KB部

新木伸

G01「いつもの部室」

 いつもの放課後。いつものGJ部の部室。

 京夜は入ってくるなり、皆に聞いた。

「あれ? なんで今日は、みんないきなり、全員いるんですか?」

「オハヨー」

 部長が言う。小学生ぐらいの子がコタツに座って堂々とマンガを読んでいる。ちっちゃいけど、あれで高校三年生。

「いえ。おはよーじゃなくて。いま部長がいるって話ですし。あと、おはよー、ってこの挨拶。放課後にやると、どうも慣れないんですけど。なんなんですか。これ?」

「業界の挨拶だろ。オハヨーは」

「どこの業界ですか……」

 部長が手をパタパタと振って、なにかを催促してくる。京夜はカバンからサンデーを取り出した。部長の読んでたマガジンと交換する。

「三年生って、今日はなにか特別授業でもありましたっけ?」

 京夜がつぎに話しかけたのは紫音さん。皆の中でいちばん「良識」を期待する人。

「いや。普通授業だったね」

 壁際のパソコン席から返事をしてくれたのは、長い黒髪の知的美人さん。

 部長に対しての印象が、「なんで小学生ここにいんの?」であるならば、紫音さんに対しての印象は「なんでOLさんがここにいるの?」って感じになる。そのくらい落ち着いていて、大人っぽくて、知的な女性だ。

「三人とも。授業が終わって猛ダッシュで部室にやってきてね。ほらごらん。……冷血動物のはずの私が、汗などかいてしまっている」

 紫音さんは首筋をぱたぱたと手で仰いだ。

 汗――というのは、目撃することはできなかった。ロングヘアをかきあげたあたりで、男の子的に紳士的に、目を逸らしていたからだ。

 隙。多いんだよねー。この人。

「ええと。……では、部長と紫音さんと、あとキララのお三方は、わざわざ僕がやってくる前に急いで部室でスタンバっていたと?」

 京夜は共犯者である――〝三人目〟へと、顔を向けた。

「にく。くうか?」

 ソファーの上であぐらをかいているのは、綺羅々さん。

 ぐいっと骨付きのお肉を突き出して、京夜に勧めてくる。

 今日のお肉はスペアリブ。ちなみに昨日は鶏のモモのローストだった。綺羅々さんはいつもお肉を食べている。

「ちなみにお聞きしますが。――キララ? 今日のこれって、なんだか、わかってます?」

 綺羅々さんは険しい顔になって、腕組み。

 しばらく考えこんでいたが、やがて、ピーン! と、耳が立つ。

 ……いや。人間は耳は立たない。癖っ毛が、ちょうど耳みたいに見えていて、それがピンと立ちあがっただけ。

 綺羅々さんは、野生動物な感じはあるけれど、いちおう種族は人類でホモ・サピエンス。

「きょろ。を。……めでる?」

「僕。でられちゃうんですかー。でもいったい、なんで、でられちゃうんでしょう?」

「にく。くうか」

「あー。はい。いただきました。いただいてます」

 京夜はスペアリブをがじがじと囓った。

 綺羅々さんのお肉は、すごく美味しいんだけど。どこで買ってくるんだろう。

「いいなー。キララの肉ー。なんでおまえだけ、もらえるんだろうなー」

 部長が指先を口にくわえつつ、そんなことを言う。もう片方の手を、そーっと後ろから伸ばしていって、肉を一本、ゲットしようとするが、ばしっと撃墜されている。

「ふふふ。それでは存分にでさせてもらおうとするかな」

 紫音さんがオフィスチェアのキャスターを滑らせて、京夜の前まで勢いよくやってきた。

「あっ。はーい。紅茶淹れますねー。えーと、スペアリブに似合うのはぁ……、ウバとか、いかがでしょう? 脂っこいものにあうんですよー」

 ついにGJ部の紅茶番長。恵ちゃんまでが、動き出してしまった。

 イベント発生が確定してしまった。恵ちゃん。「でる」とかいうのには不参加だったのに……。

 編みかけのセーターだかマフラーだか手袋だかを、編み棒と一緒に椅子に残して、部室の一角の給湯スペース――通称〝紅茶基地〟へと向かう。

「あのー。見ていられるとぉー。僕は、たいへん……、食べにくいんですけどー」

「お? なんだ? 文句か? キョロの食ってるところを見てちゃいけないって、なんだ、憲法にそうあるのか? 何条何項だ?」

「ふふふ。観念したまえ。私たちはこのために廊下を走ってきたのだからね」

「廊下を走るのはやめましょう。それは生徒手帳に書いてありますから。校則ですから」

「にく。くうか?」

「はい。はい。食べてます。おいしいです。……ああだから。一本で充分ですからぁ」

 お肉が。増えた。

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