいなんだけど。まさか本当にそんな年齢で勇者やってたんじゃないよね? まあ、元勇者なんだけど。

 魔王さまは、明け方までずっと本を読んでいたらしい。睡眠時間は一時間なくても足りるそうで、明け方になってカインが起きてくると交代して、本当に、ちょっとだけ眠る。

 ごはんが出来るまでのあいだだけ。魔王さまの寝顔を拝見できる。これ、すごいこと。

 そしてアサシンさんは――というと。

 しゅっ。しゅっ。しゅっしゅっ。ざっ。

 鍋だの調理器具だの調味料だのを出しつつ、カインは、音がしているほうに声を投げた。

「なんの練習ですかー?」

 アサシンさんはいつも朝になるとなにかをやっている。短いダガーを構えて、空中向けて一人で技を出している。

「これは……。訓練。」

 カインには見通せない暗闇の中から、声だけが戻ってくる。

「なんの訓練なんですかー?」

「ころす。訓練。」

 そういえば、そうだった。アサシンさんは暗殺者。もともと、勇者と魔王を、ともに葬るために生みだされた人間兵器的な人らしい。さすがにその戦闘力は凄まじい。なにしろ、勇者と魔王を〝隙を突けば殺せる〟スペックを持つわけだ。

 だけどいまは休業中。

 「勇者と魔王を殺せ」というのが、アサシンさんに与えられた「命令」らしい。二人がそれぞれ魔王と勇者をやめちゃって、「元勇者と元魔王」になってしまったものだから、アサシンさんは二人が「勇者と魔王」に戻るタイミングを待っている。

 アサシンさん。融通きかなさすぎ。もはやこれは〝カワイイ〟ってレベル。

 もちろん〝組織〟には怒られたみたいだけど、そしたら組織を抜けちゃって、アサシンさんは「命令実行」のために、「GEφグッドイーター」にくっついてきている。アサシンさん真面目すぎ。真面目カワイイ。

 アサシンさんは最初は距離を取っていたんだけど、ごはんを出すたびに、その距離は十センチずつ近づいてゆき、いまでは皆の輪の中で普通にごはんを食べてくれている。

 なんだか、野生の動物に餌付けでもした気分。

 アサシンさんはたき火の明かりの届くところに移動してきた。ようやくカインにも、その姿が見えるようになる。

「ころす。ころすとき。ころすなら。ころせば。ころそう。」

 殺す五段活用を唱えながら、ダガーを振るう。気合いを入れて振るう。

「あー。わかりました。なるほどー。空中に仮想的? とかいうのを見てるわけですねー」

 村では、イノシシとか弱いモンスターと出会ったときのために、棒とか振る訓練をしていた。でも空中に向けて振ったりしないで、かならず、なにかを叩いていたし。おじいちゃん――もと剣士のおじいちゃんに言わせると、訓練のときに本当に叩いていないと、いざというときに、きちんと叩けないんだそうだ。

 でもアサシンさんの訓練は、もっと次元が高いらしい。

(……勇者と魔王を殺すときの練習なんですね)

 そのときがこなければいいな、と、思いながら、カインは口の中だけでつぶやいた。

 アサシンさんには聞こえないぐらいの小声だったはずなのだが――。

「ちがうよ。」

 アサシンさんは、返事した。聞こえちゃってた。暗殺者の耳って、ほんと、すごい。

「これは……。カインを。守る。練習。」

「え?」

「カインを。襲う。やつ。を。ころす。……あぶなく。なくする。」

「えっ? あっ? それって……?」

 カインは、アサシンさんの顔を見つめた。

「……だめ?」

 心配そうな顔でそう聞かれる。

「いえいえいえ! ぜひ! おねがいします! ぜひ守ってください!」

 カインがそう言うと、アサシンさんは、うつむいた。

 それがアサシンさんの「うなずき」であることに、カインは、きちんと気がついていた。

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