G03「紫音さんの日」
いつもの放課後。いつもの部室。
なんとなく予感めいたものを感じて、京夜が、そろ~りと、部室の戸を開けようとすると――。
「うん。構わないよ。入りたまえ」
紫音さんの声に呼ばれてしまった。
やっぱりー。……はじまってしまったみたい。
京夜はバツの悪さを抱えながらも、精一杯、平静を装って部室に入っていった。
上履きを片方ずつ脱ぎ、揃えて置いて、コタツのところに行き、すっぽりとうずまる。
はじまっちゃったー。はじまっちゃったー。
GJ部名物「ローテーション」というものだ。部長にはじまって、紫音さん、恵ちゃん、綺羅々さん、と、四連鎖してゆく。最大だと五連鎖まである。
「キョロ君、キョロ君」
紫音さんは、ぴょんと飛び跳ねるような勢いで、コタツの対面へとやってきた。
足の長い紫音さんのことだから、コタツの中でお互いの足が衝突してしまう。
うわわっ、と、京夜は内心でかなりビビるのだが、紫音さんのほうは、まったく気にせず堂々たるもの。
大人だなぁ、と、こんなとき、紫音さんの落ち着きっぷりに、驚嘆する。
「ふっ。可愛いね。――キミは」
紫音さんは、軽い笑いとともに、そう言った。
すべて読まれていた!
「いや。あの。その……。ちがうんです。これは……。べつにわざとじゃなくて。すいません」
京夜は正座をした。足さえ伸ばさなければ、安全かつ安心なのだった。
「おや。私は悪い女のようだね。キミに正座を強いてしまった」
「いえ。あの。その。あの。その」
京夜はしどろもどろになっていた。愛でられてる愛でられてる愛でられてる――いま!
――と、思うのだが、こればかりは、仕方がない。
「今回のローテーションは、なんなんですかぁ~、もう、いったい~」
緊張を保つのも限界で、京夜はコタツの上でぐにゃぐにゃになった。
そういや。なんでコタツ出てんだろ。こんな時期に。
「キョロ君。暑いだろう。上着を脱いで、そこのハンガーにかけるといい」
「あっ。はい」
京夜は言われるままに立ち上がり、上着を脱いで、ハンガーにかけて、壁際に吊す。
そして振り返ると、ささっと紫音さんがそっぽを向いた。
……なんか、いま、見られていたっぽい?
そういえば昨日、部長も見てたっけ? なんで?
「う、ううんっ……、眼福、かなっ」
「はい?」
紫音さんはたまに難しい言葉を使う。目が福ってどういう意味だろう? 綺羅々さんがいれば常に辞書必携なので調べてもらえるのだが。いまはローテーションの最中なので、本当にもう紫音さんしかいない。
「さて。それでは本格的に愛でさせてもらうとするかな」
「え? ええーっ! もう終わったんじゃないんですかー!?」
「なにを言う。まだまだこれからだとも。ふっふっふ。さあどのように愛でてあげようか。昨夜は楽しみでね。軽く十万通りは考えてしまったよ」
紫音さんからは、よくからかわれる。そして慌てたり恥ずかしがったりする京夜を見て、面白がられてしまう。
決して嫌な感じではないだが……。男の子的には、ちょっと情けないんじゃないかなと。そうして悩むところもまた、からかわれてしまうわけで……。以後、エンドレス。
「ふふふ……。さて覚悟はいいかな? ではまず最初に、その曲がったネクタイを直させてもらおうか。身動きしてはいけないよ。手元が狂ったら大変なことになってしまうよ」
「おーっと! そこまでだ! 風紀委員だ! ――じゃなくて、残念! 時間切れだ!」
戸が、ばーんと開いて、部長たちが飛びこんできた。部長と恵ちゃんと綺羅々さんとが、全員揃っている。
やっぱりいたー! すぐそこにいたー!
「あん? なんでコタツだしてんだ? このまえ、しまったばかりなのに」
「いや。コタツからハンガーまでが、一つの連携したコンボ技であるので――」
「――あー、ナルホドー! シイ。おま。策士だなっ!」
「いや。それほどでも。そしてネクタイ直しからまたコンボ技が始まるのだけど」
「おー、やれやれ。だが不健全はいかんぞ。レフリーがストップするからな」
「お茶淹れますねー。きょうは暑いですよねー。四ノ宮君、アイスティー、いってみます?」
「あ。うん。……お、おねがい」
紫音さんの細い指先を喉元に感じて、ぴんと直立して、ネクタイを直される。
もー、はやくー、これー、おわってくださあぁぁぁぃ……。
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