先代魔王との決着
完全体になった魔王は圧倒的な魔力を秘めていた。ひかりのたまで抑えていてもこの有様だ。すさまじい勢いで振るわれる両手は魔力を帯び、避けてもこちらにダメージが入る。かといって大きくよけると周囲の兵に被害が行く。ある程度は受け止める必要がある。
攻撃魔法や武技で反撃を加える。雷を纏ったライトニングスラッシュは勇者の最高の技だ。魔王の胴を両断しかけ、肉が盛り上がってつながった。
「なんだあれ、反則だろ!?」
王女と踊り子が連弾する。舞うかのような動きで交互に攻撃を繰り出す。互いの手数を補い、聖闘気と炎の魔力を叩きつける。魔王の肉がえぐれ、緑の血液が飛び散る。振るわれた腕をぎりぎりで躱し、カウンターの手刀で手首から先を切り飛ばすが、またもや肉が盛り上がって元通りになる。
「こんなのどうしろってんだ!?」
戦士が背後から跳躍して大上段から斬り降ろす。魔王の肩に剣が埋まったが、盛り上がった肉に阻まれ抜けなくなる。とっさに剣を手放して飛び下がったが、その動きが一瞬でも遅れていたら戦士は倒されていたかもしれない。
商人から手渡された戦斧に持ち替え、再び眷属との戦いに戻る戦士だが、さすがに疲労の色が濃い。
王国の最精鋭をすべてすり潰す覚悟の攻勢である。二度目はない。なんかのゲームみたいに全滅して、全部元に戻って、王様とか神父に死んでしまうとは情けないと叱責だけで済むわけがないのである。
そして異変は唐突に訪れた。魔王の動きが唐突に止まる。新たに生えた頭は憤怒に彩られていたはずが、その双眸から滂沱の涙を流し始めた。
異形と化した魔王が初めて口を開く。
「ヘイカ……ダメ、ワタシノタメニソノヒホウヲツカワナイデ……」
その口から出てきたのは、声だけで美女とわかる、まさに鈴を転がすような声。魔王の目が光ったとき、勇者のみが別の時空にいざなわれる。
「XXXよ、死んではならん! お前が死んだら私は……」
「陛下、誰も恨んではいけませぬ。ただ私に運がなかっただけの事です」
「運などでお前を失うのか! そんな運をもたらすよな世界ならいらぬ!」
「だめですよ? 貴方はこの魔国を導くべき方。私ごときに煩わされてはいけません」
「だめだ! 死んじゃいやだ! お前を幸せにするために力を欲した。お前を守るために王になった。王の立場が、この力がお前を死に追いやるというのか!」
「駄々をこねないでくださいな。私もあなたといられないのはつらいのです。けど、ね。もうだめなんです。だから、その力とやさしさを、他の皆にも分け与えてください……ね」
そうして王妃は息絶えた。魔王のそれこそ奈落のような絶望が周囲を満たす……。
「最後の望みだ。これがうまくいけば、お前は生き返る。怒るだろうが、許せ、我が妻よ」
そうして魔王は自らの胸を貫く。自らの命を触媒に、輸魂の法を行う。生命力を相手に流し込み、蘇生を行うのだ。
長いのか短いのか、ある種歪んだ時間が過ぎ、王妃は目を覚ました。自らが生きていることに驚き、そして息絶えている魔王を見て絶望の声を上げる。そして王妃は自らの宿命を思い出す。愛する者を死に追いやる、呪われた宿命。ここに王妃が新たな魔王となり、そして闇に堕ちた。影が魔王の遺体を飲み込みその姿を消してゆく。そして掌を上に向けると小さな、小鳥の卵ほどの魔力球が宙に浮かんだ。魔王は転移魔法を唱えて姿を消した直後、小さな魔力球から黒い泥のようなものが生まれる。その泥は増殖を続け、あらゆるものを飲み込んだ後、影に消えた。
「なんてこった。この異形の魔王の正体は死んだはずの王妃かよ!?」
最愛の夫を死なせた運命を呪い、自らの生まれを呪い、自らを追い込んだ者、国を呪い、そしてついには、自らを呪った。あらゆるものに向けられた呪いと憎しみは自らを闇に落とし、この世界を消し去るにもっとも確実な手を取る。すなわち大魔王の復活である。
闇の力に導かれるように北を目指した。そのさなかに彼らに出会った。まばゆいばかりの光を纏い、眷属を蹴散らす。そしてその光の強さと、彼らが手にするものに気付いたとき、わずかな光が生まれた。希望と言う光が。
「ワタシヲコノノロイカラトキハナッテ」
「どうしたらいい?」
「アラユルヤミヲハラウニジノシズクヲ」
「タルーン、神の雫を!」
「ほええ? いきなり何を!?」
「いいから早く!」
「全く人使いが荒いですなあ。わたしが商会を持ったら従業員を大切にするんです。ぶつぶつ」
商人がカバンから神の雫を取り出そうとして、足元の石にけつまずいた。
商人の手からビンが飛び、くるくると回転しながら魔王に直撃する。ビンは砕け散り、中の液体が魔王に降り注ぐ。虹色に輝く液体が黒い闇の魔力を中和してゆく。
後には息絶えた魔王と、王妃が現れた。
「えええええええ、何事ですか!?」
「神官、蘇生呪文だ!」
「ふ、生と死をつかさどるこの私にかかれば……って魔王復活させる気ですか!?」
「いいから早く。魔王の魂は王妃の中にいる。その体を癒し、器を整えるんだ!」
「ああもう、どうなっても知らないですよ!」
神官が祈りをささげる。魔王とはいえ、単に国が違うだけ。基本は魔力多めの人間と同じである。
そして、神の雫は呪いの力を完全に解き放っていた。王妃にかけられた、命を奪う呪いすらも。
故に王妃には自前の命と魂が宿っている。人工的に自らの魂を分け与える必要は無くなっていた。そして、蘇生魔法は致命傷に至った体を癒し、その傷から魂が漏れ出ないように押しとどめるのだ。だから俺は魔王の魂を王妃から切り離し、魔王の身体に流し込む。
なんでそんなことができるのかはわからない。ただ、やってみたらできた。本当にそれだけだ。
暖かい光が降り注ぐ。同時に回復魔法が発動した。占星術師がやってくれたようだ。
「ここは……?」
「目覚めましたか、魔王陛下」
「おかしいな、俺は輸魂の法を使ったはずだ……妻は!?」
「生きていますよ。貴方が命を繋いだおかげだ」
「そうか、良かった。よか……った……」
その後、目覚めた魔王夫妻はこの地から姿を消すことになった。彼らが生きていてはいろいろと都合が悪い事になるし、焼き払われた魔国が戻るわけでもない。二人でひっそりと暮らすということになる。
ひとまず対外的には闇に堕ちた魔王を討ち取ったことにし、異形と化した魔王の角を持ち帰ることにした。とりあえず、魔王討伐はこれにて幕を下ろしたのである。
「って話じゃ。王家ではこの話タブーゆえに他言無用ぞ?」
くっそ長ったらしい勇者の剣の話はこれで終わった。興味本位で聞いてみたら思った以上にヘビーだったでござる。
ちなみに、今代の魔王様は、あの時姿を消した魔王夫妻の子孫であるらしい。そういう意味じゃ見事に返り咲いたわけだ。
さて、大魔王対策もどうするか思いつかないし、どうしたものやら……
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