よくあるような良くない話
16話のリッチを倒した直後のお話です。
いきなり目の前が暗くなった。何か映像のようなものが流れ込んでくる。
そこは山奥の小さな村。魔法使いの女性と木こりの男性はとあるきっかけで恋に落ち、ほどなく結ばれた。
彼らには二人の子供が生まれ、よくある、幸せな家庭というやつだった。流行り病がその村を襲うまでは。
魔法使いはやくそうの知識を総動員し、自らの魔力が枯渇するまで回復魔法を唱え続けた。今まで世話になった村人に恩を返すつもりで。
そして病気はほどなく収束する。けれど死神の顎は行きがけの駄賃をかっさらっていった。彼女の夫と幼い子供たち。
やくそうは底を突き、彼女の魔力も尽き果てていた。計り知れない絶望の中でなす術もなく、最愛の人たちを死神に受け渡すこととなった。
それから彼女は家に閉じこもった。村人たちは最初はそっとしておこうと見守るだけにとどめていたが異変が起こり始める。
小さな子供が行方不明になった。しばらくすると森に入った男が数人姿を消した。
村人たちは意を決して魔法使いの女のもとを訪ねると……彼女は出てこなかった。声だけで応対し、一人にしておいてほしいと告げた。
だが、村人の一人が気付いた。扉の隙間から漏れ出る死臭に。彼女の家族はすでに1年も前に埋葬されている。そして彼女自身も今生きているようだ。
であれば、あの死臭はどこから出ている? その恐ろしい結論にたどり着くまでは時間はかからなかった。
そして明け方、村人たちは彼女の家を取り囲む。弓矢や槍で武装し、手にはたいまつを掲げていた。油断などできるはずがない。彼女はこの村に落ち着く前は高名な魔術師だったのだ。その呪文一つで10人は命を失うだろう。
代表者の若者が扉を叩く。出てくるようにと強い口調で要求する。
女はこんな時間にとか一人にしてくれと強い口調で言い返すが徐々に弱弱しくなってゆく。
そして業を煮やした村人たちによって扉が打ち破られ、武器を手にした村人たちが雪崩れ込む。
そこには地獄絵図が広がっていた。死者を生き返らせる邪法が行われ、行方不明になった村人たちが生贄に捧げられている。幼い娘の亡きがらを見た父が悲嘆のあまり矢を放ち、それは過たず女の胸を貫いた。
言葉もなく崩れ落ちる魔法使いの女。そしてあまりに凄惨な光景に言葉もなく立ち尽くす村人たち。
そして異変は再び起こる。魔法使いの女が倒れていた床から同心円状に魔方陣が現れた。彼女の胸から流れる血によって起動したその邪法は彼女を復活させる。死した魔法使いはアンデッドとなって甦る。
そして彼女が最初に行ったことは、周囲にいる命をすべて食らいつくすことだった。
その日、一つの村が消滅した。
その村があった場所で異変が起き始めた。旅人が姿を消し、s行商人が返ってこない。
その地域をまとめる領主は部下を派遣し状況を探らせるが、その調査部隊も帰らない。
ついには軍を率いて異変のあった地に赴くがその軍丸ごとが帰らない。
事ここにいたり国が動いた。勇者の称号を与えた国一番の戦士と、高位の白魔導士。ほか騎士団から腕利きを選抜して向かわせた。そして彼らは生還した。そしてアンデッドの軍団と遭遇し何とか逃げ帰ったことを報告してくる。
王は更に決断した。対アンデッド装備を持つ新世紀師団を派遣し、再び勇者を差し向けた。
アンデッドの軍団と騎士団の戦いは熾烈を極めたが、ついに勇者の一太刀がアンデッドとなった魔法使いに届く。だがすでに千を超える魂を食らった彼女を消滅させるには至らず、棺に封印することしかできなかった。
村があった地に大規模な墳墓を築き、アンデッドの女王と化した彼女を封じた棺は地の底深くに埋められた。いつしか安らかな眠りが彼女に訪れるようにと祈りを込めて。
「勇者よ、我が魂を解き放ってくれたこと、感謝する」
「えっと、あなたは?」
「先ほどまで相対しておったろうに。冷たい事じゃ」
「ということは……」
「ああ、死者の王である。やっとこれで眠れる。身を張り裂かんばかりの悲しみに苛まれることもなくな」
「俺にも大事な人がいます。彼女を理不尽に失ったら、俺も貴女のようになるかもしれない」
「それも人たる故の業じゃ。已む無しというものよな」
「だからそうならないように全力で守ります」
「ふふ、そなたのようなのもに敗れたのもまためぐりあわせじゃな。善き哉」
ふと気づいた。小さな光の玉と、少し大きな光の玉が彼女の周りに寄り添うように漂っている。それはもしや? と思うと、目の前が光に満たされた。
果てに見える光る何か。そこに向けて4人の家族が歩いてゆく。幸せそうな笑みを浮かべて。あるいは流行り病が襲わなければ失われなかった光景。そして無限の時を経て取り戻された光景。
夢だというのに涙が出て止まらなかった。どうしてこんなに悲しいんだろう?
「我が力、汝がごとき善き者に託す。お主は誤るなよ? 大事な者を守り抜くがよい」
そしてすさまじい力が体に流れ込んできた気がして、再び意識が閉ざされた。
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