06「紫音さんという人」
いつもの放課後。いつもの部室。
カタカタ、コトコトと、キーボードを叩く音が部室に響く。
今日は紫音さんしか、部室にいない。
「皇先輩、ここちょっと教えてほしいんですけどー」
小説を書いていて、ふと湧いたギモン。
「」と『』と《》と〝〟と。カッコの種類はいっぱいあるが、どれを使えばいいのか。紫音さんに教えてもらおうとしたのだが――。
「キョロ君――」
椅子のキャスターを、ずざーっと滑らせて――パソコン席からテーブル席まで、紫音さんは一気にやって来た。
人差し指の先を、ぴとっと、こっちの唇にあててくる。
「〝皇先輩〟――ではなく、〝紫音さん〟と呼んでくれる約束だけど? それが私というキャラを君の作中で無断使用する交換条件だったはずだよ」
「許可取っているので無断使用じゃないと思いますけど」
「君も言うようになったね」
「それで、えと、紫音さん……カッコの使い分けなんですけど」
「なにかな」
「会話文で「」のカッコを使うっていうのは知ってるんですけど。他のカッコって、どういうときに使えばいいんでしょう?」
「〝〟のカッコなどは、格好付けに使う」
「えーと……」
「カッコと格好を掛けている」
「説明しちゃうと、笑いは、すっかり台無しになると思います」
「そうか。やはり私は〝笑い〟には向いていないようだ。なぜコメディというのは、あんなにも難しいのだろう」
「コメディ……っての、よくわかりませんが。笑いなら、難しくないですよ? 部長を出して、無茶なこと言わせれば、カンタンに笑いが取れますよ。常識のすれ違いで、永遠に平行線になってくれますよ」
「ふむ……。こんどその線で研究してみようかな。真央なら登場させられそうだ。なにしろ真央歴なら、十年近くあるしね」
「へー、皇……紫音さんと、部長って、幼なじみだったんですね」
二人は呼吸がすごくあっていると思ったけど。そうだったんだー。ほー。へー。はー。
「カッコの話だけど。真面目な話をすれば、『』などは主に伝聞で使うね。電話や無線の相手の声や、放送の言葉などで利用する。人が言った話の引用などでも使う」
「なるほど」
「《》はラノベでは心の声やテレパシーなどで使う。またテクニカルタームの強調の意味でも使うね」
「てくにかる……たぁむ? ですか?」
「《勇者》とか。あとはスキル名で《鑑定》や《火炎耐性》など」
「あー、なるほどー。専門用語ですねー。じゃあ僕のいま書いているものには、とりあえず、関係ないですねー。現代ものですし。ゆる部活ものですし」
「いや。関係があるかもしれないよ。たとえば伝説の存在として、《先代部長》というテクニカルタームを出したなら?」
「ああ。なるほど……。ああ! じゃあ! 《紅茶番長》とか!」
「ふっふっふ。それは誰のことを言っているのか、わからないことにしておいてあげよう」
「ああ! じゃあ! 《ポンコツ番長》とかも!」
「ちょっと待ちたまえ。君はいったい私のどこを見て〝ポンコツ〟と言っているのかね?」
「たとえばこれ、《しおんさん》モードとかいう用法もありなんでしょうか?」
「ちょ! ちょ――ちょ! なにかな! その《しおんさん》っていうのは! なんだかとっても残念な響きがするのだが!」
「よく紫音さん、コタツでぐんにゃり長くなって、《しおんさん》になっちゃってるじゃないですか」
「あれは――!? 休憩で!」
「『キョロ君。そこのミカンを取ってくれたまえ』――とか。僕に言うじゃないですか。手があと十センチ足りないとき」
「そ――!? それはたまたま!」
「僕。わざわざテーブル席からコタツまで歩いてきて、紫音さんに渡してあげますけど。そういうときの紫音さんって、紫音さんでも、ましてや皇先輩でもなく、《しおんさん》で、いいですよね?」
「う……、むむむ……、いつもヘタレなキョロ君が、たまにこうしてベッドヤクザ化するのも、よ、よいものだね……。よし。創作意欲が湧いてきた。すまないが執筆に戻らせてもらうよ。このパッションをいますぐ文字に定着させねば!」
「えっ? あっ? ちょ――なんですかそれ。なんか不名誉なんですけど。未許可で僕を登場させないでくださいよ?」
「君が言うかな」
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