08「キララという人」
いつもの放課後。いつものKB部の部室。
「おはようございまーす」
僕が、がらりと戸を開けて、部室に入ってゆくと――。
「ん。」
ひなたのソファーの上で、足とスケッチブックとを抱えこんで、綺羅々さんがさっそく、創作している最中だった。
「キララ。見えますよ」
「!」
ぴょん、と姿勢を正してスカートの裾を直す。身長一八〇センチもあって、大柄で逞しい感じの彼女が、一瞬、女の子っぽく恥じらう顔をする。
こういうの――言ったほうがいいのか、言わないで黙っているべきか、ちょっと大いに悩んでしまうところなんだけど。
この部は女の子が多数派で、女子校的な感覚になっているのか、それとも僕が男子扱いされていないだけなのか……。言わないでいると、すぐにカオスなことになってしまう。うちの妹が家庭内で見せるような、ガードの緩さを発揮する。
なので僕は常々、言うことにしているのだった。
「すすんでますか? キララ」
僕は綺羅々さんにそう聞いた。
彼女の書いているのは絵本。ファンシーで、動物さんたちが主役の、ゆるっとした話。台詞と文章は少なめ。
カナダからの留学生である彼女は、母国語は英語。日本語はまだちょっと苦手。喋るときはカタコト。作中の文字もおなじくらい少ない。でも絵本としてはちょうどいい。
軽文=ラノベ=絵付き小説、ということで、軽文部では絵本もラノベであると、公認されている。個人的には、物語だったら、なんでもいいんじゃないかと思う。
綺羅々さんの描く絵本は、のんびりとしていて、好きだった。
紫音さんのは「一八歳未満には閲覧させられないんだ」とかいって読ませてくれないし。恵ちゃんのは悪役令嬢で、どうも勘所がわからないし。部長の話は、読ませてくれるし、読めるんだけど、殴る殴る殴る蹴る、熱い血潮のド根性――って感じで、平和的草食主義者の自分的には、ちょっと熱すぎるし。
じつは綺羅々さんの牧歌的な絵本が、いちばん波長が合う。そういや自分も最近描いているのは、ゆるふわ部活ものだったっけ。
「……よむ?」
「ああ。できあがってからで、いいですよー」
僕は遠慮してそう言った。
集中して描いている最中に邪魔しちゃって、悪かっただろうか? やっぱり、膝抱えて描いていて、ぱんつ見えていても、黙っているべきだったのだろーか? いやー、ないよねー。
「……だいたい。できたとこ。」
「あ。そうなんですか。じゃあ……、読ませてもらってもいいですか?」
「ん。」
綺羅々さんは、両腕を広げると、こいこい、と、僕を招いた。
え? 膝のうえ? 膝のうえに来て、一緒に読めと?
そりゃ子供とかなら、そんなふうに、膝の上に抱っこされて、絵本を読んでもらったりするのかもしれないけど……。
アウトでしょ。高校生でしょ。
僕は問答無用で、綺羅々さんの隣に座った。
横から覗きこむようにして、絵本を見る。
「じゃんぐる。ちほー。に。うさぎさんが。いました。」
「いつもの動物さんシリーズですね」
「ウサギさんは。じゃっかるさん。に。たべられました。ぱくん。……うまうま。」
「いきなりハード展開ですね」
「じゃっかるさん。は。らいおんさん。に。たべられました。ぱくん。……うまうま。」
「あれ? ジャッカルって肉食動物ですよね? ライオンって……、食べるんですか?」
「……らいおんさん。は。とっても。おなかが。すいていました。」
「ああ。生きるか死ぬかだったんですね。なら、食べるのかな……」
「らいおんさん。は。うんち。しました。ぷりぷり。」
「いきなりスカトロですね」
「うんち。を。ひりょうに。くさが。はえました。」
「食物連鎖ですね」
「くさを。うさぎさんが。たべました。1ぺーじに。つづく。」
「おー。以後エンドレスなわけですねー」
「えっへん。」
綺羅々さんが胸を張る。
KB部の部活動は、だいたいこんな感じ。活動もゆるいけど、書いているものもゆるいのだ。それでいいのだ。
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