だいにわ
使い魔の日常(1)
手乗りスライムの朝は早い。
というか、使い魔一般、モンスター一般の睡眠時間というものは短い。人間よりもタフネスだからだ。
朝日が昇るより早く目を覚ました俺は、俺を抱きかかえるイリスの……その、なんだ……いまの肉体と同じくらい柔らかな感触を持つ双丘の間から這い出すと、水汲みのために活動を開始する。
もう少し柔らかい感触に包まれていたいというのが本音だが、そうも言ってられない。いくら産まれたころからの付き合いだといっても、その点を意識しない訳にはいかないのだが、いまは使い魔としての仕事の方が優先である。
そんな謎の使命感に燃えつつ、俺はニャッキ、ニャッキと身体を伸縮させて、ログハウスの出口へと辿り着く。
扉を押し開き、外界へ。
ログハウスの外は、はっきりいって別世界だった。
生い茂る樹木、天を衝くような無数の大樹。
そのどれもが透き通るように美しく、輝き、白い光を発しているのだ。
周囲はいまだ黎明の中にあるというのに、木々の紡ぐ光によって、森全体が淡く輝いて見えるほどだった。
ひらひらと樹上から舞い落ちてくる木の葉の一枚一枚すら、
さて、そんな木の葉を踏みしめながら森の中を進んでいくと、いくつものモンスターたちと出会うことになる。
コボルトにオオグモ、
そのどれもが、通常種よりも強力な高等種だった。
たとえば、いま俺の目の前を衝撃波すら残して走り去っていった
この森――白き森には、特別な風が吹いている。
それはあらゆる
そして悪い要因を取り除かれたすべてのもの――樹木、モンスター、あまねく生命は、健やかに成長し、他のいかなる地方のそれよりも強いあり方を示すのである。
同時に、生物としての基本的な欲求や本能以外で、敵意を抱くこともない。
『ぐるあー!』
と大声を上げ、軽く手を上げてくるオークに『テケリ・リ!』と返事をしつつ、俺は森の奥へと進んでいく。
ちなみにお互い、なにを言っているのかは解っていない。
なんとなくである。
さて、そんな風にえっちらおっちら進んでいると、やがて目的の場所へと辿り着いた。
白の泉である。
ほとりに佇み、そっと身体の一部を伸ばすと、泉の表面が揺れて、波紋が生じた。
水底から、ぽこりぽこりと泡が上がり、それがやがて、泉の中心で形をとる。
女性的な身体のラインをした、小さな水の塊――ウンディーネだった。
【Tips】
ウンディーネ:
もっとも一般的な水の精霊にして、四代元素を司る上位存在のひとつ。
モンスターや人種、獣に至るまで、多種多様な言語を理解するほど知性が高い。
ただし、水の性質として過去を押し流してしまうため、忘却もはやい。
温厚な性格だが、自らが宿る水を穢されることをひどく嫌い、ときに攻撃的になることもある。
危険度B⁺
『ミズ、クミニキタ、ノカ……?』
かなりカタコトな、しかし人種と同じ言葉で、ウンディーネは俺に問いかける。
俺は肯定の意思を示すべく身体を変化させながら、初めて水を汲みに来た日のことを思い出していた。
『タチサレ……! タチサレ……! ココハ、シンセイ! オカス、ベカラズ!』
ログハウスの掃除をした直後、汚れに塗れていた俺は、不用意にそのまま泉に這入ろうとして、ウンディーネの怒りを買ってしまった。
結果、槍状に変化した無数の水が俺へと殺到し、あわや即死というところまで追いやられたのだ。
……さいわい、手乗りスライムの特性に斬撃や刺突が利きにくいというものがあったため、なんとか死なずに済んだのだが、そのあと誤解を解くのには苦労することになった。
ただ、ウンディーネは礼節を守り敬意を忘れず、そして水を汚しさえしなければ、基本的に温厚な種族である。
礼節に乗っ取り謝罪をすませれば、快く水を使うことを許してくれた。
今日も、「そうだ! 家で使う分を汲ませてほしい!」と俺がスライム語で告げると、彼女はこくりと頷いてくれた。
快諾を得た俺は、身体の半分ほどを水に浸す。
スライムは誤解されがちだが厳密には液体ではない。
思考や消化に重要な部位――〝核〟が、周囲の水分を引きつけ、半固形化したものがスライムである。
なので、体内にはいろいろな役割を持った器官がいくつも存在する。
そのうちのひとつ、液胞に、俺は泉の水を吸い込み貯め込んでいく。
『ソノ、カラダ、ニハ……ナレタノカ……?』
暇つぶしだろうか、ウンディーネがそんなことを尋ねてきた。
初日に洗いざらい事情は説明しているからだろう、若干同情的な視線を向けられているような気がしなくもない。
いつものことだと苦笑してみせると、彼女は一拍おいて、その身体をふるわせて見せた。
……とても珍しいものを見た。
ウンディーネが、微笑んだのである。
『アーダルベルト、オマエハ、イイヤツダナ。イツマデモ……ソウ、アリツヅケロ』
彼女はそう言って、水の中に融けるように消えていった。
俺は目をぱちくりとしながら(もっとも目はないが)、めったに見れないものを見た驚きに暮れていた。
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