支店が開店しました
ヴァラキアに近づいてくると、目覚めたバルドさんが嬉しそうに身をすり寄せてくる。
「旦那さま、あれが私の育った街じゃ!」
ちなみに生まれたのは魔王城らしいです。そりゃあそうだね。
「街のみんなが出迎えてくれているに違いない!」
たしかに街並みの前に黒山の人だかりがある。だがよく見ると……なぜか武装されてますね。
「バルドさん、ヴァラキアの人って歓迎の時の衣装って完全武装?」
「はえ? そんな馬鹿な!?」
「ぶひーーん(伯爵さまが先陣に立ってますね)」
「そうなの?」
そう会話しつつ馬車を進めていると、武装した人のあたりで偵察に行っていたカエデちゃんが戻ってきた。
「主殿、どうも誤解みたいです。主殿とそこのペットの魔力に過剰反応したみたい」
「はい?」
「ああああああ! 主殿とナギちゃんの魔力、垂れ流しじゃ!?」
「うん? そういえば魔物とかも襲ってこなかったね」
「主殿、災害指定の規模の魔力が近づいてきたら普通は避難させる。あれは多分、住民の避難する時間を稼ぐため決死の迎撃陣……じゃないかなと」
「バルド、すまん、先に行って誤解を解いてくれないかな?」
「はい! わかったのじゃ旦那様!」
馬車から飛び降りざまにほっぺに柔らかい感触が触れていった。戻ってきたら反撃しよう。耳まで赤くさせられたのだ。同じ目に合わせる!
「てんちょーって嫁馬鹿なんですね」
「あ、ナギ、一番魔力放出の少ない姿になってくれ」
「はーい」
くるっと宙返りすると人間の子供モードになった。
「うゆー、ぱぱー」
膝の上に乗っかってきた。まあ、確かにこれくらいの子供がいてもおかしくはない年ではある。ていうかこいつわざとやってるだろ、と思ったらこっちを見てニヤリと笑いやがった。ペット扱いの報復でいろいろやらかしているようだ。
「そういえば、ドラゴンの姿でなついて見せたのも仕返しか?」
「ふふん、ああやったら店長にまたへんな異名とかつくでしょ?」
「むう」
「あと店長の言うことを聞くってポーズ見せたら、討伐対象とかにならないと思ったの」
「ああ、俺の管理下に入ればってことね。まあ、そこはしっかりと守るさ。コンビニのスタッフは家族だからな」
「うゆ!?」
俺のセリフに顔を真っ赤にするナギ。ポンポンと頭を撫でてやる。そうこうしているとカイン、アベル兄弟がバルドとともにこっちに向かって駆けよってきた。
どうやら誤解は解けたようだと胸をなでおろす。
「婿殿、来訪歓迎いたす……何が起きた?」
「アベルさんから聞いてません? ちょっとリッチを討伐したらこうなってしまいまして」
「ちょっとであんなもん討伐するんじゃねえええええええええええ!!」
どうもさすがに信じていなかったようである。バルドがかわいいからと言って話を盛りよってくらいに思っていたようである。
「いやまあ、仕方ないですよね? やっちゃったんだし」
「ぐぬ、しかもヒルダ以上の力を感じるではないか」
「近接戦闘では負けますが、魔法で遠隔攻撃に専念したら勝てるかもしれません」
「魔王に勝てるかもとか言える時点でもう人外だからね!?」
「そんなこと言うなら、お義父さんもレベル上げましょうよ。アベルさん、近所で修業してバルドに近いレベルまで来ましたよ?」
「なんじゃと!?」
「それにお義母さんも……っとこれは言ったらまずいか」
「待て、ヒルダがなんと?!」
「内緒ですよ? お義父さんが領主になった後ちっちゃくまとまっていると。昔のようにワイルドに迫ってくれたら……はっきり言いましょう。未練たらたらです」
「うぬ……カイン!」
「はっ!」
「此度の迎撃の指揮、避難の手配、すべて見事であった。儂はおぬしに家督を譲る」
「は……はい?!」
「後見には婿殿にお願いする。わしは伯爵ではない、ただのジェイドじゃ。ヒルダ、待ってろよおおおおお!!」
なんかすごい勢いで走り去った。あの猪突猛進なところ、バルドそっくりだね。
「カイン義兄上、今後ともよしなに」
「えっと、まず弟に負けないようにレベルを上げたいですなあ。はっはっは」
なんか冷や汗をかいているようだ。
カインさんに案内してもらって、領都の大通り沿いに開けた土地に案内された。おもむろにタブレットを取り出す。いつぞやアロンダイトに突っ込んだ資金も浮遊城フィーバーで回復している。とりあえず使えそうな余剰資金を全て突っ込んで店舗を設定する。
「んじゃ、行きますよー」
俺のそんな気の抜けた声に周りの皆はリアクションなしだ。そして俺はタブレットのエンターキーをタップする。
ぴかっと光ったらそこにはコンビニが一軒建っていた。
「「ななななななななななんですと?」」
カインとアベルの双子はリアクションがかぶっていた。
「すごい、さすが旦那様じゃ!」
「ぱぱすごーい」(棒
「主殿ならこのくらいは当然」(フンス
とりあえず店に入ってみる。うん、棚にはきっちりとやくそうとかポーションとかが陳列されている。POSも設置されており、初期資金一万ゴールドが入金されていた。バックヤードなどのレイアウトも元の店舗と同じだ。
「この店で働くスタッフはどうなっているので?」
「ああ、まずは24時間は厳しいので、夕刻には閉店する。私ともう一人でやる予定だ。週に1日は休日にする」
「そうですか。人事権も含めてアベルさんにお任せしますので、営業時間とか相談がありましたらこれを」
「電話ですね。承知しました」
「ところでそのスタッフさんはどちらに?」
「ああ、そうですね。セシル、こちらがオーナーのケイタ殿だ。わが妹を娶った義弟でもある」
「セシルと申します。よろしくお願いいたします」
儚げな美人さんで、胸部装甲はかなりのレベルだった。というか、伯爵家次男ということでレナさんからのアプローチもあったようだがすべてはねのけた理由がよく分かった。
「アベルさん、社内恋愛は禁止しておりません。また従業員の結婚の場合祝い金制度もありますので。あとは家族手当が……これで」
社内規定を見せるとアベルさんがだんだん真剣な表情になる。そして意を決した表情でタブレットを操作する。ぽこっと現れた箱をPOSに持ってゆき、くだんのセシルさんに売り上げ処理をしてもらう。
アベルさんがおもむろに箱を開封すると、その中身を取り出しセシルさんの前にひざまずいた。
「セシル。私はここの店長として働く。それゆえ伯爵家の職はすべて辞した、ただのアベルだ。それでも良かったらこの指輪を受け取って我が妻となってほしい」
「……喜んで。アベル様、いえ、アベル。ともに生きましょう」
とりあえず店内放送システムを使用してウェディングマーチを流す。開店セレモニーがなぜか結婚式になっていた。俺とバルドが二人のそばに立つ。なんか悪乗りして台詞を告げた。
「新郎たるアベルよ、汝は病める時も健やかなるときもこのセシルを妻として、互いに慈しみ生きることを誓うか?」
「誓います!」
「新婦たるセシルよ以下同文」
「誓います」
コンビニの制服ではあるが、なんか感動的な場面だった。
「周囲の者たちよ、異議なくば誓いを聖剣に託す。汝らはこの二人の婚姻を見届けていただく。異議は無きか?」
バルドが抜き放った聖剣アロンダイトがまばゆく輝く。
「見よ、聖なる剣が二人を祝福した。これより二人は夫婦である」
領都の民が祝福の言葉を口々に告げる。拍手は鳴りやまず、歓呼の声が響き渡った。
ちなみにこの開店日の悪乗りでコンビニに行くと縁結びの御利益があるとか噂が広まった。彼らは二人でいちゃつきながら仕事をするつもりだったのであろうが、その目論見は外れ、かなり早い段階で従業員を雇うことになったらしい。ちゃんちゃん。
ところで、あの儀式を見たバルドが目をキラキラさせて俺を見る。そういえば式挙げてないや。見届け人は魔王様かなあとか考えつつこの可愛い妻を満足させる手立てを考えていた。
「旦那様、カエデも忘れてはいかんのじゃ」
「大丈夫、主様優しいから」
こうして再びいちゃつきながらラグランに戻る。そして本店に戻ると、最初の仕事はタブレットの確認だった。新規メッセージ着信のマークが出ていたのである。
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