だいさんわ
さらにいろいろあって
「あーちゃん、今日は採取に出かけるからついてきてね!」
朝食の席で、俺が作ったポトフと黒麦のパンを食べながら、イリスはそんな風に宣言した。
特に断る理由もなかったし、そもそも元に姿に戻るためにも彼女のご機嫌を取っておかなければならい俺としては、一、二もなく了承の意を伝えるしかなかった。
まあ、相も変わらず俺の声は『ピッテレピピ!』という感じではあったが。
で、採取である。
白き風の森が、その祝福された風の影響で非常に豊かな生態系を有していることは周知の事実だ。
通常種とは比較にならないほど強力なモンスターはいるし、そして薬草の類なんかも、ちょっと見たことないサイズに成長していたりもする。
森の南東にある妖精庭園は、その影響がより顕著だった。
咲き乱れる色とりどりの草花はどれも瑞々しく、生命力に充ち溢れている。
手乗りスライムの俺、そして小柄とはいえ人種であり、そこそこな大きさであるイリスよりも、どの植物だって大きい。
イリスの魔女帽子の上に乗っけてもらってここまで来た俺は、一帯を見回す。
一面が、自分の背丈よりも大きな植物に覆われており、その上空を、管理者である妖精たちが光の鱗粉をまき散らしながら飛び回っている。
夢か幻のような光景がそこにはあった。
「妖精の国って、こんな感じに近いんだって。だから、この森の薬草の園も、妖精さんが庭園として管理してくれているんだよー」
とは、イリスの言葉だ。
その是非は凡人どころか今やスライムになり果てた俺にはわからないけれど、しかし、他のどんな場所でもこれと同じものが見れるわけではないと、それだけは容易く理解することができた。
イリスがつねに携帯している魔法の杖を掲げ、周囲の妖精を呼びとめる。
「妖精さん、あたしは森の魔女、ハウレシア・ディム・イリスティア。今日はすこし薬草が欲しくて伺ったの! ちょっとだけ、採取させてもらっても構わないかしら?」
その場で踊るように円を描いて旋回する、俺よりも一回りちいさな妖精に、イリスは声を張り上げて事情を説明する。
妖精は、基本的に現金で気まぐれだ。
なので、少しでも興味を引けるように声をかける必要がある。
たとえば、
「ところで妖精さん、クッキーを用意してきたのだけれど、ちょっと休憩いかがかしら?」
にっこりと笑い(俺が焼いた)樫の実のクッキーを取り出すイリス。
途端に、妖精が甲高い歓声を上げる。
すると、何処にそれだけの数がいたのかという凄まじい数の妖精が、イリスの手の上へと集まってきた。
そうして、彼らは我先にとクッキーを貪りはじめる。
……妖精は、だいたいこういう生き物なのだ。
「じゃあ、ゆっくり食べててねー!」
そっとクッキーを、ハンカチの上に乗せ、地面へと置いたイリスは、群がる妖精たちをあとに残し、薬草の採取へと向かったのだった。
◎◎
「いやー、大量だったね、あーちゃん!」
背中のリュックサックをぱんぱんに膨らませ、心行くまで採取を楽しんだイリスと俺は、ほくほく顔で帰途についていた。
ニガヨモギやシシラズ草、トキワスレにイノチツナギ。
まるで不老長寿の妙薬でもできそうなラインナップ。
イリスがそれを、なにに使うのかはわからない。
ただ、彼女が言うやること――やるべきことに必要ということだけは、漠然と理解していた。
どれもこれも強力な薬草だ、彼女ほどの魔法の腕前があれば、下手をしたらゾンビの大軍団なんてものも作れてしまうかもしれない。
そんなものがホイホイ生えているのが白き風の森であり、だからこそのこの土地は、多くの人々から神聖視されている。
もとよりモンスターの数も多く、立ち入る者はいない。この森のモンスターがどれほど温厚で、決して人を襲うことが無いと知っていても、やはりすみわけは必要だからだ。
魔女は、そんな人間とモンスター、森と、そのほかの橋渡しになる存在である。
イリスも、当然そんな役割を帯びていて、だから。
/だから?
だから、なんだ?
イリスは俺を殺して、いたずらでスライムの姿にかえた。
それでも敬えと?
憎しみを抱くなと?
怒りを覚えるなと?
それは、それは――
ブルリと、背筋が、ありもしない背筋が震える。
酷い悪寒が這い上り、脳裏が灼熱に侵されていく。
俺は。
ブルンスマイヤー・アーダルベルトは――
「いたぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
耳をつんざくような憎悪の叫びを聞いたのは、俺が自我を失いかけた、その瞬間だった。
◎◎
くすんだ騎士鎧。
汚れと、返り血で錆びた、鉄の全身甲冑。
その顔には、まだらに
そんな容貌の、10人近い騎士の一団が、こちらに向けて行軍してくる。
彼らの手には、剣が、槍が、弓が持たれていて。
そのどれもが、穢れに満ちていた。
「止まりなさい」
イリスが。
否、森の調停者たるハウレシア・ディム・イリスティアが、聴いた事も無いような冷徹な声を吐きかける。
「ここは白き風の森。あらゆる不浄、あらゆる穢れを許さぬ場所。それを知ってなお、ここまで踏み入ってきたのですか」
彼女の言葉に、騎士団の統率者と思わしき者が答えた。
……だけれどそれは、とても正気とは思えない返答だった。
「黙れ魔女めっ! もはや神秘の
それは、あまりに支離滅裂な言葉だった。
なにひとつ意味の通らない、狂人の戯言のようなものだった。
妄言だった。
ただただ、悪意が。
そして殺意だけが、滲んで滴り落ちているのだった。
騎士の長が、その黒斑が浮いた手に、燐光を帯びた槍を構える。
汚れた、だけれど加護が施された武器だと一目でわかった。
「これは天誅である、
つばをまき散らし、わめきたてながら騎士は走り出す。
振り抜かれる聖なる槍。
汚れた彼らがここまで踏み込むことができたのは、すべてその槍のおかげだったのだろう。
〝貫く〟。
その性質を帯びた槍だから。
それは、騎士の殺意に呼応し、身動き一つとれないイリスティアへと、その心臓へと一直線に空間を裂いて走る。
ギュッと、彼女が目を閉じた。
まるで、諦めたかのように。
『
貫通する。
心の臓を――核を。
咄嗟に飛びだした俺の肉体を、スライムの中核を、正確にその槍は貫いていた。
「あ」
イリスが目を開ける。
眼を見開く。
わなわなとふるえ、泣き出しそうな顔で口を開く。
「あーちゃん!」
……バカ。そんな顔するなよ。
これはほら、ちょっとかっこつけただけで。
だいたい、人を殺そうとする狂人なんて好きじゃないし。
あー、でも、おまえも俺を殺したんだっけか?
…………。
いいんだよ。
だって、俺は。
「俺は、おまえの使い魔だからな」
その呟きを節目に、俺の意識は霧散していてく。
スライムとしての俺が最後に見たのは、泣き出しそうな顔で、それでも必死に唇をかみしめて俺を抱き上げる彼女の。
騎士たちを森の外まで圧倒的な魔力で吹き飛ばす彼女の、その姿だった。
「これは、これでわるくない」
「あーちゃんは死なないよ。いつまでも問い続ける。その胸に、真実の銀剣が飾られるまで」
かくして俺は、スライムとして、二度目の死に殉じたのだった。
その、はずだった――
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