閑話 バルドさんの気持ち

 最初は興味本位だった。


 ぴかっと光ったら目の前に見慣れない建物が建っていた。正面はガラスであるが、こんな大きなガラスを作る技術は王国にも魔国にもないと断言できる。だがその建物には当たり前のようにそれがはめ込まれていた。驚嘆、その一言に集約される感情を秘めて、私は入り口らしき場所に立った。

 ガラッと手も触れぬのに扉が開く。魔法のからくりにしてもいくつの要素を組み合わせればこういうことができるのか? 全てに興味が尽きぬ。


「いらっしゃいませ!」

 挨拶をされた。どうやらここは商家であったか。見慣れない衣服をまとった青年がにこやかな笑みを浮かべている。生い立ちからして尋常ではない私にここまで裏表のない表情を向けてきたのは両親と兄たちだけであったように思える。

 会話は微妙に成立しなかった。この世界の常識がなく、地名を伝えてもピンとしていない様子だ。そもそも、先日この地を通りかかったときにはこんな建物はなかった。少なくともこのような精緻な建物を数日で立てる技術など聞いたことがない。

 ほんの気まぐれと興味本位だった。路銀が厳しかったのは事実だが、近隣で魔物を狩ればなんとでもなる。だがこの青年の笑顔が私の心にほんの少し引っかかっていたのである。しかしあれだ、レベル1にもかかわらず、二けたのステータスが複数あったのは驚いた。こやつは比類なき才を秘めている。そう感じた私の直感は図らずもさほど時を置かずに的中することとなるのだった。


「バルドさん。POSの扱いです。このバーコードをこの機械で読んでください」

 よくわからない単語が出てくるが、なんとか推測する。スキャナーと呼ばれた機械は赤い光が点滅している。わからないなりにケイタ殿のやっているようにやってみる。縞模様にあてるとピッと聞きなれない音がして、画面の表示が変わる。

やくそう 数量:1 単価:10ゴールド 小計:10ゴールド

 指示されるままに画面に触れる。また耳慣れない音がして、合計が表示される。計算が自動でされるとかすごい技術だ。というか、このケイタ殿も計算を巧みに操る。根っからの商人なのか? 


 しかしこのコンビニという店はすごい。商品は転送で、かなりの遠隔地からも届いている。ケイタ殿自身は自覚していないが、やくそうやせいすいなどは王都の一流の商家の取り扱い品に引けを取らぬ。それと武具の修復についても、これは時間を巻き戻しているかのようだ。原理はわからぬが瞬時に新品同様となっている。ケイタ殿は考えたら負けだと意味不明なことを言っていた。

 しかし、あれだ。お客と接しているときの彼の笑顔に癒されている自分がいる。そして殿方というものはなんだ、女性の胸とかに目がいくものなのか。その割に私はそういう目で見てこない。これはどういうことか? ふと雑談になった女性客と話してみると、大切にされているのではないか? とのことだった。そういうぶしつけな目線を向けると嫌われるかもしれない。そう考えているのもあるかもしれない。との助言を受けた。そう考えると……いかん、顔が熱い。なんだろう、胸がきゅんとする。私は初めての感情を持て余しつつあった。

 そしてある日、ビキニアーマーの女戦士をそういう目で見ているところを目の当たりにし、思わず蹴りを入れてしまった。いけない、感情の抑制が甘くなっている。しかし、彼はどうして私の心を揺さぶるのか?

 そういえば、店がレベルアップしていた。すごいことだ。ケイタ殿の商才は本物なのだと感じた。なぜかそのことが誇らしかった。


 店に店員が増えた。経営面としてはいいことなのだが、なぜか寂寥を感じる。とりあえずレナ殿とリン殿の胸部装甲は圧巻だった。ケイタ殿の目線がそちらに向くたびにいら立ちを押さえきれない。

「バルドさん。大丈夫です。問題ありません」

「なにがじゃ?」

「あれはきょぬーというパーツというか概念に萌えているだけで、私たちには特別な感情はありませんよ」

「なぜそう言い切れる?」

「それは……ねえ。ずっとそういう視線に晒されてましたし」

「そうだなあ。ルークが主筋じゃなかったら、あのアーマー持ってきた時に叩き切ってる」

「あー、あれはひどいって思いました」

「しかしあの展示されてる鎧、いいなあ……ちょっと高いけど」

「うむ、あの程度だと王都ではもうちょっといい値段になる」

「やっぱりそうですか。うーむ、何とかお金を貯めねば」

「頑張りましょう!」

 なんだろう。普通に会話できるということは楽しいものじゃ。こんな環境をもたらしてくれたケイタ殿に感謝を。

 そう考えている自分に驚いていた。自分に何かをもたらしてくれる他者はいなかった。けれどそれは自分で壁を作っていただけなのかもしれない。いろいろと考え方が変わっていくこの日常は良いものだと素直に思った。


 ケイタ殿が年端も行かぬ少女を拾ってきた。純粋に保護しただけなので特にいうことはない。だがやたらケイタ殿になついているのが気になる。そしてついついそのやり取りをのぞいてしまった。今までのわたしからは考えられぬ所業ではある。

 覗き込む。何か話し込んでいた。だが特に接触はない。そうこうしているうちにケイタ殿に気付かれた。そしてにっこりとほほ笑みかけてくる。頭に血が上ってしまってその場を離れてしまった。

 なんかケイタ殿にぴったりくっついている。あの身のこなしからするとかなりしっかりとした訓練を受けている。だがケイタ殿に害をなす存在ではないようだ。

 カエデ殿はいい子だった。少なくともわたしの邪魔はしない。第二夫人でいいとか言ってきた。よくわからないが了承しておいた。たぶん私は冷静ではなく、耳まで真っ赤になっていたことだろう。

 そして実家から使者が来た。今回の戦の件で講和を結ぶ。その際にケイタ殿を魔国の陣営に引っ張り込めという指示だ。

 どうしたものかと頭を抱えていたら、魔王陛下、母からの提案が来た。ケイタ殿を婿にせよとの指示である。その提案を聞いて、普段ならば拒絶していたはずだ。だがその提案がすとんと腑に落ちた。ああ、そうか、自分の望みはこういうことか。母はなぜそれに気づいたのかはわからない。だが、今回は自分の感情のままに振る舞うことに決めた。


 まったくケイタ殿は乙女心を理解しておらぬ。そもそも私を女と思っておらなんだなど、ひどい話じゃ。というか母上がばらすまで気づいておらんかったとかひどくないか?

 しかも母上の目つきが本気じゃった。あそこで止めなかったらと思うと……うん、考えるのは止めよう。

 コンビニに帰り着くと、三度目のレベルアップだった。そして建物の拡張は従業員の部屋が増えていた。部屋割りを見て顔が熱くなる。だがケイタ殿も受け入れてくれている。そう思うと喜びが湧き上がってくる。

 言葉を交わす。そして目線も交わす。ケイタ殿の顔が近づいてくる。唇に柔らかく、温かいものが触れた時を境に私の記憶はぷっつりと途切れた。

 翌朝、隣で眠る我が夫の寝顔に幸せがこみ上げたのはひとまず私の胸にとどめておこう。だれだ? とどめるスペース少ないとかほざくのは。あ、ケイタ殿が目覚める。私は慌てて寝たふりをするのだった。

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