第十章
一通り、パトカーの中で事情を聞かれたちか子さん。
さすがに警察のお世話になったという現実からか、いつもの横柄な態度はなりを潜め、神妙な顔つきで、事情聴取をした警察官に尋ねました。
「あの、あたし、逮捕されたりするのかな…でしょうか…?」
「まだ状況がはっきりしない部分もありますので、相手の方の怪我の状況や、被害届けを出されるかによっても違ってくると思います」
というのも、目撃者の一人として事情を尋ねられた葛岡さんのおばあちゃんが『殴り掛かって突き落とした』と証言したため、問題がややこしくなり、後で、当事者である麻里さんや、その場にいた私の所にも、警察官が事情を聞きにやって来たのです。
とりあえず帰宅して良いと言われ、ちか子さんは電話中だった夫に連絡しようと思い、携帯を見ると、そこには堀米さんからの着信履歴が何十件と残されていました。
すぐに折り返したのですが、電話には出ず、ひとまず自宅へ戻ると、ちょうど堀米さんも戻って来たところで、玄関前で鉢合わせになりました。
どうやら、心配のあまり、会社を抜け出してきたらしく、顔を見るなり、怒鳴りつけるように尋ねました。
「ちか! いったい何があったんだよ!? 『大変なことをした』って言ったきり、急に電話を切ったかと思ったら、その後何度掛けても出ないし、心配したんだぞ!」
「ごめん、あたし、今まで警察に色々訊かれてて…」
「警察ってどういうこと!? 分かるように説明してよ!」
ちか子さんは、まだ混乱している頭を必死で整理しながら、さっきあった出来事を話し、それを聞いたご主人は、思わずその場に座り込んでしまったほど。
昨日からの流れで、さすがに反省していると思いきや、いったい妻は何を考えているのか、もう理解不能です。
「ったく、何やってんだよ!」
「ねえ、あたし、どうしたら良い?」
「とにかく、すぐに謝らないと。園原さんの奥さんとおなかの赤ちゃんに、何もないと良いんだけど…」
「うん…」
「その前に、聞いていいかな? ちかと園原さんの奥さんって、幼なじみって言ってたけど、それだけじゃないよね?」
「うん…」
「昔、何があったのか、正直に話してくれない?」
「あのね…」
重い口を開いたちか子さんから聞かされた内容は、もうこれ以上何を聞いても驚かないと思っていた堀米さんに、新たな、そして最も大きな衝撃を与えたことは言うまでもありません。
一週間後、麻里さん母子は無事退院しました。
長男は『健太郎』くんと命名、予定より少し早く産まれてしまいましたが、健やかに育つようにと願いを込め、パパとママと菜々子ちゃんで、一生懸命考えた名前です。
麻里さんの入院中、園原家を訪れた堀米さん。
「本当に、申し訳ございませんでした!」
「ちょっ…! 堀米さん、やめてください!」
玄関で土下座をした堀米さんを、慌てて立ち上がらせると、園原くんは自宅の中に招き入れ、ご主人同士で話をすることにしました。
堀米さんは、麻里さんと、彼女のご主人である園原くんに、中学生時代から今回の件に至るまでの一連の事を、どうしてもちか子さん本人の口からお詫びしたい旨を申し出たのです。
本当は、ちか子さんも一緒に来ると言ったのだそうですが、月渚ちゃんがいることや、園原くんの気持ちを考え、ひとまず堀米さん一人でお詫びに伺い、出来れば、ちか子さんから麻里さんに、直接謝罪する場を設けてもらえないかということでした。
ですが、今は産後間もなくで、体力的にもメンタル的にも、麻里さんに余裕がないこと、何より、直接ちか子さんと会うことを、麻里さん自身が望んでいないことから、遠慮してもらいたいと答えたのです。
「堀米さんの奥さんと何があったのかは、以前に妻から聞きました」
「今回の事と言い、本当に、何と言ってお詫びすれば良いのか。そのことも含めて、せめて謝罪くらいさせて頂かないと、こちらの気が済みません!」
「きつい言い方になりますが、堀米さんは、それで気が済んだとしても、妻にしてみれば、今更謝罪されたところで、悪戯に辛い思いをするだけなんです」
「…ですよね。でも、それじゃどうすれば…」
「このまま、そっとしておいてもらいたいんです」
園原くんの言う通り、一番重要なのは、その謝罪が誰のためのものなのか、ということなのです。
それが、ちか子さんが心から猛省しての謝罪だったとしても、いじめていた当時や、二人が再会した時点なら、まだ麻里さんの心に届いたかも知れませんが、すでに今となっては事情が違っていました。
理由が何であれ、麻里さん自身、ちか子さんに会うことなど望んでおらず、逆に彼女の性格から、目の前で謝罪する人を許さないことに対し、自分の心が狭いのではないかという新たな葛藤に苦しむことも十分考えられます。
結局、ちか子さんからの謝罪など、本人の自己満足でしかなく、あえてそんなことに付き合う筋合いなどありません。
むしろ、彼女には自分のしたことに対する罪の意識を、これからもずっと持ち続けてもらわなければ困ります。もう二度と、同じ過ちを繰り返さないためにも。
「同じ町に住んで、同い歳の子供がいる以上、今後も何かと関わりがあるかも知れませんし、その時は、適度な距離感を保って、上手にお付き合いして行けたらと思うんですよ」
「それはもう!」
「堀米さんもいろいろと大変だと思いますが、どうかもう、こちらへの謝罪のことは結構ですので、頑張ってください。…というのも変ですが」
「お気遣い、ありがとうございます。頑張ります。…というのも変ですよね」
そう言うと、ふたりは顔を見合わせて苦笑しました。
いろいろと大変な原因は、言わずもがな、葛岡さんのおばあちゃんでした。
その後も、ちか子さんへの怒りは治まらず、だれ彼構わずに悪口を吹聴して回り、おばあちゃんの話だけを信じれば、ちか子さんはまるで『稀代の悪人』です。
ですが、やはりこちらも日頃の行いというのは大切で、普段からおばあちゃんの情報は、『速度はピカイチでも、正確さに欠ける』と定評があり、誇張して話せば話すほど『まさかそこまではね~』と、冷静に受け取る人が大半でした。
とはいえ、ふたりの間に何があったのかを、大勢の人が知るところとなり、自業自得とはいえ、ちか子さん夫婦にとっては、肩身の狭い状況には違いありません。
堀米さんの実家、とりわけ母親からは、そんな嫁とはすぐにでも離婚するようにと、かなり強く迫られたようですが、それをきっぱりと拒否して、ちか子さんとの結婚生活を続けることを決意した堀米さん。
その決断を一番不思議に思ったのは、ちか子さん自身で、恐る恐る理由を尋ねる妻に、堀米さんは、
「確かにちかって、悪いところもいっぱいあるけど、何て言うか、思ったことをはっきり言うとこが、僕は好きなんだよね」
と答えました。
ただ、その性格は往々にして『短所』にもなり得、故にこれまでの人間関係の多くでギクシャクして来たちか子さんでしたが、それを彼女の『長所』として受け止めてくれる堀米さんと結婚出来たことは、彼女にとって最大の幸運でしょう。
正直、このままこの町に住み続けることは、かなりの精神的負担を伴うため、自宅を処分して引っ越すことも検討したものの、現状だと売却価格がローン残高を下回る計算になり、結構な額の借金が残ってしまうため、新たに賃貸を借りるのも厳しい状態。
ちか子さんと離婚しないことで、堀米さんの両親とはほぼ絶縁状態となってしまい、実家を頼ることも出来ず、ここに住むという選択肢しか残らなかったという次第です。
当初は、周囲から遠巻きにされて、まるで針の筵のようでしたが、何もかも自分が蒔いた種と、じっと耐えながら、つつましく暮らす堀米さん家族の生活。
そうした事情も、外から見れば所詮他人事でしかなく、一か月が過ぎ、二か月が過ぎ、三か月も過ぎる頃には、そんな噂話をする人など誰もいなくなり、町には元の静寂な時間が流れておりました。
あれから数か月が過ぎたある日のこと。
「こうめちゃん、オードブルはどこに置く?」
「そこのテーブルの上にお願い! おじ様、お肉はどうですか?」
「もう焼けてるよ~」
今日は、仲間内で我が家に集まり、バーベキューパーティーを開いていました。園原家の健太郎くんも生後五か月を過ぎ、今日が自宅外でのパーティーデビューです。
参加メンバーは、園原ファミリーの他に、穂高ファミリー、石森ファミリー、そして私の幼なじみで同じこの住宅地に住む、国枝会長の娘でもある柚木ちゃん夫妻。
柚木ちゃんに声を掛けた際、それを知った国枝会長が、どうしても自分も参加したいとのことで、本日はお肉焼き係としてバーベキューコンロのセンターを陣取っていました。
何しろ、この人といったら超太っ腹のスポンサー、この日のためにわざわざ高級なお肉をお取り寄せし、自らが腕を振るって、皆に大盤振る舞いです。
「おじ様、ごめんなさいね。こんなことやらせてしまって」
「いやいや、こうちゃん、一度これをやってみたかったんだよ。だけど、ワシが何かやろうとすると、家内も子供たちも、いちいち反対するもんだからね」
確かに、国枝会長という人は、やる事がダイナミックで、お金があるだけにスケールが違うと言いますか、もし我が家のバーベキューコンロがもっと巨大なサイズだったら、牛一頭丸焼き、なんてことさえしかねないようなタイプです。
ご本人としては、何かとご不満もおありのようですが、こういう人を家族に持つと色んな意味で苦労するのを、柚希ちゃんやお母さんを見ていて良く分かる気がします。
「さあ皆、お肉が焼けたよ~!」
美味しそうに焼けた大きなお肉の塊を切り分ける国枝会長も、大人も子供も皆一列に並んで、順番にお肉を受け取るみんなも、本当に楽しそうです。
特に、お肉大好きな莉帆ちゃんにとっては、夢のような時間で、多めに取り分けて貰っても、すぐまた列に並び直してる姿に、国枝会長も嬉しくて可愛くて仕方がないといった様子で目を細めていました。
お料理上手のメンバーたちから、それぞれオードブルを一品ずつ持ち寄ってくれていましたので、本日の我が家の庭は、どこのレストランよりゴージャスです。
美味しそうな匂いと楽しげな声に、思わず中を覗き込んだ通行人と目が合う度、お互い笑顔で会釈や挨拶を交わしていたのですが、何度目かの同様のシチュエーションで目が合ったのは、ちか子さん母娘でした。
あれ以来、きちんと約束を守り、幼稚園でも自宅付近でも、麻里さんに対し、一切接触することがなかったちか子さん。私の自宅は知らないはずですから、今日ここを通り掛かったのは、本当に偶然だったのでしょう。
彼女に気付き、居合わせた事情を知る大人たちの間に気まずい空気が広がります。お互いに小さく会釈すると、早々に立ち去ろうとするちか子さんに、月渚ちゃんが羨ましそうに言いました。
「ママ~、菜々子ちゃんたち、バーベキューしてるよ~」
「そうだね」
「いいな~。月渚もバーベキューしたいな~」
「駄目だよ! さあ、早く行くよ!」
思わず声を荒げ、娘の腕を引っ張ってその場を立ち去ろうとするちか子さん。
すると、子供たちを除いて唯一事情を知らない国枝会長が、
「奥さん、もし良かったら、ご一緒にどうぞ。肉はたくさんあるんで、ご遠慮なく。さあ、お嬢ちゃんもおいで」
困惑した表情で固まるちか子さんと私たち。余計なことを言うなとばかり、父親に肘鉄を入れた柚希ちゃんでしたが、時すでに遅し。
国枝会長のお誘いと、美味しそうなバーベキューの匂いに、目を輝かせて、中に入ろうとした月渚ちゃんの腕を掴んで引き止め、『今日は用事があるから』と必死で言い聞かせるちか子さんでしたが、納得行かない月渚ちゃんは、涙声で駄々をこね始めました。
「や~だ~! 月渚もバーベキューやりたい~!」
「駄目ったら駄目! 帰るよ!」
もともとは大人の事情でのこと、見ているこちらとしても月渚ちゃんが可愛そうで、誰もがこの状況をどうすればよいのかと、考えあぐねていたときでした。
それまで黙々とお肉を食べていた莉帆ちゃんが、月渚ちゃんに歩み寄ると、にっこり笑って語りかけたのです。
「ママは用事があって、帰らないといけないんだって」
「でも、月渚、バーベキューしたい~!」
「じゃあ、後でママに迎えに来て貰うことにして、あなた一人で来れるならおいでよ?」
その言葉に、私たち大人は固まったまま、二人の動向を見守るしか出来ず、それまで遠巻きに見ていた綾乃ちゃんと菜々子ちゃんも、莉帆ちゃんの傍に歩み寄って、月渚ちゃんの返事を待っていました。
母親なしで一人で参加するか、母親と一緒に参加を諦めるかの二者択一。以前の彼女なら、『ママと一緒にバーベキューしたい』と譲らず、大泣きしたに違いありません。
しばらくの間、中の様子と母親の顔を交互に見比べていた月渚ちゃんでしたが、じっとちか子さんの顔を見ると、はっきりとした口調で答えました。
「月渚、ママと一緒に帰る」
その言葉に、ホッとした表情で頷き、優しく娘の頭を撫でたちか子さん。
幼いながらも、この状況でどうすることが皆にとって一番良いのか、一生懸命考えて出した月渚ちゃんの答えでした。
人見知りの月渚ちゃんにとって、知らない大人がたくさんいる所に一人残されるのは、確かに不安があったでしょうが、先ず『ママも一緒に』を諦めることが出来たこと。
そして、大人の事情は分からないまでも、参加出来ずに帰らなければならない母親に寄り添うという選択をしたことは、月渚ちゃんが大きく成長したことの証でもありました。
「そっか~。じゃあ、また今度ね」
「うん! バイバイ、おねえちゃん!」
にっこり笑顔で手を振り、莉帆ちゃんにそう言った月渚ちゃんに、菜々子ちゃんたちも声を掛けました。
「バイバイ、月渚ちゃん。また月曜日に、幼稚園で会おうね!」
「バイバイ! また遊ぼうね!」
「菜々子ちゃん、綾乃ちゃん、バイバイ~!」
大人は大人でいろいろありましたが、子供たちは子供なりに、自分たちのコミュニティーの中、程よい距離感で関係を築いているらしく、大人たちの与り知らないところで、日々成長しているようでした。
やがて小学生になり、中学生になり、成長とともにその関係性も変化してゆくのでしょうが、それはまだまだ先のこと。私たち大人も、彼女たちを見習って、その都度柔軟に対応しながら、より良い選択をし続けて行ければ、と思います。
立ち去り際、ちらっと麻里さんを見たちか子さん。
かつて、麻里さんの何もかもが妬ましくて、過激なちょっかいを出してしまったのは、当時のちか子さんが『スルースキル』を身に着けていなかったからでした。
結局、当時の幼なじみで今でも繋がりのある人は誰もおらず、こうして親しい友人たちと家族ぐるみでパーティーをしている麻里さんが、今でも正直羨ましい気持ちはありました。
もしあの当時、いじめることではなく、親しくすることでコミュニケーションを取れていたなら、あるいは自分もこのバーベキューパーティーの輪に入っていたかも知れないのに…
そう考えると、本当はとっても参加したかっただろうに、隣で手を繋ぎ帰路につく娘が不憫に思え、自分の愚かさに胸が潰されそうになるのですが、今さらどうすることも出来ず。
「月渚、みんなと一緒にバーベキュー出来なくて、ごめんね。ママのことは気にしないで、一人で行ってきても良かったんだよ?」
「いいよ~。だって、ママも一緒じゃなきゃ、つまんないもん」
「そっか。じゃあ今度、パパとママと3人で、お家で焼き肉しよっか?」
「うん!」
嬉しそうに頷いた月渚ちゃんの握った手を、ギュッと握りしめたちか子さん。せめてもの救いは、今の現状を、月渚ちゃんが受け入れてくれていることでした。
当初は、この町に住み続けることが本当に辛かったのですが、最近は話しかけてくれる人も増え、新しい人間関係も出来つつありました。
愛娘、月渚ちゃんのためにも、今度こそしっかりと自分を見つめ直し、この町で親子三人、新たな人生を築いて行こうと思うちか子さんでした。
さて、本日の功労者は、何と言ってもあの状況を好転させてくれた莉帆ちゃん、その人です。
もちろん、彼女自身、大人の事情など知る由もなく、通り掛かりの困っていた知り合いらしい母娘を見かねて、たまたま放ったキラーパスでした。
小さい子が大好きな莉帆ちゃん。いつもの颯斗くん、綾乃ちゃん、菜々子ちゃんに加え、新たに健太郎くんまで手懐けた、天才ベビーシッター。彼女にしてみれば、そこへもう一人、月渚ちゃんが加われば嬉しいな、というだけのことでした。
意味が分からないまま、ご褒美に好きなだけお肉をもらった莉帆ちゃん、満腹になりご満悦です。
意味不明な音で話し掛けてくる健太郎くんに、やはり意味不明な音で返事をしながら、大人には意味不明な会話をしていたのですが、急に静花さんを見ると、
「ねえ、ママ、私も弟妹がほしい」
あまりにも唐突なその発言に、その場にいた全員が『はぁ~!?』と声を上げたほど。
菜々子ちゃんたちのように、幼稚園児や小学校低学年ならまだしも、莉帆ちゃんはもう中学一年生、静花さんも出産から13年のブランクがあり、年齢も40歳を超えています。
それくらいの年齢差の兄弟はたまに見かけますし、産もうと思えば産めない年齢ではありませんが、特にその予定もなく、私たちがどぎまぎする中、クールな口調で、静花さんが言いました。
「じゃあ聞くけど、何で今更、弟妹?」
「う~ん、なんか健太郎ちゃん見てたら、赤ちゃんって可愛いな~って思って」
「簡単に言うけど、ママみたいに働いてる女性は、産休とか育休とか、結構大変なんだってこと、分かってる?」
「大丈夫だって! ベビーシッターなら、私がいるじゃない。それに、少子化とか社会問題になってるんだから、それに貢献も出来るしね~。ん? 健ちゃんもお友達が欲しいって?」
「でゅ~、ヴァむぅ~」
「そっかそっか~」
中学生にもなると、いろいろと知恵もついてくるようで、あれこれ尤もらしい理由を付けてはいましたが、要は自分が独占して可愛がれる赤ちゃんが欲しい、ということのようです。
すると、静花さんは淡々とした口調で、脳内が妄想で溢れかえる娘に言い放ちました。
「あっそ。だったら、今からママが産むより、後10年ぐらいしたら、莉帆が自分で産んだほうが手っ取り早いと思うけど? 一人といわず、何人でも産めば、少子化対策に大きく貢献出来るんじゃない?」
「じゅ、じゅ、じゅ、10年って!! そんな遠い未来のことなんか、想像も出来ない~!」
「大袈裟な。10年なんて、あっという間なんだから」
このところ、一年が過ぎるのがどんどん早くなり、気が付けば10年経っていたなんていうこともざらで、静花さんの言葉に、大きく頷きながら同意する私たち。
それに対し、莉帆ちゃんはプルプルと首を横に振り、
「考えても見てよ? 10年前って言ったら、私まだ3歳だよ? 颯斗くんたちは生まれてすらいないし、健ちゃんなんて、確実に前世を生きてた頃だよ?」
「前世って…」
「大体、自分が結婚するとか子供産むとか以前に、大人になること自体、全然想像出来ないし!」
「そんなこと言っても、あと7年で成人式よ?」
「無理~! 無理無理! そんな先のこと、もう意味不明過ぎ~!」
まあ確かに、十代の子にとって10年という歳月は途方もなく長い時間に違いなく、小学生や幼稚園児には、その概念すら理解出来ないのも無理ありません。
かくいう私も、莉帆ちゃんくらいの年頃には、20歳という年齢がとてつもなく大人に感じたもので、成人式は、大人になるための秘密の儀式に違いないと信じて疑いませんでしたから。
「そうだよね~。成人式から、もう17年も経ってるって、考えたら怖いわね」
「僕なんて、来年で20年だよ。歳も取るはずだよね」
「でも、なんかついこの間のことに感じるよね」
「そうだな~。ワシもついこの前のように感じるが、気が付けばもう50年か~。歳を取るはずだな~」
ここでも格の違いを見せつける国枝会長。
私たちですら、50年は未知の領域ですから、莉帆ちゃんにとってはほぼタイムワープの世界に感じられたに違いありません。
ちっぽけな人間たちの思惑など関係なく、時は留まることを知らず、ただただ未来へ向けて流れて行くばかり。
10年後、20年後、さらにその後、この町の様子がどう変わり、この町の住人たちはどうなっているのか、それはまた、別のお話。
終わり
クラスメート 二木瀬瑠 @nikisell22
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