使い魔の日常(2)
◎◎
家に帰りついたとき、俺の大きさは10倍ほどにもなっていた。普通のスライムサイズである。つまり、それだけの量の水をため込んで来たということだ。
壺の中に体内の水を排出し終えた俺は、そのまま朝食を作る準備をはじめる。
泉に行く道中と、そして帰ってくる間に採取した、いくつかの香草や茸、山菜、木の実などをテーブルに吐きだしていると、日が昇りはじめた。
急がなくては。
かまどの火を
それから、肉体を細長く伸ばして包丁を握ると、取り出したスズメの塩漬けを細かくカットしていく。
カットしたスズメ肉に、同じく刻んだ香草をすりこみ、しばらく置く。
その間に沸騰してきた鍋に茸と山菜を入れて出汁を取る。
灰汁をとったら、木の実、スズメの肉、そして前の晩、水に浸けていた大麦を投げ込んで、さらに煮込む。
蓋をしてしばらく。
大麦がふっくらしたら完成だ。
「ふわぁ~……あーちゃん、おはよー」
出来上がった料理の匂いにつられてか、イリスが寝ぼけまなこでキッチンへとやってきた。
目の下にはクマが出来ており、なんかしらんが夜更かししたことがわかる。
大丈夫か? と聞けば、万事おーけーと返事が来た。
まあ、本人がそう言っているうちは問題ないかと納得する。
「ねーねーねー、それよりさー、今日の朝ごはんはー、なぁにー……?」
食卓に着きながら、間延びした声で、しかし心なしうきうきした調子で尋ねてくる幼馴染に、俺は鍋の中身をよそって出してやった。
「うわぁー! おいしそうな雑炊だー!」
眼を輝かせ、感嘆の声を上げるイリス。
大したもんでもないのに子どものように喜ぶ彼女を見て、俺はやれやれと苦笑しながら、召し上がれと言った。
「うん! いっただっきまーす!」
元気よくそう言って、彼女は食事に没頭した。
数分後、
「んっまーい! おかわり!」
笑顔でそう言う彼女に、俺はやっぱり苦笑しながら、お代わりをよそったのだった。
◎◎
朝、水をくみ、朝食を作り。
昼、家を掃除し、薪を割り、イリスを手伝い、雑用をこなし、食事を作り。
夜、食事を作り、風呂を入れ、寝る前にお茶を用意する。
それが俺の、ここ数日の生活――つまりは使い魔ライフだった。
人間だったころ、どんな暮らしをしていたかはちょっと記憶があやふやなのだが、まるでお母さんみたいな生活をしているなと、我ながら苦笑いが浮かんでくる。
今日何度目の苦笑いなのか、もはやわからない。
イリスと暮らすようになって、特に増えた印象だ。
「じゃ、あたし、もう少しやることあるから!」
そんな俺の胸中を知っているのか知らないのか、お風呂から上がった彼女は、濡れ髪を拭くのも早々に、お茶と書物と魔法の杖をもって、ログハウスの地下――魔女の工房へと引籠ってしまう。
イリス曰く、あまりに危険だからという理由で俺が立ち入ることを禁じられている場所だった。
彼女の言うやることがなんなのかはわからない。
ただ、たぶん大事なことなんだろうなぁとは漠然と思う。
なにせ、彼女は魔女なのだから、その全てに意味がある。不用意に、その距離感へは踏み込めない。
モンスターと人間、ひととひと、そして魔女と使い魔。
その間には、侵すべかざる一線というものがあることを、俺はウンディーネとの対話から学んでいた。
だから、イリスにそれ以上を聞くような野暮な真似を、俺はしなかった。
ただ、はた目からわからないスライムとしての苦笑を浮かべていただけだ。
そうして一日の労働を振り返り、明日の仕度を終えると、俺はベッドへ向かう。
ふかふかのオフトゥンに(文字通り)滑り込めば、一瞬で心地よい疲労感と睡魔がタッグをくんで襲いかかってくる。
俺は抗うわけでもなく、それらに身を任せると、早々と眠りの中に落ちていった。
おやすみなさいと、誰ともなしに呟いた。
◎◎
夜も更けるころ、なにかがベッドに倒れ込んでくる。
しばらくもごもごと動き回っていたそれは、やがてゆっくりと俺へ、手を伸ばす。
触れる寸前、躊躇うように動きを止めたその手は、だけれど救いを求めるように俺の身体を強く抱きしめた。
おかえりと俺はつぶやき、彼女はおやすみなさいとささやく。
これが俺の、使い魔としての一日
充実した、使い魔ライフ――
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