バルドズブートキャンプ

「たるみすぎじゃ!」


 バルドさんの怒号が響き渡った。冒険者に街道の巡回を依頼したが、それだけでは人手が足りない。そこで、過去にヴァラキア家に仕えていた兵たちに声をかけて、希望する者を呼び戻してもらった。


 バルドさんは魔王陛下の肝いりで結婚したとの話も同時にしてもらったのだが……そういうことか。


「ひひひ姫様、なんでここにいなさるので?」


「私がここにいてはいかんのか?」


「いえ滅相もありません!」


 兵たちはガクブルしている。いつかバルドさんが話してたっけ。新入り兵の訓練を担当していたって。


 バルドさんの威圧感は高まっていき、兵たちの緊張感が頂点に達しようとしていた。


 ふとバルドさんがこちらを見る。俺の視線に気づいたようだ。ぱあっと花の咲いたような笑顔をこちらに向けてくる。可愛い。




「え……あの姫様があんな笑顔を……?」


「結婚したって、姫様に勝てるのって魔王陛下くらいって言われてたよな?」


「ああ、近隣の騎士団とか領主の子息とか軒並みボコボコにされてるってきいたぞ?」


「って、あの優男が姫様より強いってか? まさか!?」


「けど……戦闘力たったの5だぜ?」




 鑑定魔法で俺の強さを測ったようだ。あまいな。いつもそんなに力を垂れ流すわけがないだろ。っていうかそのまま来たら武装集団に出迎えられたでござる。よって力は最低限まで抑えている状態だ。




「ケイタ殿。これからちょっと訓練モードに入るのじゃ」


「うん、頑張ってね」


「無論じゃ!」


 兵たちの無言の悲鳴が突き刺さる。「頑張るってどれくらい?」とか考えているんだろう。




「傾注!」


 バルドさんの横には如何にも古参兵と言った風情のおっさんがいた。兵たちににらみを利かせているんだろうが、バルドさんの威圧感の1割にも満たない。号令係になっている。




「よいか! 今ヴァラキア領は存亡の危機にさらされておる! おぬしらの任務は街道を守ることじゃ。だがただの警備と侮ってはいかん。その街道を通って食料が運ばれてくるのじゃ」


 凛とした口調でバルドさんが放った言葉に兵たちが驚きの声を上げる。






「「「な、なんだってー!」」」




「であればすでに理解しておろうが、おぬしらの家族を飢えさせんためには米一粒こぼすことなく商隊がたどり着かねばならん」




「「「サー! イエッサー!」」」


 兵たちの目つきが変わった。彼らは元々ヴァラキア領の兵として働いていたが、俸給が出ないため職を辞し、冒険者などで食いつないでいたのだ。




「おぬしらのやるべきことはなんだ!」




「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」




「夜盗が食料を狙っておる。どうする?」




「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」




「おぬしらは家族を愛しているか! 故郷を愛しておるか!」




「「「バルド様万歳! ヴァラキア万歳!」」」




 やたら物騒なワードが飛び交っている。ぶったるんでいた雰囲気は空の彼方に吹っ飛んでいき、彼らの士気は天をも衝かんばかりだ。バルドさんの号令に従い駆け足を始めた。足腰の鍛錬は基本だよね。




 商品の整理をして戻るとそこには死屍累々と横たわる兵たちと、汗一つかかずに声を張り上げるバルドさんがいた。




「お疲れさま」


「あ、ケイタ殿!」


 凛とした表情はふにゃっと緩み、笑みを浮かべてこちらにとててっと駆け寄ってくる。


 俺が渡したスポーツドリンクをこくこくと飲み干す。うん、かわいい。




「なんだありゃ。あの鬼のような形相が美少女に変わってやがる」


「馬鹿言え、あれは伝説の恋する乙女だ」


「なんだって!? うちの嫁でもあそこまでなってないぞ!」


「姫様があんなになるなんて……」


 そこに古参兵のおっさんが兵たちに声をかけた。


「気になるか?」


「そりゃもう。なんですかあの男は?」


「うむ、姫様の婿で、ハヤシ・ケイタ殿だ。聞いたことがあるだろう? ラグランにできたコンビニという店を」


「あの揃わないものは無いと言われる?」


「そうだ。この前の戦では王国の補給を一手に担い、魔王陛下の攻勢をしのぐ一端となった」


「けどそれなら財力でしょう? 姫様が惚れるんなら自分より強い奴だって常々おっしゃってたじゃないですかい!」


「ラグランでリッチが出た話は知っているか?」


「ええ、風のうわさに。姫様も先陣を務めたとか」


「そうだな。アベル様も姫様と共に戦い抜いた。それでだ。単騎でリッチと渡り合い、とどめを刺したのがあのハヤシ殿だ」


「なっ……」


 沈黙がその場を覆う。リッチの単独撃破とか伝説の勇者でもないと無理だろう?


「それと、お前らの実力ではわからんかもしれんが、ハヤシ殿は力を抑えているんだぞ?」


「………………」


「これもうわさだが、姫様とハヤシ殿は一晩中組み手をして、ハヤシ殿に一撃も入れられなかったそうだ」


 もはや悲鳴すら上がらなかった。




 なんか気の毒になったので、魔力を少し開放して範囲回復魔法をかけてやる。


「ほら、これで元気になったでしょ?」


 彼らは疲労一つない体に驚きを隠せない。


「ほほう、これは好都合じゃ」


 バルドさんが満面の笑みを浮かべる。


「駆け足もう1セットじゃ! 脱落した者はケイタ殿に回復してもらってもう1セット追加!」


「ヒィィィィーーーーー!」


 こうして、倒れたら回復魔法やポーションで強制回復されて、休む間もなく鍛えられた彼らは、1週間ほどで任務に就くことになった。


 訓練の修了を告げるバルドさんに涙ながらにうなずく兵たち。感動のシーンだ。そして告げられる任務の内容は、毎日往復する距離が今まで毎日走ってきた距離に匹敵する範囲の警備だった。


 のちに、この地で大きな戦いがあったとき、彼らは常識はずれの距離を移動して見せ、ヴァラキアを勝利に導いたのであるが、それはまた別のお話。

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