ドワーフの里
さて、城門をくぐりその先に進む。カエデちゃんは俺の左腕にくっついてぶら下がっている。非常に良い。
しばらく進むと建物が見えてきた。詰所だろうか。ポールアックスをもってフルプレートを着こんだドワーフらしき男性が二人立っている。
そして俺たちの姿を確認すると慌てふためいた。
「待て、お前さんたちは何者じゃ?!」
「あー、どうも初めまして。わたくしコンビニハヤシの店長をしております、林圭太と申します」
サラリーマン時代に培ったビジネスマナーを総動員し、直角のお辞儀をしつつ手を突き出す。そこには出かける前にタブレットで備品発注していた名刺が差し出されていた。
ドワーフの片割れが恐る恐る名刺を受け取り、内容を確認している。
「ど、どうやら怪しいものじゃないようだな」
「それはもう!」
満面の笑みで答える。その笑顔に毒気を抜かれたのか、ドワーフたちの緊張が緩んでいる。ここがチャンスだ!
「お主は何者だ? 店主ということは商人のたぐいか?」
「そうですね。お客様に利便を提供するコンビニという店をやらせていただいております」
「ふむ?」
「例えばそうですね……これなどいかがでしょう?」
ドワーフと言えば酒。度数高めのウィスキーを差し出す。
この世界の酒と言えば発酵させたものが主流で蒸留酒のたぐいは今のところ見たことがない。故にこれは彼らの心をがっちりキャッチできるのではと思ったのだ。
差し出された酒瓶を手に取り、たどたどしい手つきでふたを開ける。すると流れ出す芳香に彼らの表情が一気に緩む。
「ほ、ほう、これはなかなかに良い酒じゃの」
「うむ、ちと味見を……」
彼らの懐柔に成功したと思われた次の瞬間、すさまじい声量で怒号が降り注いだ。
「貴様らは何をやっておるか!!!」
「「ははははあいいいいいいいいいいいいいい!?」」
門番二人が直立する。
「全く、なんかいい香りがしてきたから駆けつけてみれば……」
香り? 酒の匂いを嗅ぎつけてきたというのか? そして周囲を探ると、どうもこの集落のドワーフたちが集まってきているような感じだ。なんかわらわらと人が向かってきている。
「いかん、とりあえず儂の屋敷に行くぞ。落ち着かんわ」
「承知しました」
とりあえず酒瓶のふたを閉めごついドワーフ氏に付き従って歩き出す。没収された酒瓶を恨めしそうに見る門番二人が哀れを誘うのだった。
ドワーフの村は平屋建てが多いが、どの家にも大きな煙突がついていた。そして煙突の真下にはポッコリと球状の出っ張りがある。おそらくは炉であろうか。そして集落の中心にひときわ大きな建物がある。ごついドワーフ氏は迷いなく其処に向けて歩いて行った。
「ここじゃ、客人」
「はい、お邪魔いたします」
「ふむ、わしはここの長老でヘパイストスという。と言うても半ば称号でな。本名は別にあるんじゃがの」
「伝え聞く鍛冶の神の名ですね」
「ふむ、博識じゃのう」
「いえいえ、それほどでも」
「まあ、あれじゃ。こんな辺鄙なところまで来たわけを聞こうか」
「はい、私はまあ、商人でございまして、音に聞くドワーフの武具を取り扱わせていただきたいと思いここまで来ました」
「単刀直入に聞こう。対価は?」
「いくつかご用意できますが、とっておきはこちらです」
俺は荷物から透明な酒が入った瓶を差し出す。これはウィスキーのような香りはしない。とりあえずグラスに指一本分の高さを注いで差し出す。
「なんじゃけち臭いのう。なみなみと行かんか……ブツブツ」
つぶやきながらヘパイストス氏はグラスを一気に煽る。
「ゴフッ!? なんじゃこりゃあああああああ!」
ヘパイストス氏の叫びに反応したか、抜き身の剣を下げたドワーフが数人駆け込んでくる。
「長、何があった!?」
「いや、何でもない。問題ないから下がれ」
護衛剣士たちの目はいっそ潔いくらいの勢いで酒瓶にくぎ付けになっていた。
「長、客人からの土産を独り占めするのか?」
「まだ話がまとまっておらぬ。正式にまとまったら皆にも分ける。今は下がれ」
「むう、確かに聞いたからな?」
ジト目でヘパイストス氏を見つつ護衛剣士たちは部屋から出ていった。
「うむ、誠に無礼をした」
「いえ、初対面の、さらにこの山地を踏破してきたものに対する警戒としては妥当でしょう」
「そういっていただけると助かる」
「いえいえ。して、この手土産は気に入っていただけましたか?」
「ドワーフの火酒より強い酒とは初めてじゃ。なんという澄み切った味」
陶然とした表情を浮かべるヘパイストス氏。
「スピリタスと言います。酒精が9割を超えておりますのでね」
「そうか、これをくれるというのか?」
「お望みとあらば」
「して、どのような剣を打てばよい? それとも槍か? 戦斧か?」
「って話はえーなおい」
「酒はドワーフの友。新たな酒を、それもうまい酒をもたらしたお主は我らが友じゃ。異論は許さん」
「ありがとうございます」
「うむ、この里にはとりあえず500ほどの鍛冶師がおる。それ以外に周辺に女子供を含む村がいくつかあってな」
「ふむ、とりあえず500本届けましょう」
「感謝する、友よ」
「ひとまずですが、私が見込んだ戦士にここの場所を伝えます。ここにたどり着けた者に対して武具を一つ作ってやっていただきたい」
「それではもらいすぎじゃ。ほかになんかないのか」
「そうですね。経験の浅い鍛冶師の作った数打ちの剣などがあれば」
「ふむ、それでよければ腐るほどあるのう」
「では商談成立ということで」
「うむ、良い取引であった」
がっちりと握手を交わす。分厚い掌と火傷が重なってもはや原形を保っていない指。握り締める力は強いが同時に繊細さを感じる。
髭に隠れて見えないが満面の笑みを浮かべているのであろうか。とりあえず目はこちらを見ずに酒瓶に釘付けなのはご愛敬というものだろうか。
「そういえばじゃが。門番のゴーレムはどうやって突破したのじゃ?」
「え? ああ、ぶっ壊しました」
ヘパイストス氏の目が真ん丸に見開かれ口があんぐりと開かれる。
「まて、あれは古代の遺産でな。レベル110相当のはずなのじゃが? あれを無傷で倒したじゃと!?」
「というか、もしかしてですがあれのせいで皆さんもあの先に進めなかったとかないですよね?」
「うむ、実はじゃな。あ奴を制御する聖霊の笛というものがあってじゃな」
「ほほう」
「50年程前に紛失してしまっての……わっはっは」
「あー、で、どうします? 直すことも一応できますが」
「できるんかい!?」
「ええ、一通り解析したので」
「ついでに制御系統何とかできんかの?」
「んー、できなくはないですよ?」
ガシッと肩を掴まれた。有無を言わさず連行される。片手にはスピリタスの酒瓶を手放さないあたりさすがだ。
そしてゴーレムの修復と改造に三日三晩徹夜で付き合わされたのだった。
帰ってからタブレットの仕入れ先マスタを確認したら、ドワーフの里が追加されていたので今回の目的は達成されたということでいいだろう。ああ、疲れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます