幼馴染の魔女に殺されたけど、いまは使い魔ライフをエンジョイしています。

雪車町地蔵

ぷろろーぐ

その心臓に飾るまで

「あーちゃん」


 いまにも泣き出しそうな声で、彼女は俺の名を呼んだ。

 天を衝くような輝く大樹が、美しく幾つもそびえる白い森のなかで。

 一身に、その森が生み出す清らかな風を浴びながら、しかし俺の脳裏は、赤熱に染まっていた。

 頬は焼けるように痛く、熱い。

 苦しみ、痛み、怒り、憎悪……もはやよく解らない激情の渦が、怨嗟の奔流が、なにもかもを滅茶苦茶に引っかきまわし、俺の記憶を曖昧にしていた。

 思考はどこまでも拡散し、たったひとつすら理解できない。

 ただただ、そこには憎しみにも似た感情が、悪寒が、たえず背筋を震わせているだけなのだった。

 そんな俺を、琥珀色の瞳が見つめている。

 眼前の彼女。

 古風な魔女の格好をした――そして事実、真性の魔女たる彼女は。

 俺の幼馴染ハウレシア・ディム・イリスティアは、肌と肌が触れ合うほど近くまで俺に身を寄せて、俺の名を、切なげに呼んだ。

 俯いてしまう彼女の流れ落ちる銀髪が、その表情を隠してしまう。

 それがどうしてか、俺に苛立たしかった。


「ブルンスマイヤー・アーダルベルト……たったひとりの幼馴染。あたしの、大切な――大切なあなたを」


 呼気が乱れる。

 いや、ずっと乱れていた。

 ああ、息苦しい。熱いし、寒い。

 野犬のように俺の息は荒く、脳髄は熱病に浮かされたように灼熱し。

 だからこそ、それは心地好く俺の耳朶を打った。

 彼女の、吐息――その冷たい言葉が。


「あなたを、殺害します」


 冷気。

 左胸に滑り込む、鋭い寒さ。

 同時に、それまで早鐘のように打っていた鼓動が、まるで熱を奪われるように消えていく。

 視線を呆然と落とす。

 俺の胸に、心臓に、白い柄のナイフが生えていて――


「あなたは答えを得るまで、いつまでも絶叫し、問い続けるでしょう。いま一度その胸に、真実の銀剣ナイフが飾られるまで」


 それが、俺の肉体が聞いた最期の言葉だった。


 謎めいた言葉とともに、意識は、急速に闇の中へと落ちていく――

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