02「アドバイス」
「あと、もうひとつ言うがな」
紅茶をずずっとすすって、部長が言う。創作ノートを見たままそう言った。
「もう言わなくていいですよー。どうせダメ出しでしょー? 僕はガラスのハートなんですから。部長みたいに超合金あるいはダイヤモンドで出来てないんですから。褒めるのは大歓迎ですけど。貶すのも叩くのもなしでお願いします。僕は褒めて伸びる子なんです。そこ。自信あります」
「……ずいぶんと予防線マシマシで張ってきたな」
「部長が厳しすぎるんですよ」
「……で、もういいのか?」
「はい。もういいです。覚悟完了しましたから。……どうぞ」
「この作品の主人公は――なぜ、こんなにモテモテなんだ?」
「え? モテモテになってますか? 小突き回されているように思うんですけど」
「……ま。個人の主観は人それぞれだから、それはよしとして……」
「いいんですか。いいんですね。もうそこ言っちゃだめですからね?」
念を押す。何度も何度も念を押した。
部長の指摘は的を射ていることが多いんだけど……。辛辣すぎて怖いのだ。「出る釘は打たれる」という諺があるが、部長の指導法は、さらにその〝上〟を行っている。「叩いて凹むようなモンは! 個性とはいわん!」とかいう、頭おかしいカンジである。
「なんか……、まー、つらつらとー……、読めはするんだけどなー」
「はっきり言ってくださいよ。その奥歯に物が挟まったような言いよう。――部長らしくないですよ」
「じゃあ言うがな。……こんなん。どこが面白いんだよ? まったりしてるだけだぞ?」
「いえ。面白いかどうかじゃなくて、カワイイかどうかで計ってください。ストーリー物でなくて、これはキャラ物なんですから」
「にちじょうけい……、とか、いうやつ? オレ、よくわかんねーんだよなー?」
「それでもなんかアドバイスくださいよー。部長がいちばん皆のなかでは比較的感性がまともほうなんですから」
なぜだかそこで、紫音さん、恵ちゃん、綺羅々さん――の三人が、同時に、びくってなったような気がしたが――。
顔を向けると、ついーと、視線を外していってしまった。その正体は突き止めることができなかった。
「うーむ……」
「部長。ください。アドバイス。お願いします」
「よし、わかった。アドバイスをしてやろう! 殴る蹴る殴る蹴る――の、バトルシーンいれろ。いっぱいいれろ! あと特訓シーンな! 逆転の前の鬱展開な! 溜め回な! ストレス溜めて溜めて溜めぬいて……。ドッカーン! と大逆転な! そこ大事な!」
「部長には無理だったのかもしれません」
「オレ! ダメだった! センパイ失格にされた!?」
「う~ん……。殴る蹴るはともかく、もっと特殊なことやらせて、キャラを立ててみたほうがいいんでしょうか? ……甘噛みするとか?」
「オレ! 噛むの! 人様のこと! 噛むキャラにされちゃうの!?」
「紫音さんは、もっとポンコツにしたほうがいいのかなー?」
「ふ、ふふふ……、私はポンコツ腹黒策士の綺麗なお姉さんにされてしまうようだね」
「四ノ宮くーん、紅茶のおかわり、いかがですかー?」
ノートを前に、あれこれ書きこんで考えていると、恵ちゃんがアイスティーのおかわりを持ってきてくれた。
「あ。ありがとう。恵ちゃん」
氷が浮かんで露も浮かんだ、美味しそうなアイスティーに手を伸ばそうとすると――。
すいっ、っと、素通りしてしまう。
あれ? あれっ? あれあれっ?
「だめでーす。出してくれない人には、おかわり、あげませーん」
恵ちゃんはアイスティーのグラスを遠ざけて、そう言った。
顔には謎めいた微笑みを貼り付けて、〝おあずけ〟のポーズである。
「え? なに? なんで? 僕、なんかしちゃった? ――出す? なにを?」
「ぷー、くすくす! ――奥様。このキョロめは、わからないようですわよ!」
「そうだね。奥様。これは
「え? え? え? ――ちょ!? 部長も皇……し、紫音さんもっ。わかっているなら、教えてくださいよー? 僕、マジでわかんないんですけどー?」
「出せっていってんだよ。メグもキララのやつも。小説のなかに登場させろってさ。おま。女心。わっかんないやつだなー」
「そこ? 女心、まったく関係ないですよね?」
「いいから書け! 書かない豚は、ただの豚だ!」
「ぶひー」
僕は、書いた。はやく書いた。
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