贈り物

「ありがとう、バルド」

 商品の補充を終えたバルドにお礼を言う。すると怪訝な顔をしてバルドが問いかけてきた。

「んー……旦那さま、一つ聞いてよいかの?」

「なにかな?」

「旦那様ほどの立場であれば、下の者は従って当然じゃ。だがいつも旦那様は礼の言葉を口にする。なぜかのう?」

「そうだね……俺は何もできないからかな?」

「そんなことはあるまい。旦那様の力は世界でも屈指じゃ。それに両国も旦那様に一目置いておる」

「けど俺は只のコンビニ店長だよ? 俺一人じゃ店は回らないしね」

「うむ、私は良いとして、他の皆は旦那様に雇われておる。いわば主君と家臣じゃ」

「立場はちょっと大げさかもしれないけども、そうともいえるかな?」

「じゃろう? 下の者は上に従うのが当たり前なのじゃ」

「だとしてもね、バルド。感謝の気持ちと言うのは忘れちゃいけない。君が俺のそばにいてくれることも含めてね」

「なななななななな」

「ちょうどいい機会だから言っておこうか。バルド、いつも店の事を手伝ってくれてありがとう。笑顔でいてくれてありがとう。いつ言っていいかわからなくなってしまうこともあるけれど、君がそばにいてくれるから今があると思ってる。だから……」

「だ、だから?」

 真っ赤になってもじもじしている。かわいいな。

「嫁さんになってくれてありがとう。可愛いバルド、大好きだよ」

 ぼむっと湯気を吹き、真っ赤になっている。普段ならそこでぷしゅーっと落ちるのだが、今日はなんと踏みとどまった。そして真っ赤なままな顔で必死に口を開く。

「私も、大好きじゃ! 旦那様、私をもらってくれてありがとう。いつも優しくしてくれてありがとう。私より強くなってくれてありがとう。守ってくれて・・・・・あり……が……と……」

 バルドはぽろぽろと涙をこぼす。泣きながらも満面の笑顔だった。そしてすっと目を閉じる。俺の顔がバルドに近づき……。


「うおっほん」


 咳払いに俺とバルドはびくっとなる。ふと我に返り周りを見渡すと……ルーク、ラズ君、リンさん、レナさんほか、お客様がにやにやとイイ笑顔を浮かべてこちらを見てくる。

「店長、いちゃつくのはシフトが終わってからでお願いします」

 おもわず真顔で頷く。そしてバルドはプルプルしだす。

「いちゃなんて……ついてないのじゃー!!」

 大声で叫ぶとバックヤードに駆け込んだ。

「店長、おっかけてください」

 笑顔のレナさんがバックヤードを指さして告げる。

「いや、しかし……」

「大丈夫です。バルドさんの子供ならこの店のマスコットになりますよ。ただ仕込み時間は短めにお願いします」

「ちょ、レナさん、それは!?」

 その時気づいた。目が笑ってない。俺はとりあえずバルドを追っかけた。

 背後から指笛などで、こちらを祝福? している声が聞こえる。

「やってられっかああああああああああああああ!」

「独り身に見せつけんじゃねええええええええ!」

 うん、なんか呪詛も聞こえる。なので手元のタブレットから指示を出した。

「店長からお許しが出ました。お酒半額セールです! 祝杯だー!!!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」

 この日、利益率はともかくとして、売り上げは過去最高に迫った。


 バックヤードの在庫置き場でくねくねしているバルドを見つけ回収する。とりあえず小脇に抱えた。

「え? あれ? ちょ? 旦那さま?」

「うん、もういろいろ我慢の限界。バルド、あんな可愛いこと言って歯止めが利かなくなっても仕方ないよね?」

「ん? ほえ? え、ちょ、心の準備が!?」

「うん、10秒あげる。すぐにしてくれるかな?」

「ひえ? 無理なのじゃあああああ」

「大丈夫、天井のシミを数えている間に終わる」

「新築だからシミなんてないのじゃ!?」

「うん、ちょっと黙ろうか……ちゅっ!」

「むぐぐ!? ん……」

 こんどこそ、このあと無茶苦茶(ry


 翌日。魔王陛下が訪ねてきた。

「ついにうちのヘタレ婿がバルドに手を出したと聞いてやってきたぞ」

 後ろには目を真っ赤にしたお義父さんがいた。

「というかですね、なんでそう言うのわかるんですかねえ?」

「親子ゆえに?」

「いやいやいや、そういう問題じゃないですよね?」

「まあ、あれじゃ。ほぼ間違いなく命中しておるから、子供の名前を考えねばの?」

「いやそんな身もふたもない」

「気にしたら負けじゃ。これはおぬしのセリフじゃったのう?」

 やれやれと肩をすくめ、俺は降参の意を示した。そしてお義父さんが俺の肩を掴む。

「婿殿、ちょっといいか?」

「はい?」

「ちょっと殴らせろ」

「へ?」

「そおぃ!」

 飛んでくる拳を頭をそらして避ける。

 そのまま店の外に出て、友情が芽生えそうなレベルで殴り合いをした。というか、お義父さんがへたばるまで避け続けたのが正しいか。


 魔王様の言葉は正しかった。どんどん大きくなるバルドのお腹。そのお腹をなでながら微笑むというか、にゅふふふふふふと笑うバルド。可愛いからいいけど。というと、スタッフみんなにドン引きされた。いつものことだしいいけどさ。

 そして、ついにこの日が来た。バルドが腹痛を訴えた。かねてから相談していた医師のもとに担ぎ込む。彼女は魔国でも指折りの名医であり、と言うか、ヴァラキア伯爵領から派遣されてきていたのである。

 病室に消えたバルドの苦悶の声に俺はおろおろすることしかできなかった。そして……ついに聞こえてきた産声に、扉を破壊しかねない勢いで病室になだれ込む。

 疲労を感じさせ、力なくも微笑むバルドと、元気よく鳴き声を上げる我が子に、涙があふれて止まらなかったのである。

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