紅の魔王の暴虐

 エキシビジョンと言うことで、腕に自信のある者が魔王陛下に挑み、そして圧倒的な力で下された。先日俺にコテンパンにされた魔王軍随一の猛将(笑)、リンドブルム伯はひょいっと持ち上げられて往復ビンタ御受け戦意喪失と言うありさまだ。

 そしてついに真打が現れた。もとヴァラキア伯、ジェイドで王配兼親衛隊長に収まっている。

「ヒルダ、全力で行くぞ」

「ああ、ジェイドよ。楽しみじゃ」

 縮地と呼ばれる歩法。一歩目から最高速に達する神速の踏み込み。それは俺の膝の上で観戦しているバルドが刮目するほどだった。

 ジェイドが放ったのは突き。引く手も見せぬほどの高速の刺突。それを受け、弾く音が一連なりの旋律のように聞こえた。最後の突きは首を横に振って躱される。突き切った軌道がそのまま真横に振られる。先ほどバルドが用いた平突きだ。魔王様はしゃがんで躱す。そして立ち上がりざま切り上げを放つ。横っ飛びでよけて魔力弾を撃つ。それを弾きざまに剣に乗せた魔力刃を放つ。

 今までまともに魔王様と討ちあえるものがいなかったこともあり、ジェイド卿の武勇が際立っていた。

「父上、母上、頑張れー!」

 戦況は徐々に傾いていった。地力の差が現れてきている。ジェイド卿は肩で息をしているが魔王様は息ひとつ切らしていない。

「ふふふ、楽しいなあ」

「楽しんでくれて嬉しいよ……こっちはしんどいけどなあ」

「ふふ、わたしと戦えるものがいるというだけで心が沸き立つのじゃ」

「くっ!」

 魔王陛下の凄まじいとしか言いようがない連続攻撃を躱し、受け止め、迎撃する。

 だんだんと追いつめられるジェイド卿の目に決意の色が浮かぶ。あれは……やる気だ。


「ヒルダ!」

「ん? なんじゃ?」

 鍔迫り合いのさなかにジェイド卿が魔王陛下の目を見て声をかける。

 そして爆弾発言が飛び出した。


「愛しているぞ!」


 歓声が静まり返った。むしろポカーンとした空気が漂っている。

 何を言っているんだ?(AA略 

 これが正しい空気だろうか?

「ち、父上……すごいのじゃ……」

「というか、本当にやるとは……」

「旦那様が?」

「うん、魔王様の動きを止めることができたら勝機はあるんじゃないかって」

「あー……父上、頑張るのじゃ……」

 バルドが瞑目して祈りをささげる。

 その意味は次の瞬間いやというほど理解した。


「にゅふ、にゅふふふふふふふふふう……」

 どっかで聞いたような含み笑いだ。と言うかさすが親子。よく似ている。と言うことは……?

「いまだ、てえええええええええええい!」

 ジェイド卿の渾身の一撃は魔王様のパリィで弾かれ、剣も跳ね飛ばされた。

「うふふふ、きゃー。ジェイド、わたしも……愛しているのじゃ!」

 キュドッ! すさまじい魔力が渦巻き閃光が視界を白く染め上げる。と言うかあの爆発の爆心地にいて原形……保ってるな。すげえ。

「にゃははははははははははー!」

 顔を真っ赤に染め上げ、潤んだ目でジェイド卿を見つめる。なんというか、むちゃくちゃ色っぽい。バルドに思いきりほっぺたをつねられるまで見とれていた。

 そして魔王様の全身の魔力が活性化し……すさまじい暴風雨のような攻撃が降り注ぐ。哄笑とともに。その姿を見た観衆が悲鳴を上げる。そして攻撃がひと段落したあと、ボロボロになりながらも二本の足で立っているジェイド卿を見て観衆は歓声を上げる。

「見よ! あれほどの攻撃にさらされても生き延びる。まさに陛下の盾にふさわしいではないか!」

 一人の若者が声を上げる。と言うかぶっちゃけると、ヘルプに来てもらっていたアベルさんなんだが。最高の形でのフォローになった。

 暴走した魔王陛下の攻撃を受け止め、そのうえで立っていた事で、ジェイド卿の武名は大きく轟いた。魔王の盾と言うある意味ひどい異名がついた。


 さて、このイベントのおかげでコンビニハヤシは空前の売り上げを得ていた。観戦のお供にドリンク、お弁当にスナックなどがバカ売れしていた。さらにポイントカードの発行枚数もかなりの数に上り、店舗は来客であふれた。と言うか、本店を臨時閉店して全スタッフを引き抜いてヘルプにあて、ようやく捌いたのである。

「てんちょー、出張と超過勤務手当くださいよー」

「ルーク、この売り上げを見てそんなセリフが出るとは……」

「うん、弾むよ。お手当」

「「「ヒャッハーーー!」」」

【頑張った甲斐がありました】

「そうそう、店長がエキシビジョンで使ったはじゃの剣と、バルドさんの装備……というかドレスのオーダーがえらいことに」

「ほうほう……んだとっ!?」

 伝票を見て飲みかけのコーヒーを噴出すところだった。はじゃの剣が500本。黒のドレスが300着。オーダーは入っているが納期が1か月。ポイントカード新規加入者が1200名(概算)。

 いろいろと商品を卸していたトルネさんは疲労困憊でぶっ倒れていた。イベント準備段階からほぼ不眠不休で走り回っていたためだ。だがこちらもかなりの売り上げを上げており、さらに魔国王都にも伝手ができたらしい。倒れた髭面には満足げな笑みが浮かんでいた。

 こうして、魔国王都でのオープニングイベント(?)は大成功の裡に幕を閉じたのだった。

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