ラグランの主

 訓練メニューは順当に消化されていた。今日は彼らを半数に分け、ナギを中心にコンビニ業務のトレーニングと、バルドや元冒険者のルークたちと実戦形式で訓練に出している。

 実際にはギルドでやり手のいない依頼をこなさせている。内容は様々でうちのコンビニを中心にできた宿場町の雑用などと、リスクが高すぎる討伐依頼だ。

 初めに俺に殴りかかってきたガk……少年は討伐に志願した。やつざきライオンに追い掛け回されたのがよほど悔しかったのだろう。

 一応保険としてリザードマンの一隊を周囲に配置している。うちのキャラバンの護衛をしてくれており、めきめきと腕を上げている彼らだ。


「モップをかけろ、塵一つ残すな!」

「「「さー! いえすさー!」」」

「ガラスを磨き上げるんだ。女神が見落としてぶつかるくらいにだ!」

「「「さー! いえすさー!」」」

「コンビニは戦場だ、ぼさっとしていると死ぬぞ!」

「「「さー! いえすさー!」」」

「声が小さい、本気を出せ!」

「「「さー! いえすさー!」」」

「お客様への感謝を忘れるな! 貴様らが毎日食ってるメシは売り上げから出ている!」

「「「さー! いえすさー!」」」

「先任上等兵、見本を見せてやれ!」

「いえっさー!」

「これがお客様を迎える時の顔だ!」

 ライル王子が見事な営業スマイルを見せる。

「「「さー! いえすさー!」」」

「笑顔が固い!」

「「「さー! いえすさー!」」」

「目が笑っていない!」

「「「さー! いえすさー!」」」

「スマイルがない、練習しておけ!」

「「「さー! いえすさー!」」」


 ライル君とナギに後を任せ、俺は討伐任務のほうに顔を出すことにした。

 ……なんか人間を一飲みにできそうなでっかいトカゲがいた。あれってダンジョンにいたやつじゃね?

「主殿、ダンジョンにしかいないわけではない」

「なるほど、ってカエデちゃんどっから?」

「私は主殿と一心同体」

「お、おう」

 なんかよくわからないことを言われたが気にしないことにした。


「はあああああああああああああああああ!」

「あ、待った!?」

 ルークの制止も間に合わず、でっかいのはバルドが真っ二つにしていた。

 まあ、あれだ。みんなポカーンとしている。中級以上の冒険者がしっかりとパーティをくんで倒す相手らしい。それを一撃とかもうね。

「ところでひとつ言っておく。旦那様は私より強いのじゃ。母上と互角以上に戦えるのは旦那様だけじゃ。覚えておくがよい」

「えーっと、バルドさんのお母様は魔王陛下です。レイル王子をサクッとひねったあの方です。参考までに」

「「「さー! いえすさー!」」」

 声にならない悲鳴が混じる。

 目線を感じたのかどういうセンサーか不明だがバルドがこっちに気付いた。

「旦那様あああああ」

 むぎゅっとしがみつく。全力でだ。抱き返しつつその髪をなでる。うん、かわいい。


「あれって……力任せに体当たりの上しがみついてるよな?」

「うん、あれ熊でも絞め殺しそうだ」

「あんなベアハッグ受けたらあばらがバキバキだな」

「最初の体当たりで背骨逝くんじゃね?」

「「「あれは人外だ、絶対に敵に回してはいけない」」」


 研修生たちの意見が一致した。というか人を化け物みたいに言うんじゃない。


「いや、普通に人外です」

「ラズ君ひどい……」

「旦那様は旦那様じゃ。それでよいではないか」

「うん、だよねー」

「店長、軽すぎます……」


 素材をギルドに納品し、報酬を受け取る。ルークたちの報酬を分配した後の残りを彼らにも分配する。

 鞭だけではよくない、飴も渡さないとね。


 そして彼らは自分たちが送り込まれた場所の事を知る。冒険者の最前線と呼ばれる危険地帯、さらに王国と魔国の緩衝地帯。それは何時最前線に変わるとも知れない緊張をはらむ。

 そしてここを緩衝地帯として両国を押さえる担保。それは魔王に匹敵する圧倒的な力を持つ、コンビニオーナーの存在である。

 そして彼は魔王の娘を妻とした。彼女は常日頃からこう宣言していた。「私より強い男にしか嫁がぬ」と。そして彼はもう一つの力を持つ。エンシェントドラゴンと契約を結んだ。

 一国に匹敵する戦力である。それも単独でだ。まさか店長が笑顔でモフモフしている謎生物がドラゴンだなんて誰も思っていなかった。


 ちなみに、その論評を聞いた俺はさすがにグサッときた。なんか人間兵器みたいだし、人畜無害を人型にしたら林圭太になると思っていたんだけどなあ。

 まあ、そんなこんなで、彼らも訓練や業務の習得にのめり込んでいった。厳しい環境に鍛え上げられ、どこか淀んでいた眼差しは光を放つ。と言っても目からビームが出るわけではないが。


「よくぞ俺の訓練についてきた。貴様らはゴミ虫を卒業しコンビニ店員となる」

「「「さー! いえすさー!」」」

「お前らは同期のきずなで結ばれた。コンビニを通じてその絆は永遠である」

「「「さー! いえすさー!」」」

「これから貴様らは入りいろな店舗に配属される。魔国にも店舗はある。祖国を離れ、遠い空の下で働くこともあるだろう」

「「「さー! いえすさー!」」」

「だが、忘れるな。貴様らの隣にはつねに同期がいる。その誇りを胸に、戦い抜くのだ!」

「「「さー! いえすさー!」」」

「では、今こそ貴様らに告げる。貴様らはコンビニ店員だ!」

「「「さー! いえすさー!」」」

 なんか号泣してるやつがいる。いかん、俺も目から汗が止まらない。

 一人一人の見習いネームを名前入りのものに付け替えてゆく。卒業の儀式は終わった。彼らの巣立ちの時だ。

 ジョゼフさんがいつの間にか後ろにいた。大きく拍手をしてくれている。

「ハヤシ殿、お見事な手腕でした。今後もこう言った矯正プログラムを……」

 とりあえず土魔法を発動して落とし穴に放り込む。上から砂を流し込んでやった。

「やってられっかこの野郎!」

「うわ、ハヤシ殿、何か気に障ることでも?」

「問題児の面倒は自分たちで見ろ! こっちに押し付けるんじゃねえ!」

 すると彼らも一緒になって穴に土を流し込み始めた。いいぞもっとやれ。


 とりあえず、こういう面倒ごとはこれで最後と約束させて穴から出してやった。やれやれだ。

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