ゆうべはおたのしみでしたね
というわけで、昨夜は激しかった。いろいろと。
「えっとケイタ殿……旦那さまって呼んでいい?」
「もちろんだ!」
旦那さま、とても甘美な響きである。自分の目の前にいる美しい女性が自分の妻である。思わず夢ではないかと思うのだ。
「私を守ってくれる?」
「当り前だ!」
何とかのクラッカーくらい当然である。
「じゃあ……」
ズダンッと震脚の音とともにバルドさんが踏み込んできた。そして俺の胸に掌が当てられる。息吹とともに足首、膝、体のひねりを加え震脚の反発力を一分のロスもなく伝えた寸勁が来る。レベルアップによって鋭敏になった感覚はそれを俺に教えてくれた。打撃が来る寸前でわずかに体を引いて空振りさせる。
躱されたと理解した瞬間に腰を落とし、肘が飛んでくる。掌で受け止める。
自分と同じ高みの武を身に付けた相手であると理解したバルドさんの笑みはとても美しかった。
そのあとは一晩中組手をしていた。身体のスペック先行であった俺の身のこなしがだんだん経験を積んで洗練されてくる。様々な手を尽くして俺に一撃を入れようと技巧の限りが尽くされる。俺はその技術を吸収し、更なる高みに上る。
ふと気づくと俺たちの組手は建物の上に据え付けられたライトによって照らされ、周囲には見物人が鈴なりになっていた。
「バルドの旋風脚を店長がしゃがんで躱した! あの位置関係だとスカートの中身が丸見えだ!」
何やってんすかアベルさん。
「実況だが?」
わかりましたすみません。
「「「「ワアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」」」
「リア充には死を! 爆破! 爆破! 爆破!」
「「「爆破! 爆破! 爆破!」」」
アベルさん、変な煽りは止めていただきたい。
なんかカオスな状態になっていた。あ、ちなみに黒でした。なにがって? いわせんな。
「はあああああああああああああ!」
裂帛の気合とともに両手で交互に突きが放たれる。頭を振り、それを避ける。胴を狙ってくるものは横から掌を当ててそらす。上半身だけの手打ちになっている突きを受けてもダメージはない。ただ見物人が一部ガクブルしているとなると、これはそれなりに威力があるのだろうか。
連打の最後の突きを見極めて体を横に捌きながらその手を掴んで引っ張り態勢を崩す。勢いに逆らわず前転することで俺の間合いから外れる。
「すごい! 私の攻撃が全然当たらぬ! 旦那さまは強い!」
旦那様呼ばわりを聞いた観衆がひそひそしだす。噂は本当だったのかとか、あの旦那どんだけドSなんだとか、魔国からきている兵の中にはバルドさんに憧れていた者もいたようでがっくりとしている。
「これが私の最後の攻撃だ。いくぞ!」
震脚からその反発を利用して高速で踏み込んでくる。かと思ったらバルドさんの姿が視界から消えた気配は……下!?
片手を付き、そのまま足が伸びてくる。逆立ちの状態で蹴りが俺の顎をめがけて飛んできた。上体をそらしてやり過ごすが、そのまま手の力だけで飛び上がり横薙ぎの蹴りが飛んできた。しゃがんで、初めて俺の方から手を出す。俺の指先は寸分たがわずバルドさんのつつましい胸の中心部を突いた。
「きゃあ!」
可愛い悲鳴を上げてこっちを真っ赤な顔でにらんでくる。両手で胸元を押さえる姿もかわいい。
「誰の胸がつつましいのじゃ!」
「大丈夫、問題ない」
「まだ成長期なのじゃ! これからがあるのじゃ!」
その宣言に周囲がざわめく。
「なん……だと?」
「いや、あのサイズはそのままがいいのだ。ありのままにだな」
「馬鹿野郎、ひんぬーはステータスだ!」
「だがきょぬー黒騎士、これはこれで」
お前ら人の嫁を好き勝手に言いやがってと思うと何かが漏れだしたようだ。なんか急に静まり返る。
「なんという魔力だ。魔力強化せずにあの戦いを繰り広げていたというのか!?」
アベルさんの説明台詞が炸裂。周囲はごくりと固唾を呑んだ。
その堅苦しい空気を打ち砕くべく、俺はおもむろにあるものをかざした。黒い布地の正体に気付いたバルドさんが叫び声を上げる。
「それ私の……ぱぱぱぱぱぱぱぱん!」
バルドさんをやさしくお姫様抱っこする。その姿になんか黄色い悲鳴が上がる。同時に野郎どもの怨嗟に満ちた声も聞こえてくる。だが俺はそんなものは気にしなかった。
真っ赤になってスカートの裾を気にするバルドさんを抱きかかえたまま俺たちは自室へと入っていったのだった。
以上、昨晩の回想終わり。そのあとどうなったかって? 正座させられて説教タイムでした。久々に不埒ものって罵られた。ご褒美ありがとうございます!
「店長、魔王陛下の紹介で面接希望の方来られてます」
「はーい、商談スペース使うね」
「わかりました、1番空けますね」
「ありがとー」
そこには二人の人物がいた。一人はフルプレートアーマーを纏った偉丈夫である。だが面接なのに頭部装甲を外していない。ちょいとマイナス査定だな。
もう一人はないすバディだった。ぼん、きゅ、ぼんである。そして目線を上げてゆくとあるべきところにあるべきものがない。
「初めまして」
なんか声の聞こえてきた方向に違和感を感じ、テーブルの上を確認すると絶世の美女がいた。首だけで。
「代表してご挨拶をさせていただく。デュラハン族のビビアンと、リビングアーマー族のキースという。よしなにお願いいたす」
うちの店をお化け屋敷にでもするつもりなのだろうか?
キースさんに断ってヘルメットのバイザーを上げさせてもらった。当然というか、中身は空っぽでした。リビングアーマー族は声を出せないので、スケッチブックとマジックを持たせ、筆談をすることになった。挨拶できない時点でまずくね? と思ったが、紹介者があの人だけに不採用という選択肢はない。ないったらない。俺は彼らに気付かれないように細心の注意を払ってため息をついた。
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