G02「部長の日」

「あれ?」

 いつもの放課後。いつもの部室。

 がらりと戸を開けて入ってきた京夜は、思わずそう声を洩らした。

「今日は部長一人なんですね」

 部長は読んでいた漫画から顔を上げ――。

「うむ。今日は私がキョロをでる日だからな」

 ――そして剣呑なことをつぶやいた。

「ちょ――、ちょ――、ちょ――。僕、なんかしちゃったんですか? なんですか、なんなんですか、その罰ゲーム」

「罰ゲームとは、ずいぶんな言い草だな」

 部長は漫画本を、ぽいっとうっちゃり、腕組みをすると、どっかと、あぐらをかいた。

 スカートでやめましょう。部長。そういうカッコ。

「なんなら説教でもいいんだぞ?」

でるほうでお願いします。ぜひそっちでお願いします。そのほうが安全かつ安心です」

 京夜は言った。かなり必死にそう言った。

「しかし……。慌てふためくおまえは、なかなか、オモロいな。これがあれかな? いわゆるでるってカンジなのかな?」

「しりませんよー。まったくもう……。きのうから、なんなんですか」

 上着を脱いでハンガーにかけて壁際に吊す。そして振り返ると、ささっと部長がそっぽを向いた。

 ……なんか、いま、見られていたっぽい? なんで?

「き……、昨日のは、あれだっ。いわゆる皆が勢揃いしていたらキョロがどんな顔をするのかというテスト。……そう、テストだったのだ」

「僕はテストされてたんですね」

「予想通り。入ってきた瞬間からキョドりまくって、愉快痛快! あっはっは。さすがキョロだ」

「そんなことのために廊下ダッシュしてくる先輩たちのほうが、僕的には愉快なんですが」

「いいじゃん。年上には年下をでる権利があるのだ! おまえだって、妹いるだろ。霞のこと、でたりするだろう!」

「えーまあ。アホだなぁ、うちの妹は。――とか、生暖かい目で見守ったりは、よくしてますけど」

「それと同じなのだ。我々にはおまえを生暖かく見る権利があるのだ」

 部長は腕組みをして、いばりんぼのポーズ。

「どちらかといえば、部長は妹的なカンジなんじゃないかって思うんですが」

「なんだと! それはあれか! 私がちっちゃいって意味かー!!」

 たしかに部長はちっちゃい。高校三年生っていうよりも、小学三年生っていったほうがしっくりくる。

「部長、ほら、たまに〝まーちゃん小学三年生〟って、やるじゃないですか。あっちのほうが、ぜんぜんはるかに自然ですよ」

「えっ? なに? 〝京夜おにーちゃん♡〟 とか、やれっつーの? マジで?」

「いえ。べつにやれなんて言っていませんけど」

「わたし? でられちゃうの? 誰にキョロに? アリエネー!」

 そうかなぁ? 部長は強気だけど可愛い系だよね。

 昔は部長のことは、怖くて厳しい人だと思っていたこともある。

 ずいぶん長いつきあいのうちに、その印象はだいぶ変わってきて、いまでは「威勢のいい寂しがり屋さん」とか、そんな感じになってきている。

「じゃ。ちょっと待ってろな。いまやるから」

 え? あれ? やるんだ?

 部長は輪ゴムを、二本、拾ってきて、右の髪を留めて、左の髪を留めて、小学生的ツインテールを作っている。

 なぜ輪ゴムがそこらに落ちているのかといえば、昨日、部内で、輪ゴムによる〝銃撃戦〟をやったからだ。GJ部の部活動では、そうしたことが唐突に始まる。たいていはじめるのは、部長だけども。

「できたぞ。お兄ちゃん♡」

 愛想を振りまく別人の感じの女の子が、そこにいた。

 うわー。やっぱー。この人ってー。小学生ーっ。

「そうだ。お兄ちゃん。真央ねー。いいこと思いついたんだー。お兄ちゃん♡」

「あの……、あまり〝お兄ちゃん〟って連発しないでもらえますか。なにか……イケナイ感じがします」

「お兄ちゃん♡ お兄ちゃん♡ お兄ちゃん♡ お兄ちゃん♡ お兄ちゃんっ♡」

「ぐはあっ!」

 京夜はダメージを受けた。

「はーっはっは! 〝お兄ちゃん♡〟と呼ばれてダメージを受ける、おまえのカワイイところを、た~っぷりでてやろう。私にこんな恥ずかしい格好をさせたバツだ」

 部長が勝手にやったんじゃないですかー。

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