闇の予兆
「さて、話とはほかでもない。困ったことが起きていてね」
「どのような?」
「うむ、我が国単独では対応しきれぬ事態じゃ」
今までになくまじめな表情で魔王陛下が切り出す。そこにレイル王子がツッコミを入れた。
「真面目な話と言うならば、そのふざけた態度を改められよ!」
まあ、確かにと思う。なぜなら魔王陛下は王配たるジェイド卿の膝の上に座っていたからである。
「貴様ら、ヒルダが体を冷やしてこの子に何かあったら責任を取れるのか!」
「「な、なんだってー!?」
「これ、ジェイド殿、そんな熱くならずとも……」
「何を言う! この子をまず無事に守り抜くことが、今の俺のすべてじゃ!」
「父上……ぶっ殺してよい?」
「待てバルド、話せばわかる!?」
「問答無用?」
さすがにアロンダイトを抜こうとするのはまずい。とりあえず後ろから抱きとめる。
「バルドは俺が守る。それでいいんじゃないか?」
「旦那様……ぽっ」
「うん、ぽっ、って自分で言うの寒いからやめような」
「むう、この朴念仁」
「はっはっは」
この魔王一家のやり取りに改めてレイル王子が切れた。
「いい加減にせんか!」
テーブルを叩いて声を荒げる。
「ふん、これだからもてない王子は器がちっちゃいのじゃ」
「もてないとか関係ねえ!」
「まあ、それは置いといて、じゃ。大魔王が目覚めつつある」
「大魔王?」
多分この場で一番事情に疎い俺が聞き返す。
「古の勇者に封じられた闇の王、ゼークトじゃ。本来は我が魔国、貴殿らの王国全土を含む領土を統べる帝国の皇帝であったが、闇の魔術に堕ちたことで臣下によって討たれた。
じゃがの、肉体を失ったことでリッチ化し、闇の眷属を召喚した。地獄より宮殿を呼び出し、異形の魔物が地上にあふれかえったと言う」
「なんということだ……」
「ラグランより北の地はいまだ魔物の領域となっている。その魔物とはすなわち古の大魔王の眷属の流れを引く。由緒正しい化け物どもじゃの」
「大魔王復活の証拠は!?」
レイル王子が悲鳴のような声を上げる。それはそうだ。魔物が溢れかえれば無辜の民にも被害が出る。
「お主を含めた勇者の力の顕現がその証左であろうよ。大魔王封印の術式にはその封が緩んだ時に封を成すための力が発現する。そういう意味では婿殿やバルドも勇者の一員と言える」
「なんということだ……」
「この地に赴いた目的がそれじゃ。このままでは多大な損害が出るし、場合によっては亡国の憂き目にもなろう。故に、我が魔国、そして王国、ラグランの3か国による盟約を提言する」
「え? ラグランって??」
「なんじゃ婿殿。お主すでに独立勢力の主じゃろうが。あのような見事な兵を揃えるとか見事じゃ」
「ええええ?!」
「ラグラン周辺の環境を生かして冒険者や兵を鍛え上げる。さらに両国に食い込み、商業をもって国力を底上げさせる。紛争状態にあった両国の緩衝となりながらじゃ。見事な手並みである」
「いやいやいやいやいやいや。買い被りです」
「ふむ、だがのう、お主以外はそうは思わぬであろうよ。いっそ大魔王討伐の旗頭になるかね? 私がなってもそちらのレイル殿がなっても軋轢しか生まぬ気がするのじゃがな」
「ちょ、ま!?」
そこにレイル王子が賛同して俺を追い込む。
「それがよい、ハヤシ殿の器量は我が王国にも知れ渡っておる。妹婿もいるしな」
「婿……わたくしの結婚を認めていただけるんですか?」
「セリカよ。勇者殿を手助けし、大魔王を討つ一矢となれ。まさに王族の務めである」
「はい!」
てめえ、他人事だと思ってニヤニヤしやがって。もっともらしいことを言ってるつもりか!?
「まあ、あれじゃの。我らの孫たちも尋常ならざる力を持つ。ちなみにじゃな、大魔王の復活は今回が初めてではない。古の勇者と先代勇者は別物じゃぞ?」
「へ??」
「5代目の勇者の時は、勇者の子は双子で、5歳の時より剣を取って戦ったという。大魔王封印に成功したときは8歳であったとか」
「ちょ、うちの子にそんな危ない事させられないんですけど!?」
「うむ、私も今ここにいる我が子を戦いに晒したくない。戦いに明け暮れた我が生涯であったが、近年の戦いなき生活に安らぎを覚えておる」
「陛下……」
「故に、この生活を手放さぬためにあらゆる手を打つ。そこはご理解いただけようか?」
「無論だ。王国は全力を尽くすと約束しよう」
なんか俺の周囲で状況がどんどんと動いてゆく。そして、対大魔王の盟主に祭り上げられようとしている。おいこらドーガ、兵に気勢を上げさせるんじゃない。バルドも聖剣を光らせるんじゃない。
うん、なし崩しの勢いって怖いね。別に裏から手を回していたわけじゃないんだけど、俺はいつの間にかラグラン大公の称号を両国から与えられ、対等の同盟を結ぶとか言われていた。
どうしてこうなったんだろう?
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