E02「リーダー」

「おい。カイン」

 片付けをしていて、鍋を洗っていたとき、リーダーから話しかけられた。

「はい。なんでしょう」

 じーこ、じーこ、と、リーダーは剣の刃にやすりを掛けている。

 たき火の光にかざして、ためつすがめつ……。また別な角度からやすりをかけてゆく。

 リーダーが昔使っていた聖剣だったら、手入れなんていらなかったそうだ。どんな固い物質を斬っても、刃こぼれひとつしなかったそうだ。でもいま使っているのは、そこらの冒険者装備の店で1000Gで買った、単なる「鉄のつるぎ」。念入りな手入れが必要だ。

 リーダーは外見的には単なる小さな女の子に見える。だがじつは《勇者》なのだった。

 正確には……元勇者。

 いまは辞めてしまって、単なる冒険者をやっている。うちのグループの名前は「グッドイーター」という。「美味しいもの」をダンジョンに求める冒険者だ。他の冒険者とは、ちょっと目的が違っているかもしれない。あと通う場所も違っているかもしれない。三人ともすごく強い。世界のトップ3がパーティーを組んでいるわけで、どんな超高難易度のダンジョンに行っても、庭でも歩いているみたいにリラックスしている。

 もっとも――。リラックスしているのは、リーダーと魔王さまとアサシンさんの三人だけで、カインはいつ死んじゃうかと、ヒヤヒヤしっぱなしなのだが――。

「おま。怖くないんか?」

「え? なにがです?」

「そことそこ。あとそこの暗闇にも――。肉食のモンスターが潜んで、こっち、うかがってんだろ」

「そんなのわかりませんよ。僕。一般人なんですから。てゆうか。よくわかりますね?」

 リーダーはさっきから剣の手入れをしているだけだった。まわりを見てもいないのに、どうして敵の位置と数がわかってしまうのだろうか。

「ま。勇者だかんな。――〝元〟だけど」

 剣の手入れがおわる。「よし」とか言って鞘に収める。

「オレが威圧してっから、やつら、近寄ってこないケド……。おまえなんか、一発で、ぺろりと食われちまうだろ。……だよな? ……あれ? この程度の連中だと、《村人》でも倒せたりするもん? だから怖くねーの?」

「いやいやいや。無理ですって。ここ。難易度でいえば、レベル50のフルパーティ向けのダンジョンですよ? しかも一階でその難易度で、ここ、最下層ですよ? 到達者はいないってことになってて、最下層の難易度は測定されてもいないんですよ」

「そうなんか。しらんかった。――おまえ。物知りだなっ」

 リーダーは、にかっ、と笑った。

 その顔を見ていると、本当に、単なる女の子に思えてくるんだけど……。

「じゃ、なんで怖くねえの?」

「僕は諦めが早いのが特技なんですよ。元勇者が守ってくれているのに、死んじゃったら、それはもう仕方がないって、素早く諦めてちゃってるカンジでしょうか」

「はやっ! 諦めるの! はやっ!」

 カインはリーダーと笑いあった。お腹がいっぱいになったあとのこういう時間は、優しくて――カインは好きだった。

「それで、ですね。リーダー……。おほん。おほん」

「どしたの? おまえ? おほおほいって? オレの顔になんかついてっか?」

「リーダー……、リーダー? おほんおほん」

「あっ……、オ……じゃなくてっ。わたしっ! ……これでいいんだろ?」

「はい。オッケーです」

 リーダーが〝オレ〟と口にしたときに正すのは、リーダー本人からうけたまわった、神聖なる、カインの役目であった。

「もー、おまえ! 細かいよ!」

「リーダーが言ったんですよ。女の子っぽくなりたいから、〝オレ〟っていうの、直したいって」

「そうだけど……。でもオレ……じゃなくて、わ、わたし……。まだ、スカート? とか、そーゆーのも、はけてねーし……。やっぱ、オ……わたし、無理じゃね?」

「もうすぐ街はおまつりになりますから。そのときに、はいてみたら、いいんじゃないでしょうか」

「へんだよ。ぜってー、へんだし」

「変じゃないですって。おまつりは、みんな着飾っていますから、ぜんぜん、変じゃないですって」

「そうなの?」

 リーダーは、年相応の不安そうな顔になって、カインを見てくる。

 カインは大きくうなずいた。

「はい。もちろんです」

「そっかぁ」

 リーダーは、ちっちゃくて、強くて、凄くって――。

 だけど元勇者でも、ひとりの、女の子なのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る