G04「恵ちゃんの日」
いつもの放課後。いつもの部室。
京夜がいつものように、部室の戸を開けて、なかに入って――。
「おはよーございまーす」
「はーい、おはよーございまぁす。いま手が離せないんで、ごめんなさぁい!」
恵ちゃんの声がした。奥の紅茶基地のほうからだ。
あー。ほら。やっぱりだ。やっぱり、はじまっちゃっているんだよね。
部長、紫音さん、ときたんだから、つぎは恵ちゃんの番だよね。
「ねー、恵ちゃーん?」
とりあえずコタツに入りながら、京夜は紅茶基地の恵ちゃんのほうに、声を投げた。
「まってー、まってー、もうすぐですからー」
なにか忙しいらしい。紅茶基地のほうからは、なにやら、甘い匂いがしてくる。
ケーキでも焼いているのかな?
あそこのキッチンには小さなコンロがあるだけなので、そんなたいしたものは作れないはずだけど。
GJ部の紅茶番長である恵ちゃんは、なんというか、すごく女の子らしい女の子だ。
もしそんなことを口にすれば、部長や紫音さんが、「おい。私ら女じゃないんだとさ」なんて怖い目で怒られてしまいそうだけど。みんなそれぞれに女の子らしいと思うけど。でも恵ちゃんが、一番、いわゆる理想の「女の子像」を体現しているように思う。
まず優しい。決して怒ったりしない。気配りがきいて、そしてなによりも、お世話が大好き。
恵ちゃんのそういった美徳的な性質は、人間の領域を通り越えて、もはや「天使」の領域に踏みこんでしまっているほど。
なので恵ちゃんは、女の子というよりも、どっちかっていうと天使って感じがするのだった。
ところで――。いま焼いているのって、おいしいものかなー? 僕のやつかなー?
京夜がそわそわしながら、待っていると――。
「ワッフル焼き上がりましたー」
四段重ねになったワッフルが、皿に載せて運ばれてきた。
「蜂蜜たっぷりかけてー、召し上がれ~」
なんと。目の前で蜂蜜がかけられてゆく。
甘い物は、女の子たちみたいに好きなわけではないけれど……。これはちょっと……、おいしそう。
「ハニー・トラップでぇす!」
恵ちゃん、それ絶対、意味間違えて覚えているよね。
「ヌワラエリヤとワッフルに夢中になってる四ノ宮君を、そして、愛でま~す」
ああ。そういえば愛でられちゃうとかなんだとか。それが今回のローテーションのお題だとかなんだとか。
だとしたらこれは、トラップということで、いいのだろうか?
まあともかく京夜はワッフルを食べた。ハニー・トラップをノーシュガーのストレートティーとともに、おいしく、いただいた。
「だけど愛でるって……。いったいどうすればいいんでしょうか……?」
ぷっくりと厚手の唇に指先をあてて、恵ちゃんはそんなことを言った。
「お姉ちゃんに、愛でろ、って、そう言われたんですけど。どうすればいいのか。よくわかんないんですよー。わかります? 四ノ宮君?」
「いや僕にはわからないなー。……普通にしていれば、いいんじゃない?」
「四ノ宮君を、見ていれば、いいんでしょうか? じいー……」
恵ちゃんは、じいーっと、見ている。頭を真横になるまで傾けて、じいぃっと見てくる。
「あっ。そうだ。あれやってください」
「あれって?」
「お姉ちゃんにも紫音さんにも、やっていた、あれです」
「なんだっけ?」
「ほら。上着脱いで、ハンガーに掛けてたじゃないですかー。あれ。やってください。やってやって、やってー」
「……意味わかんないんだけど?」
手を上げ下げして催促されるようなことだろうか? そういえば部長も紫音さんも、見ていたなぁ。上着脱ぐとき。なんだか視線を感じて、振り向いたら、ささっとそっぽ向かれてたんだっけ。
言われるまま、京夜は立ち上がって上着を脱ぎ、ハンガーにかけにいった。
恵ちゃんは……、ちら? あー、見てる見てる。ガン見してる。でも目線が合っても逸らしたりしないで、赤ちゃんと目が合ったみたいに、キラキラさせて見にきてる。
なにを見られているのかは、あいかわらず、わからないままだったのだが――。
京夜は、しっかりと見られてしまった。愛でられてしまった。
「うん。うん。四ノ宮君。グーです、グー」
なんかよくわからないが、グーをもらってしまった。
うん。よくわからないから、気にするの、やめよう。うん。ワッフルがおいしいね。
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