05「部長という人」

 いつもの放課後。いつもの部室。いつもの皆で揃っての執筆タイム。

「部長って、忍耐強いところありますよねー」

「ばばば、なに言ってんの? 言っちゃってんの? なにいきなり口説いてんのオマエ?」

「いえ。ただ褒めただけですけど」

「ふ、フンっ――おまえごときに、そ、創作の、な、なにがわかるっていうんだ!」

「そうでした。すいません」

 部長の言うことも、もっともだった。手元の文章にもどる。あそこを削ってここを足す。

「………もう終わりかよ? つづきはねーのかよ? もっと粘れよ。なんか言えよ」

「え? 僕なにか言いましたっけ?」

「キョロ君。翻訳してあげよう。真央語のそれを直訳すると、つまり、〝もっと褒めろ〟」

 ああ。さすが紫音さん。

「――部長って、いったん取り組むとすごいじゃないですか。すごい集中力ですよ。僕なんか五分ごとに気が散っちゃうのに」

「ふ、ふんっ――こんなもんフツーだよ、フツー。たったの五分しか息の続かないオマエがへたれすぎんだ。そんなフツーのことで褒められたって、う、嬉しくなんてないね!」

「ああ。そうですね。普通ですね」

「………」

「キョロ君。キョロ君。――〝だからおまえは薄いんだ〟」

「はっ。――部長のすごい集中力って、たとえば、髪の毛にチョウチョが止まっていても気がつかなかったりするところです」

「――ウソぉ! い、いつぅ! どどど! どんなやつ! どんなの止まってたんだよ! 羽が茶色いやつとかかっ!」

「それは蝶じゃなくて蛾だと思います」

「私もそこには同意かな。たしかに真央にはある種の才能があると思うね。およそ忍耐や辛抱や持続力といったもので、人後に落ちることはないんじゃなかろうか」

「ばばば! シイ! おまえまでなにいってんだよ! なんも出ねえぞ!」

「それは砂場で最後まで遊んでいる力と称してもいいかと思うね」

「ですよねー。根気強さに関しては〝オレが諦めるのを諦めろ!〟って感じがします」

「お? お? ――なんかそれ、カッケーぞ? カッコよくなくね? よくよくなくね?」

「ああ。うん。正しく言い表す表現を思いついた。〝粘着力〟だね」

「なんかいきなりイヤな感じになった! だいたい、いつオレがオレとか言ってたよ!」

「いままさに言ってるじゃないですか」

「言ってねえよ! 私は、〝私〟としか言ってねえから!」

「部長モードのときは〝私〟で、女の子モードのときには〝わたし〟って、ひらがな表記のほうで言ってますよ」

「いいい――!? いつ女の子になったよ!」

「僕の書いてる小説のなかに出てくるときには、部長、〝オレ〟って言ってますよ」

「おまえの創作物の話なんか知るかーっ! ――てゆうか! また人様を勝手に作中に登場させてんのかよ!」

「部長。前に言ってたじゃないですか。生きてるキャラを生み出すには、まず、現実の人間をお手本にしろって」

「そのまま出せとは言ってない! そ、そーゆーの! な、なんか! 〝ちょさくけん〟とかいうので、アウト……なんじゃないの? どうなの? そこって?」

「アウトなのかセーフなのか、はっきりしてくださいよ」

「ったく! まったくおまえは、のらりくらりと、ああ言えばこう言う! 〝俺が諦めることを諦めろ〟って、おまえのほうなんじゃねえの?」

「そうかもしれません。すいません」

「………」

「キョロ君。キョロ君。――〝私はいま最高に楽しい〟」

「……シイ。おまえもたいがいにしとけよ? このクソビッチが」

「それは我々の官能小説業界では最高の褒め言葉になるね」

 紫音さんはしれっと言う。

 ちょっと、どきりとした。紫音さんがどんな小説を書いているのかはこれまで知らなかった。見せてもらっていないし。

「――で、なんだよ? 新作、できたのかよ?」

「はい。すこしできました」

「私も自分の執筆で忙しいが、もしおまえが、どうしてもと言うのであれば、三行ぐらいは読んでやらんこともない」

「まだちょっと自信ない出来なんで……。そのうちでおねがいします」

「……~~!!」

「キョロ君。キョロ君。おほん。おほん」

「ああはい。ぜひお願いします。部長の指摘って、きついですが、すごく勉強になります」

「そっかぁ!!」

 部長は、にぱっと、いい顔で笑った。

「紅茶~、淹れますね~。今日は京夜くんの新作の品評会ですね~」

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