G05「キララの日」

 いつもの放課後。いつもの部室。

 もうローテーション四日目ともなると、心の準備はすっかり完了していて――。

「おはよーございます! キララ!」

 京夜は叫びながら戸をずばっと開けた。

「ん。」

 部室の片隅。ソファーの上から、うなずきが返る。

 お肉を片手に、もぐもぐと食べながら、綺羅々さんはまったくなにも驚いていない。

 せめて驚かそうと思ったのだけど、野生動物みたいな綺羅々さんにとっては、きっと、廊下を歩いてきた足音まで聞こえていたはず。綺羅々さんの不意をつくのは、文明人には、ちょっと無理そう。

 ちなみに年上で先輩なのに、「綺羅々さん」ではなく「キララ」と呼び捨てにするのは、

そうしないと、「キララはひとつ。みっつない」と、怒られてしまうからだ。

 その意味は……、ぜんぜんわかんない。「綺羅々さん」のところの「さん」を「三」と勘違いしているという説が一つある。もし本当だとしたら、可愛らしすぎるので、たぶんそれじゃないと思う。

 口では呼び捨てにしているが、せめて心の中では「綺羅々さん」と敬称付けて呼ぶことにしていた。

「きょろ。こっちくる。」

「あ。ちょっと待ってください。いま上着をハンガーに――」

 ――かけようとしていたのだが、くいくい、と、手招きされる。

 中途半端に手にハンガーを持ったまま、しぶしぶ、綺羅々さんの元に行った。

 先輩の命令なので、しかたがない。

 綺羅々さんは、GJ部の部員のなかでも、いちばん変わった人。

 すごい体格がよくて身体能力がすごくて、力持ちで、だけど気は優しい。「気は優しくて力持ち」なんていう言葉があるけど、まさにそれ。

 カナダからの留学生で、英語が母国語なせいか、日本語はちょっと苦手。喋るときにはカタコトになってしまう。

 なに考えているのか、ちょっとわからないときがあるけど……。

 最近、京夜はこの人は大型の猫なのだ。――と思うようにしていた。

 そう考えると、不思議なところが、しっくりとくる。

 猫といっても大型猫科ということで……、たぶん、トラとかそのへん。お肉、大好き好きだしね。

「キララ。今日の部活動。なんだかわかってます?」

「きょうは。きょろ。が。めでるひ。」

「僕が、じゃなくて、キララが僕を――だと思いますよ」

 京夜がそう訂正すると、綺羅々さんは首を傾げて、傾げて、ずっと傾げていって……。そして首を九十度くらいに傾げきったまま、腕組みをして……。

「……そだった。」

 ようやく思い出してくれたらしい。

「……どやって? めでる?」

「それは僕は知らないですよー。ここ愛でてください。――なんて自分で言ってたら、気持ち悪いですよー」

 そう言ったら……。

 綺羅々さんは、またまた、考えている。考えている。考えている。

 京夜はずっと持ったままだったハンガーに、上着を脱いで、かけようとして――。

「きょろ。」

 そしたら、また呼ばれた。

「はい。なんでしょう」

「それ。かす。」

「え? どれですか?」

 綺羅々さんの目がロックオンしているのは、ハンガーに掛けたばかりの上着だ。

「かす。」

「えーと……、はい」

 渡してみた。そしたら、綺羅々さんは……。

 ふんふん。すんすん。嗅いでいる。

「ちょ……、あのー……、なにをー……されているのでしょう?」

「きょろ。の。におい。」

「いやそれはわかりますけど」

「きょう。きょろ。げんき。いっぱい。はしった。さっかー。の。におい。」

「ええまあ。昼休みに横溝に誘われてサッカーやりましたから。……って、わかるんですか? そこまで?」

「えっへん。」

 綺羅々さんは、大きく胸を張った。

 本日の部活動。ローテーション最終日は、綺羅々さんの日だった。

 まさか匂いで愛でられるとは思わなかった。

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