04「KB部の日常」
いつもの放課後。いつもの部室。
皆で膝を付き合わせての、いつもの執筆タイム。
「ねえ部長」
「なんだー?」
向かいに座る部長が、うつむいたまま返事を返す。
うちの部は「軽文部」という名前だった。
放課後に集まって「小説」というものを書く部だ。
いわゆる〝文芸部〟的な活動であるが、文芸部はべつに存在している。
小説のなかでも、軽くてポップな「ライトノベル」というものを専門に扱うのが、その活動内容なのだった。
基本的に、皆、黙々と手を動かすだけの部活だが、たまには息抜きで会話も発生する。
「僕は前から気になっていたんですけど。……なんで紙に書いてるんです?」
「紙じゃないぞ。これは原稿用紙だからな」
「やっぱり紙じゃないですか。あともうひとつ疑問なんですが。なんでボールペンで書いてるんです? シャーペンのほうが、間違えたときに消せて、よくないですか?」
「バカモノーっ!」
部長が、突然、立ち上がって叫んだ。部長が叫ぶのには慣れているので、特に驚いたりすることもなかった。
ちなみに部長は高校三年生とは思えないぐらいの低身長で――。立ち上がって、ようやく見下ろされることになる。
「これは万年筆! っーの!! ボールペンなんかと一緒にするなや!」
「ですからなんで原稿用紙と、マンネンヒツ? ――とかいうので書いてるんですか?」
「シイ! ――説明してやれ!」
部長が話題を振った相手は――紫音さん。
部にある唯一のパソコンで、かたかた、かたかたと軽快にタイプしていた手が止まり、椅子がくるりと回転した。
長い長いロングヘアが、さらって流れてふわっと広がる。
知的な眼鏡を、ついっと持ち上げて、紫音さんは言った。
「なぜ真央が原稿用紙で書いているのか。キョロ君は、その秘密に興味があるわけだね?」
「べつにそんなに興味はないですけど、でもいい機会なので聞いてみようかなと」
「おいこら。薄いぞ。もっとがっぷり食いつけよ」
「これは私の仮説であるが、昭和の文豪に対する憧れあるいはリスペクトではないかと」
「おいこら。ちょ――!? シイおま――!? じゃあなに! 私ッ!? 形だけでカブれてるヘタレってこと!? ファッション万年筆って意味ぃ!?」
「まあべつに。小説を書くのに、ツールはなにを使ってもかまわないと思うよ。私だって、ほら、ワープロソフトで書いているわけだしね」
「紫音さん。よくそんなボタンいっぱいついてるの使えますよねー。そんな押すとこいっぱいあって、迷ったりしないですか?」
「慣れてみると、キーボードというものは、これが、
「私にしてみれば、スマホで小説打ってるおまえが、信じられねーんだけど」
「そうですか?」
スマホで小説を書くことの、どこか変だろうか?
「ちまちま、ちまちま……、叫び出したくなったり、しない?」
「部長は叫びだしすぎですよ。一文字間違えたー!? って、よく叫んでますよね」
「一文字間違えたら、一枚全部書き直しじゃん! 叫ぶじゃん! フツー!」
「だからシャーペン使いましょうよ。消しゴムで消せばいいじゃないですか」
「これは覚悟表明なのだ! 一文字たりとも間違えないという、一球入魂の姿勢が!」
「あ。そこ。誤字ありますよ」
「え! どこどこ!」
「あー、また一枚、ぜんぶ、書き直しですねー」
「うう~っ……」
「部長。スマホで書くといいですよ。間違ってもそこだけ直せますよ。前のほうに足したり削ったりも簡単ですよ。フリック覚えれば速いですよ。〝お〟を打つのに五回も押さなくていいですよ」
「パソコンもお勧めだよ。よければ教えるけど? ローマ字でもカナ入力でも親指シフトでもDvorakでも」
紫音さんとの連合軍に攻められて、部長は陥落寸前だった。
「うう~ぅ……、オレ……、覚えたいっていったら……、おまえ、おしえてくれる?」
「ええもちろん。……だけど部長。女の子なんですから〝オレ〟はやめましょう」
「うっせえな。小説書くのに、男も女も関係あるかよ。――教えろよ。絶対だぞ! 約束だかんな!」
「はーい。みなさん。お茶が入りましたよー」
ここで恵ちゃんがお茶を淹れてきてくれた。ティーブレイクの合図だった。
ソファーのところでスケッチブックとクレヨンで絵本創作をしていたキララさんもやってくる。紅茶のいい香りに包まれて、穏やかな時間が訪れた。
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