愚痴をこぼすのはほかでやってくれないか?


「それでだな、あのタワケ者を叱責したのだが……」

「そうですねえ、魔王陛下も大変ですねえ」

 ズダン! とジョッキをテーブルに叩きつける。「あ、カエデちゃん、生ビール一つお替りね。代金はジェイドさんに付けといて」

 空のジョッキを交換すると魔王陛下は一息にあおる。いい飲みっぷりだ。というか、うちは居酒屋じゃないんだけどなあ。

 それに生ビールマシンなんかあるわけもなく、冷蔵ストッカーから取り出した缶ビールをジョッキに移しているだけである。

 ちと話がそれた。今日は朝から魔王陛下の愚痴の相手をしている。バルドさんは……即座に逃走した。先日同じように相手をしてこりているのだろうか。婚約者を放置して敵前逃亡とか……うん、後でお仕置きしよう(悶々

 

 ぐだぐだと言い募る言葉を聞き流し、重要なキーワードを拾う。魔国の内情は商売のタネになるかもしれないからね。ハンドサインで発注の指示や、キャラバンへの情報収拾指示を出す。

 そうか、先月はあっちで大雨が。ならば飲料水が売れるな。こちらでは害獣被害か。なら有刺鉄線なんかどうかな? え? 食い破られる? モンスターパネェ。

 ひとまず収拾した情報の対価として、解決案を吹き込んでゆく。使えない貴族は首を斬りましょうとか。政策の見直しとかだ。とりあえずセーフティネットって大事だよね。何かあったときに国とか領主が生活をある程度保証することで明日への意欲がわくのです。思い切った仕事もできるしな。

 後は冒険者支援体制の確立か。ラグランでやっている、商人がスポンサーとなって駆け出し冒険者に仕事を与えるやり方だ。

 ベテラン冒険者にも教導の仕事を出す。これは日払いにする。そうすれば、ちょっとお金に困ったときや、暇を持て余すタイミングで仕事をしてもらえるだろう。

 ってトルネさん、なんでそこでメモ取りまくってるんですか? え? 「情報収拾は商人の基本ですよね?」わかりますけど。

 トルネさんは大口カウンターへ走っていった。横にはラグランに来てから見習いをやっている息子のパロ君がくっついている。目がキラキラしているのは、彼にとって父こそが勇者や王様を超える英雄なんだろうなあ。

 

 しばらくすると魔王陛下は酔いつぶれた。頃合いを見計らっていたのかバルドさんがジェイド卿を伴って帰ってきた。

「すまんな婿殿。迷惑をかける」

「まあ、人間息抜きも必要ですよね」

「そう言ってもらえると助かる。そうそう、バルドに手は出しておらんな?」

 その一言にバルドさんの頬が真っ赤に染まる。それを見たジェイド卿の全身に殺気が漲る……が、寝ぼけた魔王陛下がジェイド卿の首にしがみつきそのまま顔面を抱え込んだ。うん、あれ呼吸できるのかな。

 しばらくしてホールドを振りほどいたジェイド卿はラグランで宿をとることにしたようだ。バルドさんに弟か妹ができるんだろうか? とつぶやいたら真っ赤な顔のバルドさんにハイキックを食らった。久々のご褒美ありがとうございます!


 翌日、レイル王子がお忍びで現れた。モモチ衆の皆さんには苦労を掛ける。この王子様正面突破にはめっぽう強いが搦手には弱いらしい。落とし穴にすっぽり嵌ったこともあるとか……ってこれはどうでもいいな。

 こいつも愚痴を垂れ流す。使えない貴族がどうの、不正役人がどうのとまあ、すごい勢いだ。そしてなぜかトルネさん護衛戦士、リザードマンのリーザさんがその剣戟にも匹敵する速度でメモを取っていた。

 おいおい、いいのか? 王国の機密じゃないんだろうか?

 ほどなくしてレイル王子も酔いつぶれた。とりあえず情報の対価として、役人の待遇改善と不正発覚時の罰則を強化するよう伝えた。

 役人と貴族が結託しているので、その片方をつぶしたらよりましになるだろう。なるといいなあ……?

 ジョゼフさんが現れて王子を回収していった。なんだかんだでこの人も苦労人だよねえ。


 こうして俺の休日は愚痴をこぼされて過ぎて行くのであった……? 背中にしがみつく圧倒的メロンサイズ。マシュマロのような感触がふにゅふにゅしている。

「主殿、ただいま戻りました」

「うん、カエデちゃん。いったい何を?」

「叔父上から、王子の相手をしていただいた礼をせよと。男性はこうすると癒されると教わりました」

 間違ってない、間違ってないけどおおおおおおおお!!

 「不埒者!」の一言と共に俺の意識は刈り取られ、目覚めたら出勤時間でした。バルドさん、直撃じゃなくて顎先をかすめるハイキックで意識だけ刈り取るとかまたレベル上がりましたね……。

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