だいいちわ
いろいろあって
「――で! なんだこれは! どーして俺は、こんなことになっちゃってるんだよ!?」
俺は絶叫し問い続ける。
なんか世の真理とか、そーゆーものを嘆きながら。
……とはいうものの。
いかんせん、悲しいことにその叫びは言葉として成立しない。
より正確に言うなれば〝人語〟として成り立っていなかった。
『――キュ! ニキュラポペット! ピーペレペ、ポピーピポパポ!』
実際に響いたのはこんな感じだ。
それを、俺を殺した女、幼馴染にして白き風の森の魔女、ハウレシア・ディム・イリスティアが、満面の笑みで聞いている。
場所は彼女の家である、森のなかのログハウス。
よく解らない液体が煮立った巨大鍋やら、カラスのくちばしに似たマスクやら、膨大な量の書物やらが積み上げられたその家の中で、彼女は自らの手の上にいる俺へと、とろけた笑みを向けていた。
「はふん! やっぱり、あーちゃんかわいいよー! そのすがた、すっごくキュート!」
彼女はそんな風に言うが、なにがキュートだ。
俺はおまえのそっ首をキューっとしてやりたいわ!
「ニポポポポポ、ポペレペレペレレレレレ!!」
「ん! ん! みなまで言わなくていいよ、あーちゃん! 歓喜に震えているんだねぇ、わかるとも! そうだよね、そうなるよね。なんてったってあーちゃんは――」
真性の魔女たるあたしの、その使い魔になったんだから!
高らかにそう言って、誇らしげに胸を張るイリス。
そう、気が付いたら俺は――手乗りスライムになっていたのである!
【Tips】
手乗りスライム:
一般的なスライムと異なり、成熟しても人の手の平より小さい種族。
雑食性で金属を溶かすほど溶解能は高いが、その体格相応の食事しかとることはできない。
心身を自在に伸縮・変形させることが可能で、非常に弾力性に富み、通常種の7~9倍ほどの斬撃にたえる。
危険度C⁻
そんな手乗りスライムが俺である。
いや、俺じゃないけど、いまの俺は手乗りスライムである。
……うわぁ、混乱する。
いっておくが、俺はもともと人間だ。だけど気が付いたらこんなことになっている。
かなり記憶があやふやだが、どうせこのイリスのいたずらに違いない。
幼馴染のこの魔女は、そのずば抜けた魔法の技量をいつもろくでもない俺へのいたずらに使ってきた。
……なんかいろいろ恥ずかしい目にもあわされた。
スライム化した影響なのか、記憶があやふやなのでどうと具体的にはいえないのが口惜しいが、今回もそんないたずらに違いないのだ。
なので、俺は糾弾の声を上げようとするのだが……
『ピルル、ピピルピ、ピピルピー!』
「うん、うん。そうだね、使い魔になったからには仕事だよね。働かざるもの食うべからずだよね。あーちゃんには、まずはこの部屋の掃除をしてもらおうかなぁ。え? やり方がわからない? やだなぁーもう! あーちゃんは、地面をはいずりまわってればいいんだよ……?」
通じない&聞いてすらくれない!
そうしてなんだか恍惚としたポーズで笑みを浮かべた彼女は、「えい!」っと掛け声をかけるなり、俺は床へと放り投げたのだ。
ベゃちゃり。
たぷるんたぷるん。
ゼラチン質特有の、恐るべき弾力を発揮する俺。
どうやら人の身長ぐらいの高さから落ちたぐらいじゃ死にはしないらしいと胸をなでおろしたのもつかの間、俺はその事実に気が付いてしまう。
なんと、この家の床は……もうなんか、嫌気がさすぐらい分厚いホコリが堆積しているのだった!
よく見れば、あちこちに蜘蛛が巣を張っていたりもする!
「なんてことだ……」
俺は熱に浮かされたような声を上げる。
これは。
――掃除好きの俺には放っておけない!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
雄たけびを上げながら、言われた通り、猛然とその辺りを転がりまわる俺。
確かに床はどんどんきれいになっていくし、じょじょにお腹が充ちていく。
そんな俺と家の様子をイリスは楽しげにしばらく見つめ、
『――プギュ?』
一瞬だけ奇妙に表情を歪めたあと、また楽しそうな顔に戻り、こう告げてきた。
「よーし、じゃーあ! あたし、用事があるから! あーちゃん、あとお願いねっ!」
シュタッと手を掲げ、そのまますたこらさっさと部屋の外へ駆け出していくイリス。
声をかけると振り返り、茶目っ気たっぷりにウインクをされた。
逃げやがった……。
そう悟ったものの、きれい好きの性として、俺は部屋の掃除をやめることができなかったのである。
そんなこんなで、使い魔としての初日は過ぎていくのだった。
トホホ……。
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