09「ちがうの書きます」

 いつもの放課後。いつもの部室。

 いつものように、僕がノートに向かって、さらさらとシャーペンを走らせ、〝軽文部の部活動〟に勤しんでいると――。

「おま。書いてんのか?」

「ええ。はい。見ての通り。書いてますよー。もうすぐできますよー。待っててくださいねー」

「いま書いてんの。どんな話なん?」

「今回のは、部長が噛む話です」

「噛むの!? オレ!? 噛むキャラにされちゃうの!?」

「噛むっていっても甘噛みです。コミュニケーションです」

「なんなんだよそのコミュニケーション。なんだか……、えっちい……くね?」

「こんなんがエロスになるんだったら、紫音さんの書いてるのなんて、いったいどんな扱いになるんですか?」

「禁書だ」

 パソコン席の紫音さんが、ぎっと、椅子を鳴らして反応した。

「――きちんとゾーニングしているじゃないか。ほうら。R18と書いてある。日本は憲法によって守られた法治国家なんだ。きちんと〝表現の自由〟を尊重してほしいね。自分が苦手や嫌いだからという理由だけで不当な扱いをするのは、それは、差別というものだよ」

 インテリ眼鏡をついっと持ちあげて、紫音さんはそう主張した。

 ちなみにあれはブルーライトをカットするパソコン眼鏡。普段は眼鏡をしていいない。

 あー。僕の小説の中の紫音さん。たまに眼鏡しているって設定、おもしろいかもー? 理由のほうは……。遠視とか? 目が良すぎるとか? そんなカンジで――。

「紫音さん、眼鏡っ子にして、いいですかー」

「うん。まったく構わないよ。フィクションが実在の人物とは関係ないことは、名言するまでもなく明らかだからね」

「だから――おま。オレらを無断に登場させんの、やめろっつーのよ」

「部長。部長。女の子が〝オレ〟っていうのは、あんまりよろしくないと思います」

「フンっ! オレの勝手じゃーん! 勝手じゃーん! やめろとか、なんだ、おまえはオレのパパかなにかか?」

「いえ……。可愛くて萌えちゃうんで、どうかと思います、という意味でいいましたが」

「……!? ……わ、私ら勝手に登場させんの……。やめ……、とにかく、やめ!」

「えー。これだと僕、楽でいいんですけど。みんなを出して、話のヤマとか考えなくて、のんびり出来事を書いていればよくって……。部室だって、ほらほら、ここの部室とおんなじなんですよー」

 僕はノートに書いてあった「部室見取り図」を、部長に見せた。

「おまえは楽をしすぎ! だから現実からパチんの、やめ!」

「えー……。楽っていう言葉は、ほら〝楽しい〟とも読みますし。らくをして、たのしくて、それでいいじゃないですかー」

「ファンタジーものとか書けよ! 最近、流行りのやつ!」

「えー……。ファンタジーですか? 大変そうですよー」

「勇者とか魔王とか! チートとかで無双するやつ! 熱くて強くて爽快なやつ!」

「部長って、バトルもの、ほんと、好きですよねえ」

「うっさい。オレ……私の趣味なんか、どーだっていいだろ」

「これはひとつ確認なんですけど。ファンタジーのその話って、つまり部長が読みたいっていうことで、いいんでしょうか?」

「へ……? オレ? いやべつにオレは……」

 部長は、しどろもどろになる。

 なんだかんだ言って、部長が一番熱心に読んでくれる。僕の小説の読者は、部長、紫音さん、恵ちゃん、綺羅々さん、で、だいたい全部だから――。部長が読みたいと言ってくれたら、僕はそれを書くつもりなんだけど。

 部長。素直じゃないんだよね。

「さあて。どうしましょう。もし素直に言ってくれれば、書かないこともないですけど」

「シイ! どうしよう! こいつがオレにベッドヤクザしてくる!?」

「ふふふ。彼の才能には前々から着目していてね。いつ開花するのかと心待ちに――」

「で、僕はどうすればいいんでしょう? このままGJ部を書いていればいいんでしょうか? それとも部長の言われる、勇者と魔王でファンタジーっていうほうを書きますか?」

「う゛……。勇者と魔王のほう……」

 部長は、しぶしぶと、そう認めた。

 なんかちっちゃくなっちゃって、ただでさえ小さい部長が、もっとずっと可愛くなった。

「はい。わかりました」

 部長のリクエストを受けて、僕は異世界ファンタジーを書くことになった。

 なんかインスピレーションが閃いた。

 もりもりと書いた。

 いつのまにか机の上に紅茶が出現していたので、それを飲んで、めっちゃ書きまくった。

 早く部長に読んでもらいたい。

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