コンビニの歩み

 封印された土地テハス。荒涼たる天候で、吹雪が横殴りに叩きつけてくる。とりあえず、峡谷に拠点を作り、物資を調達できるようにした。と言うか、敗残兵がこの先に向かったとすれば、点々と脱落者が倒れているんじゃないかと他人事ながら心配になってしまう。

「てんちょ、出張所の設置できたって」

「ん、ありがと。ナギ、この先の偵察頼めるか?」

「えー、寒いのやだー」

「うん、それはそうなんだけど、というか結界張れば済む話じゃね?」

「ぎく!?」

「ってことで頼む」

「はーい……」

 ナギはくるっと宙返りするとそのままドラゴンの姿になって北へ飛んで行った。


 捕虜や負傷者を後送する手配をする。とりあえず食事を与えるとピタッと抵抗が止んだ。もともとノースウッド周辺の集落は捕虜から構成されている。まあ、闇の眷属じゃない、現地の住民がほとんどであるが、今は言葉が通じる。

 そんな彼らによって今の暮らし向きを聞かされれば、目先の生活を考えて降る者も多い。さらに食事で完全に降伏した。もはや言葉を発することもなく一心不乱に口が動くところからも気に入ってもらえたようだ。

 と言うか、それまでの糧食が薄い塩味だけのスープに干し肉ひとかけら、さらに保存性を高めるために乾燥した石のように固いパン一切れ。泣けてくる。


「うむ、我らも以前は戦場でそのような食事であったのじゃ。たまに食べられる野草などがスープに入っておれば御馳走であったの」


 魔王様の言葉が重い。うちのコンビニのやったことで一番大きいことは食事事情を激しく変えてしまったことではないかとつくづく思う。

 仕入れさえすれば食べ物が短期間にかつ大量に仕入れることができる。出所はよくわからないが。さらにそれは非常に美味である。ふわふわのパン。味が付き、しっかり具が入っているスープ。それも何種類もフレーバーがある。

 あとは一部で食べられていたコメが炊き上げられ、新たな主食として提案された。味の濃いおかずに合いさらにどっしりと腹にたまる。

 塩を振って焼くだけだった肉は様々な調理方法と言うか、味付けが提案された。コショウなどの香辛料、単独で売りに出され、大好評となったソース類。さらにカツなどのフライ。唐揚げは人気商品の柱となった。ほか、一時期原材料が壊滅して品薄となり、騒動が起きかけたポテトフライ。

 飲み物も革命的だった。最初は好みが分かれたが人気商品となったコーヒー。貴族などの上流階級しか飲めなかったお茶。茶葉の加工の仕方で様々な味が楽しめることも人気に拍車をかけた。

 ほか、川や井戸からくみ上げた水は、天候によっては濁ったりする。そういった心配が要らないミネラル水は、フレーバー付きの商品を含め大人気となった。乾燥すると命にかかわるリザードマンや清水を好むサハギンたちに圧倒的に支持された。

 酒類は、キンキンに冷やされたビールが冒険者を中心に大人気となった。重傷を負って意識が戻らず、生存が絶望視されていたある戦士が、仲間のビールがもう飲めなくなるぞの呼びかけと、缶を開けグラスに注ぐ音で目を覚ましたという逸話が残される。

 こうして冒険者を中心に絶大な支持を得たコンビニは世界を席巻したのである。

 それはさておき、この世界のあらゆる種族にとっての根源がある。うまいものを食べたいということだ。やくそうやポーションは主力商品である。多くの兵や冒険者の命を救ってきたことは間違いない。

 だがそれ以上に、食事の楽しみを手ごろな価格で提供し質、量ともに劇的に改善と言うか、革命を起こしたことが今多くの人々の支持を受けたのである。


 降伏した捕虜は適度に分散させ、キャニオン出張所からノースウッドまでの間に拠点を構築したうえで配分した。ノースウッド周辺の開拓に携わった経験者を配置し、土地を拓かせる。半年はうちの持ち出しとなるが、拠点に置いた出張所から食事を提供することにした。素材回収ボックスも置くので、しばらくすればそこからの利益でトントンにはなるだろ。

「旦那様は優しいの。なんとかして皆を食べていかせようとする。捕虜などはそれこそ北に追放すればよいと思うものもおるぞ」

「そうだね。それも考えた。けどね、それは先に繋がらない」

「ふむ?」

「言ってしまえば俺は投資をしているんだ」

「投資、とな?」

「ずっと同じ人相手に商売をしていれば安泰だよ。特に考えることもなく、日々注文をこなしていればこっちも日々の暮らしができる。けどね、それは10年後、20年後にどうなっているかの保証もない」

「ふむ、たしかにの」

「じゃあ、よりよい未来を引き寄せたいじゃない。だったら商売をもっと大きくする。関わる人を増やす。失敗もあるだろうけども、それは商売を大きくしていればすぐに致命的にはなりにくい」

「なるほど。いま養っている捕虜たちは、のちのち商品を供給してくれる職人や生産者になり、同時に商品を買ってくれる顧客となると言いたいのじゃな?」

「うん、そういうこと。今回の騒動で東西南北に領域が広がった。今までこっちの国とかに属していない人が大量に増えた。彼らは今の暮らししか知らないけど、まず物が、次に情報が流れ込む。彼らは今は貧しい、けど王都やラグランのように発展して、便利で、豊かな暮らしをしている人がいることを知る。そうなったときに、自分たちがそうなる手立てがないとすればどうなるか」

「下手しなくても反乱とかがあり得るの」

「そう、だから生活を向上する手段をこっちから提供する。頑張ればみんなも豊かになれますよと。うちがやることは人とモノ、さらにサービスを繋げることだ。そうして利益を生んでそれが還元されれば雪だるまみたいにどんどん大きくなっていけると思うんだよ」

「まあ、それでもいつかは頭打ちになるだろうがな」

「だとしてもそれ何年先ですかと、その時考えたらいいんだよ」

「それもそうじゃの。うん、私はいい旦那様をもった」

「でしょ? もっと褒めて」

「ふふ、わかったぞ」

 そうして優しい笑みを浮かべるバルドが俺にもたれかかってきた。


 翌朝、伝令が息を切らせて飛び込んできた。ナギが重傷を負って命からがら帰還してきたとの報告だった。

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