ヴァラキアにて
ヴァラキア領まであと半日というあたりで、多数の魔物に襲われた。獣人と言っても先日のおボルトやリザードマンのような言葉が通じるものと、今回襲ってきているオークやオーガ、トロルのように問答無用で襲い掛かってくる連中がいる。
彼らとは言葉も通じず、目があったらその場で殺し合いである。
「フゴオオオオオオオオオオオオ!」
バルドさんの剣がオークを貫く。トルネさんの護衛パーティのリザードマン戦士たちも槍を縦横に奮って馬車に近寄らせないようにしていた。
俺も初級呪文を中心に敵を吹っ飛ばす。あんまりでかい呪文を使うなとバルドさんから釘を刺されているのもある。というか、へたに流れ弾を飛ばすとヴァラキア領に被害が出る可能性があるらしい。でっかいクレーター空けちゃいましたーではさすがにまずいだろうから、それは避けたい。
「ぐうっ!」
リザードマンの一人がオークの振り回すこん棒で吹っ飛ばされた。思わずそれに動揺してしまい、魔力を開放してしまった。俺を中心に魔力の暴風が吹き荒れ、モンスターの群れたちをなぎ倒す。というか、半径百メートルほどの範囲が微妙に更地になっていた。
とりあえず回復魔法をかけて負傷したリザードマンを治療した。
「何とかなりましたなあ」
トルネさんののんきな口調に癒されながら先を急ぐ。
馬車の中ではバルドさんからの説教の嵐だった。
「ケイタ殿はもう少し精神面を鍛えねばいかん。味方が負傷するたびに動揺しておっては命がいくつあっても足らぬぞ?
そもそもじゃ、魔力の使い方もなってない。あんな一気に垂れ流してはならぬ。場合によってはさらなる魔物を呼び寄せる場合もある。そうなれば仲間を危険にさらすことになるのじゃ。
ま、まあ、私が負傷した時に怒ってくれたのは嬉しかったけどもじゃな……」
何このツンデレ娘、ちょー可愛い。
後半の一言は口から出ていたようだ。膝詰めの姿勢から、胡坐をかくように指示され、彼女はそのままぽすっと俺の上に収まる。
「よくやってくれたので、ご褒美じゃ。それともこんなことでは不満かの?」
「まさか! 最高です!」
御者を代わってくれているリザードマンの歯ぎしりが聞こえた気がしたがキニシナイ。
そして、ヴァラキア領都で俺たちを出迎えてくれたのは、完全武装の騎士団だった。いったい何事だろうかとぼうぜんとする俺たちに向け、すさまじい闘気をみなぎらせた騎士が突進してくるのだった。
バルドさんが一瞬で武装して迎撃する。
スパーンと一撃でその騎士は叩き落され凄い勢いで転がっていった。
「なにをするのじゃ!?」
いや、それ君が言っていいセリフとちゃう。
「なに!? バルド!?」
「その声はカイン兄上?」
「うむ、ちなみにそこに転がっているのは父上だ」
「いかん、思わず本気で殴り倒してしまったぞ!?」
「なんだと!? メディック! メディーーーーーック!?」
慌ててカイン義兄さんが救護兵を呼ぶ。とりあえず俺が診断した結果は軽い脳震盪だった。軽めの回復魔法と気付けの魔法を使う。
「う、ぐう……なんでわしは……はっ! バルド、バルドが帰ってきたぞ!」
「そうですね。ただいま戻りました。父上」
「それで、なんか恐ろしい魔力を感知したのだ。災害級の魔物が近づいておる!」
「あー、それ俺です」
「は?」
「父上、アベル兄上は?」
「戻っておらんぞ?」
「では、ラグランであった騒動については?」
「噂程度じゃな。単騎でリッチを倒したとか言うデマが流れてきておってだな……?」
「やー、それ、俺です」
「んじゃとおおおおおおおおおおおおおお!?」
「というか、あの戦いはアベル兄上も参加しておったのじゃ。で、事情説明のために先行しておったはずなんじゃが……?」
とそこに旅人風の若者が現れた。
「ただいまーって、あれ?バルド?」
「うん、兄上、何があったか聞こうか」
「いや、あの、そのだな……」
話を聞くと、どうも魔物に襲われていた旅人を助けていたようだ。そのまま、目的地まで護衛していたと。
それ自体は善行だし、特にツッコミどころはない。普通は。
だがバルドさんには別の意見があったようだ。
「女じゃな?」
「ぎくっ!?」
バルドさんが締め上げた結果、助けたのはヴァラキア領内の村人だった。そして、その一行の一人娘がど真ん中ストライクだったと。
身分を隠して好感度を稼いできたぜとかお前はエロゲの主人公かとツッコミどころ満載のセリフを言い出す。どうやら俺の部屋に入り浸って地球のサブカルに触れていたらしい。おいおい。
「アベルよ。自らの任を放り出したことは許しがたい。しかし領主の一族として領民を助けた功もある。よって今回は注意にとどめるが、以後無いようにせよ」
「はい! 申し訳ありません」
「それとだ、今回の騎士の出撃にかかった費用はお前の財布から出すように」
「は? え?」
「そもそもお前がまっすぐ帰ってきて、ケイタ殿のことを報告しておればこれほどの騒ぎにはならんかった」
「それは……確かに」
頭を抱えるアベル義兄さんを尻目にバルドさんがすごくいい笑顔でこう告げた。
「ケイタ殿、ここがわが故郷ヴァラキアじゃ、ようこそ」
「ああ、いいところだね。君のふるさとなら俺にとっても大事な場所になるよ」
「うん、そうあってほしいものじゃ。何しろ……」
その目線の先にはよくわからない理由で親子喧嘩が勃発しており、それをもはや呆れた目線で見守る騎士たちがいたのだった。
この領の状況を確認した。凶作で食料がない。先日の戦にも参戦できなかったので、褒賞がない。よって資金もない。
「詰んでるな」
「いや、一言で終わらせんでほしいのじゃが」
税収などの帳簿は5年前だった。どんぶり勘定にもほどがある。むしろ良く破産してなかったなここ。
産業は、魔物が多く出没するので、その素材がメインか。うーん。
「どうじゃな?」
「先ず投資を始める資金がない。お手上げ」
「母上に相談するか?」
「そもそも先日の戦と、王国からの食料買い付けでかなり厳しいと思う」
「ではどうすればよいのじゃ!?」
「うーん、まあ、手がなくはない。借金だ」
「誰が貸してくれるというのじゃ?」
「まあ、俺だね。と言っても現金じゃない。物資や商品を販売する。その売掛金の回収を待つという感じかな」
「うむ、ではそれでお願いする」
「意味わかってます?」
「よくわからんがケイタ殿がよいようにしてくれてよい」
「は、はあ。では……」
トルネさんと相談する。出回っている魔物素材の確認をしてもらった。
「悪くないですよ。これを王国側に持っていけば十分もうけが出ますね」
「じゃあ、運べるだけ買い付けましょう。で、その代金でこっちの商品を買ってもらう」
「仲間にも声をかけますよ。定期的に商品を持っていくようにと」
「あ、お義父さん。ラグラン方面からこちらへの通行の安全を確保できるようにしてください。そのための騎士団でしょう」
「むう、腹が減っては戦はできぬ。承知した」
何とかめどが立ちそうだ。食料を可能な限り運び込んで、魔物の素材と交換する。これで糊口をしのげるだろう。
魔王国は全体的に景気が良くない。最近魔物が増えているみたいで物流も滞りがちということも原因らしい。あとは、畑も魔物の害が増えている。大規模な魔物駆除をしないとまずいような感じだ。
まずは人と物を動かさないといけない。そうすれば必然的に経済は回りだす。
そう独り言のようにブツブツ言っていると、隣でトルネさんがメモを取っていた。この抜け目のなさ、この人は絶対成功するな。
「しかしそうなると、こちらに何らかの拠点がほしいですなあ」
「まあ、そうなりますねえ」
「とりあえず支店設置しますか」
タブレットのメニューには支店開設のコマンドがある。そこを操作すると周辺の地図が表示された。そして、支店ように開けてもらっていた土地をタップして、解説キーをタップすると……ぴかっと光った後目の前に店ができていた。
ひとまずここを拠点に領内の産業を立て直していくとしようか。
そういえば、後日談になるが、トルネさんの紹介でこちらに拠点を置いた商人がいた。ビアンカさんという名前で、ヴァラキア伯爵家への貸付金の管理もしてもらった。
「ってなんで帳簿がこんなにザルなんや!? おんどれら商売舐めとるんか!」
ものすごい勢いで雷が落ちた。おもに伯爵嫡子カイン義兄さんの頭上にだが。
ビアンカさんのスパルタ指導の下、ヴァラキア領の収支は劇的に改善し、むしろ近隣の領主たちに領土経営の指南をするほどになった。
後日その功績が認められ、のちに辺境伯に封じられる。新たな辺境伯の隣にはその功績の立役者となったビアンカ夫人がカイン卿とうり二つの嫡子を抱いて王都での式典に参列したらしい。
「うちが面倒見いひんかったらこいつら間違いなく路頭に迷うしな。まあしゃあない」
「ビアンカの尻の下はとても居心地がよいのだよ」
うん、実にお似合いだ。ちなみに、カイン卿は側室を置かず、それでも3男5女に恵まれたらしい。
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