第二章

 麻里さんがこの街に住み始めたのは、実家から遠く離れた大学への進学がきっかけでした。


 彼女が生まれ育ったのは、私たちが住むこの町からは、新幹線を使う遠方にありました。彼女の旧姓は『志尾田麻里』さんといいます。





 ことの始まりは、麻里さんが入学した中学校の一年生のクラス編成で、たまたま遊木ちか子(現:堀米ちか子)さんと同じクラスになったことでした。


 大人しい性格の麻里さんとは対照的に、ちか子さんははっきりものを言うタイプの少女で、小学校も別々の出身、これといった共通点もありませんでしたが、先に声を掛けたのはちか子さんのほうからでした。


 そのきつい性格から、すぐにクラスの中でもリーダー的な存在になったちか子さん、当初ふたりは同じグループの中で、普通に仲の良い友達という関係性でしたが、おっとりした麻里さんの雰囲気が、無性にちか子さんの気に障ったことが悲劇の始まりでした。


 最初は、名前いじり。麻里さんのフルネームの『志尾田麻里(しおだまり)』にこじつけ、『しっ! お黙り!』といった、本気とも冗談とも取れるような、いかにも幼稚な揶揄い方で、当初はお互いに笑っていられるレベルだったのですが。


 もともと生まれ持った性質なのか、意図的なのかは分かりませんが、ちか子さんには威圧的で、ややもすれば暴力的とも取られかねない言動も多々見受けられ、いつしかグループ内のメンバーはもとより、誰も彼女に逆らえない雰囲気が定着して行きました。


 一方、真面目で優等生タイプの麻里さんは、授業や課外活動などでも、教師から模範的な生徒として褒められることが多く、それもちか子さんの苛立ちに拍車を掛ける要因の一つでした。


 その後グループ内での力関係が確立して行くに連れ、カースト下位にいた麻里さんの呼び名は、ちか子さんの意図に従う形で『オダマリ(お黙り)』に固定化されたのです。





 そんなある日、いつも昼休みに、同じクラスの男子たちが溜り場にしている渡り廊下の一角で、好きな女子のタイプの話題で盛り上がっていました。


 たまたま、その側を通り掛かったちか子さんは、彼らの話している内容が耳に入り、ちょっとした興味本位で、物陰に隠れて立ち聞きしてしまったのです。


 芸能人なら誰が好きとか、性格的には活発派か控えめ派か、外見重視か内面重視か、顔か身体かなどなど、お年頃の男子が好みそうな話題で盛り上がること、盛り上がること。


 そして、いつしかお約束の『クラスの女子では誰が好きか』という突っ込んだところまで話は進み、お互い牽制しあいながらも、一人一人の口から個人名が出始めました。


 中には『思ったことをはっきり言うところが良い』と、ちか子さんの名前を挙げた男子が一人だけいましたが、せっかくのご指名にも特にその男子生徒には関心を示さず、もっぱら彼女の興味は別の男子にありました。


 そう、それは、入学した当初からずっと気になっていた、笹原瑛斗くんでした。意中の彼の口から、いったい誰の名前が出るのか、と。


 息を殺して聞き耳を立て、やがて彼の番が回って来たとき、彼が口にしたのは、



「俺さ、物静かなタイプが好きなんだよな~」


「んで?」「誰だよ?」


「強いて言うと、志尾田…かな~」



 その名前を聞いた瞬間、ちか子さんは頭が真っ白になり、激しい動悸に襲われたように、立っているのがやっとの状態でした。


 よりによって、彼の好みが麻里さんだったとは。



「ああ、良いよな~、志尾田!」


「俺も、ああいうタイプ、好きだわ」


「連れて歩いてたら、ちょっと自慢かもな」



 そればかりか、いつも自分が馬鹿にしていた麻里さんが、他のたくさんの男子たちからも持てはやされ、聞いているだけでも気分が悪いのに、そこから先の会話は、ちか子さんにとって、知らずにいたほうが幸せな内容だったのです。



「じゃあさ、逆にコイツだけは勘弁ってタイプは?」


「俺、遊木、無理だわ~。すっげーきつそうじゃん?」


「あ、俺も! 一方的に言いたい放題言われて、心折られる感じ?」


「言いそう、言いそう、自分のことは棚に上げてね」


「後さ、いい女ぶってるけど、顔はそれほどでもないよな?」


「ま~、可愛いとか綺麗とかの部類ではないかもね」


「みんな、酷いぞ。そこまで言わなくてもよくない?」



 そう言ったのは、瑛斗くんでした。


 まさか、本人が聞いているとは知る由もなく、言いたい放題の男子たちに対し、救世主のような彼の言葉が、この状況を打破してくれるに違いないと、固唾を飲んで耳を傾けたのです。


…が。



「何だよ、瑛斗、おまえもしかして遊木のこと…?」


「あっ、いやっ、それはない! ってか、俺も遊木だけは、絶対無理だから!」


「あはは!」「わはは!」「だよな~!」



 女子の中ではカーストの頂点にいると自負していただけに、自分では予想だにしなかった男子生徒からの酷評は、ちか子さんのプライドをズタズタにするだけの破壊力がありました。





 あくまで個人の好みなので、自分が密かに好意を寄せていた瑛斗くんの好きな女子が麻里さんなのは、仕方がないことだと頭では理解出来ますし、総合的な評価を考えても、彼女が多くの男子から支持されるのも、分からなくもありません。


 本音を言ってしまえば、容姿端麗でおっとりした雰囲気を持つ麻里さんは、ちか子さん自身がそうありたいと思う理想の女子であり、もし自分が男子なら、きっと彼女を好きになっていたと思うのです。


 でも、残念ながらちか子さん自身がその理想からは、内面外見ともに大きくかけ離れていること、彼女に対しての苛立ちの理由が『ジェラシー』であることも、最近になって自覚し始めていたことでした。


 プライドの高いちか子さんにとって、自分の一番気にしている部分を男子たちから揶揄されただけでも受け入れ難いのに、それに加え、麻里さんを引き合いにする形で笑い物にされ、これ以上の屈辱はなかったのです。


 彼らに気付かれない様、震える足に鞭を打ち、やっとの思いで逃げるようにしてその場を後にすると、早退届けも出さずに自宅に帰り、その日、誰もいない部屋で、一人声を殺して泣き続けたことは、永遠に彼女だけの秘密でした。





 それからというもの、ちか子さんの麻里さんに対する風当たりは、目に見えてきつくなりました。


 すでにその頃には、メンバーにとって、グループ内での彼女の存在は絶対君主、もし逆らいでもして彼女の逆鱗に触れようものなら、そのとばっちりが自分に来ることを恐れ、彼女の意向に同調せざるを得ない雰囲気にありました。


 麻里さん自身、自分はちか子さんから良く思われていないという自覚がありましたので、これ以上一緒にいる意味も理由もないと決断し、自分からグループを抜けたのですが、それすらもちか子さんの神経を逆撫でし、彼女に対するいじめはさらにエスカレートして行ったのです。





 麻里さんが受けたのは、あからさまな無視や仲間外れ、聞こえよがしの中傷、変な噂の流布といった、典型的なハラスメントは言うに及ばず。


 私物を隠す、壊す、提出物を捨てる、お金を盗られる、逆にお金を盗んだと濡れ衣を着せられる、トイレの個室で水を掛けられる、制服や体操服を切られるなどの、器物破損、窃盗、人権侵害、身体的暴力までありました。


 極め付きは、水泳の授業で着替えた際のブラジャーやショーツ、さらには使用済みの生理用品などを、男子生徒もいる教室の黒板に張り付けられ、名前入りで晒されるという、思春期の少女にはとても堪えられないような、女性として、人としてあり得ない仕打ちまでされたのです。


 さすがにここまでやると、警察沙汰にでもなったとき、自分の身に降り懸かるのを懸念して、遠回しに忠告する子もいたのですが、



「ねえ、ちかちゃん、あんまりやり過ぎて、自殺でもされたらマズくない?」


「平気、平気! そんな簡単に死なないって。それにあんなヤツ、別に死んだっていいじゃん」


「でも、万が一、遺書に私たちの名前でも書かれたら…」


「そんなの、嘘泣きしながら、オダマリの勘違いで、みんな仲良しだったって、全員で口裏合わせれば大丈夫だって。まぁ、一人でも裏切るヤツがいない限りだけど。違う?」


「…」



 まったく悪びれる様子もなく、逆に忠告してきたメンバーたちに圧力を掛けるというふてぶてしさ。


 麻里さん自身、とてもじゃないけれど、もうこれ以上登校することに限界を感じ、とうとう仮病を使って学校を休み始めたのですが、数日後には仲良しのクラスメートを装い、わざわざ家にまで迎えに来るという周到かつ陰湿さでした。


 いっそそのまま、登校拒否になってしまえれば良かったのですが、それをさせない理由が、別にありました。





 彼女たちが幼少期を過ごしたその町は、大手企業の巨大な資本による産業を中心に、地元の多くの住民がその系列工場や関連会社に従事する、いわゆる『企業城下町』と言われる地域でした。


 鉱物資源を多く含んだ痩せた土地には、たいした作物は育たず、村人たちは古くから鉱物資源を加工することを生業とし、僅かばかりの収入で慎ましやかな生計を立てていました。


 そんな暮らしに、未来も希望も見出せない若者たちは、故郷を捨て、収入の良い働き口を求めて挙って都会へ出て行き、それにより村は一気に高齢過疎化してしまったのです。


 後継者を失ったことで、古より続く地場産業衰退は一途を辿り、この地から消えるのも、もはや時間の問題でした。





 そこで、村は高度経済成長期に、二束三文だった広大な荒地に大手企業の工場を誘致。そこへ真っ先に手を挙げたのが、『ハヤシ発動機』(現:ハヤシ技研(株))という、主にエンジンなどを製造していたメーカーです。


 当時、社内改革により、それまで中心だった化石燃料を使う『エンジン』から、電力をエネルギーとする『モーター』にシフトしており、そのための大規模な工場を建設するのに、これ以上ない好条件を満たしていたのが、この村でした。


 何より目を付けたのが、この地域の地場産業である加工技術。彼ら個人事業主が部品を製造するための製造所も、ハヤシ発動機側が全額負担で建設するという厚遇で取り込んだのです。


 彼らが作りだす部品は、予想をはるかに超える高品質で、それをほぼ独占的に採用出来たことで、結果、自社製品のクオリティーも飛躍的に向上。時代の流れも手伝い、ハヤシ発動機のモーターは、国内外多くのメーカーに採用されました。


 そうして、古くから継承してきた技術と、大手製造業がタッグを組んだことで、この地域の産業は飛躍的な成長を遂げ、やがて国内屈指の経済区に発展したのです。





 工場の周囲には、関連企業や下請けの工業団地を造成、それにより多くの雇用に伴う急激な人口増加に対応するため、郊外には分譲地や大型の共同住宅等の居住エリアが設けられました。


 さらに、新たな病院や学校などの公共施設をはじめ、同時進行で、大型ショッピングモールやレジャー施設も建設されたいわゆる計画都市のはしりであり、ほんの一世紀足らずの間に、かつての村はその面影も残らないほどの変貌を遂げたのです。


 元からこの地に住んでいた人々にとって、それまで日の目を見ることもなかった自分たちの技術が高く評価された喜びから、Uターン、Iターンに関わらず、来る人たちに対する偏見や拒絶もなく、大いに歓迎する傾向にあったことが、潤滑な人間関係を作り、産業が発展した要因の一つであったといっても過言ではありません。


 



 その企業城下町で、麻里さんの実家は、ハヤシ発動機の製品に使われる部品製造を請け負う町工場を経営していました。


 一方、ちか子さんの実家は、父親がハヤシ発動機の現地工場に勤務するサラリーマン家庭です。


 ふたつの家族の立ち位置は、古くからこの地に住んでいる一家と、新たに転入してきた一家という、この町ではごくありふれた間柄でした。


 ところが、いじめが酷くなるにつれ、



「オダマリさ、あんたン家のボロ工場、誰のおかげで経営出来てると思ってんの? うちのパパに言って、あんたン家と取り引き停止にしたっていいんだよ?」



 というのが、ちか子さんの常套句になっていました。



「あたしがクラスメートだから、あんたン家は、うちのパパの工場と取り引きしてもらえてるってこと、ちゃんと感謝してんの?」


「…はい、すみません…」


「まあ、あんたン家との取り引きなんてたかが知れてるから、こっちはどうってことないけどさ~」


「わぁ~! さすがはちかちゃんのパパ、凄~い!」


「どっかの貧乏工場とは、えらい違いだよね~!」



 といった具合に、まるで当時の少女漫画の設定によく見られたような、ちか子さんは『この町を牛耳る大手企業の工場長の娘』で、麻里さんのことは、『経営不振に喘ぐ下請け町工場の娘』という位置付けで、馬鹿にするようになっていました。


 周囲の取り巻きたちも、己の保身から、ちか子さんをお嬢様と崇め、麻里さんのことを貶すという構図が出来上がっていったのです。





 ですが、一つだけ残念なことに、ちか子さんの父親が『工場長』というのは彼女の嘘、実際には、工場内の細分化されたレーンの内の一つの『主任』という立場に過ぎません。


 もっといえば、ちか子さんの父親の部署は塗装部門、麻里さんの実家は、精密部品の製造を手掛ける会社でしたので、そもそも初めから両者には接点などなかったのです。


 大手製造業の場合、仕入業者との取り引き契約に関しては、両社の間に詳細な取り決めがあり、たとえ(本物の)工場長であっても、個人の一存でどうこう出来るものでもありませんし、まして、関係部門外の一主任に、そのような権限がないことは明白。


 そんな嘘、ちょっと大人に尋ねればすぐに分かりそうですが、まだ子供で、企業の構造を良く分かっていなかったことに加え、陰湿ないじめによって、心身ともに徹底的に痛め付けられ続けたことで、思考が麻痺してしまい、冷静な判断が出来なくなっていたのです。





 麻里さんの家族は、寡黙で仕事熱心な父親と、いつも笑顔で家族と家業の工場を支える優しい母親、そしてまだ小学生の弟妹。


 父親が経営する会社は20人ほどの従業員を抱える中小企業で、納期に間に合わせるために、従業員が帰った後も、両親は遅くまで工場を稼働させる日々でした。


 もし、両親にいじめの現状を打ち明けたところで、余計な心配を掛けるばかりか、相手は父親の会社にとって一番の取り引き先の工場長の娘、あのちか子さんのことですから、自分が密告したことがバレれば、次はどんな酷い仕打ちに出るやも知れない、と。


 家族ばかりか従業員にまで迷惑が及ぶことを考えると、麻里さんの心に深く植え付けられた恐怖心から、ただただ自分がサンドバッグになる以外、現状を悪化させない手段を見出すことが出来ずにいたのです。





 そして、当のちか子さん自身、学校にいる間は、自分の嘘が、あたかも現実であるかのような妄想の中に入り込み、自宅へ戻れば、虚構とは大きくかけ離れた現実を突きつけられるジレンマに苛まれていました。





 ちか子さんの家族構成は、工場で働くサラリーマンの父親と、近くのスーパーでレジのパートをしている母親、四歳下の弟の四人家族。


 一家は父親の会社の社員寮の一室で暮らす、ごく一般的な中流家庭で、当時多くの労働者の家庭がそうだったように、姉弟は『鍵っ子』でした。


 両親が共働きのため、繁忙期で母親の帰宅が遅くなると、食卓にはインスタント食品やスーパーの特売品が並ぶことも多く、滅多に外食に出かけることもなければ、両親の実家への帰省以外、家族旅行もしたこともありません。


 学校で、本人が取り巻きたちに吹聴していたようなセレブな暮らしとはまるでかけ離れた現実に、強いコンプレックスを持っていました。


 あんな嘘をついたのも、元はといえば麻里さんに対する嫉妬心が高じたもの。


 彼女が社長令嬢というのは間違いない事実で、高級なレストランで食事をしたり、父親の会社の社員旅行で海外へ行ったりなど、その暮らしぶりの高さが、スーパーのレジをしていた母親からの情報で耳に入って来るのです。





 麻里さんの父親の会社の羽振りが良かったのには、製造する部品の精度の高さに特に定評があり、その精密さから国内のみならず、世界中の企業から引き合いがあったほど。


 納入していた部品は、ハヤシ発動機の工場で生産している製品だけに留まらず、その耐久性の高さから、工場内を構成する各レーンの至る所にも採用されておりました。


 他社製品では対応出来ず、万が一、一つでも欠品すれば、巨大な工場が機能停止に陥ることから、ハヤシ発動機側としても、安定した納入を確保するため、特に価格面において、かなり優遇されてたという事情もありました。


 勿論、そんな多忙な状況でしたので、両親ともほとんど休みは取れず、レストランも海外旅行も、両親のどちらかは残って仕事をせざるを得なかったりするなど、実際には家族団欒というには程遠い環境だったのです。





 そんなことなど知る由もなく、人一倍プライドが高く、見栄っ張りの性格も手伝い、周囲から麻里さんより自分の家のほうが低く見られるのが許せないという勝手な思いから、父親の役職をちょっと(かなり)盛ったことがどんどん暴走してしまい、今更本当のことなど言えなくなっていたちか子さん。


 もとはといえば自分が蒔いた種ですが、いつかその嘘がバレたらという不安に加え、男子生徒たちの話に激しくプライドを傷つけられたことで、麻里さんに対する攻撃はどんどん過激になっていったのです。





 ふたりが通っていた中学校は、1クラス四十数人、一学年9クラスもあるマンモス校だったにも関わらず、麻里さんにとって何よりの不幸は、3年間ずっとちか子さんと同じクラスだったことでした。



「あんたさ、あたしから逃げられると思ったら大間違いだからね」


「別に、私はそんなこと…」


「パパに言って、同じクラスにしてもらうように、学校にお願いしたんだから。さあ、今年も楽しい一年になりそうだね~」


「ちかちゃんのパパって、ホント凄いよね~!」


「出来ないことなんて、ないんじゃないの~!?」


「まあ~ね~」


「キャ~♪」「頼りになるぅ~♪」



 実際は、ただの偶然によるクラス編成だったにも関わらず、あたかも自分の父親の力を使い、同じクラスにさせたような口ぶりで、麻里さんに更なるプレッシャーを掛けるという周到さ。


 そんな嘘を、まだ子供だった麻里さんや他の取り巻きたちが信じてしまうのも、ちか子さんの父親が勤める企業が、この町の産業から市政までを牛耳るほど、大きな力を持っていたからです。


 多少怪しいと感じたところで、それを口に出そうものなら、少なからず恩恵を受ける自分の家族が、もうこの土地で生きて行けなくなるかも知れないという認識を、子供でさえも持っている、それが企業城下町と言われる所以でした。





 もう一つ、ちか子さんのやり口のずる賢いところは、権力を匂わせるのは、あくまで麻里さんに対してだけ、それ以外の時は誰かに話を振られたとしても、



「みんなとは、普通のお友達でいたいんだよね。だから、あたしがお嬢様だってことは、あんまり他の人には言わないでほしいんだ」


「どうして?」


「ホントの事なんだから、いいじゃん?」



 実際に、ちか子さんたちが通う学校にも何人か、工場長や取締役等、上位管理職の立場にある社員の子供や孫も在籍していました。


 そうした場合、親同士の繋がりから、子同士も仲良くなるケースが多いのですが、当然、彼女はその輪には入れません。入れば、一発で嘘がバレてしまいます。


 そこで、彼女は、



「だってさ、たまたま自分の親がそういう立場だっただけで、そんなの何の自慢にもならないじゃん? みんなみたいに普通の家に生まれても、そうじゃない特別な家に生まれても、あたしはみんなのこと大好きだから、これからもずっと、普通の子として友達でいたいんだよね」



 やたら『普通』という言葉を連呼するのは、ちか子さんのコンプレックスの裏返しなのでしょう。取り巻きにしていたのは、彼女のいう『普通の家の子』ばかりでしたから。


 その一方で、えげつないまでの麻里さんに対するいじめの数々を見せつける両極性で、自分に近い取り巻きたちの心を巧みにコントロールしていたのです。


 まるで実力派女優か、天才詐欺師のような、ある種ずば抜けた才能で。


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