第7話

 次の日は講義を休み、夕方からカオルのお通夜に行った。


 重い足取りのまま斎場に入ると、はちきれんばかりの笑顔の遺影が、私を出迎えた。

 可愛いカオル。でも今は、それが悲しみをいっそう倍加させる。


 涙と嗚咽をハンカチでおさえながら、なんとか焼香を済ませ、参列者用の席につく。顔をあげると、焼香をする人に丁寧におじぎをする、カオルの家族が見えた。


 泣きはらした目のお母さんの横に、中学生くらいの男の子が、制服とおぼしきブレザーを着て座っていた。まだ線の細い横顔が、なんだか痛々しい。


 カオル、弟がいたのか、と思って見ていると、彼の耳になにかついているのに気づき、ハッとした。


(あれは、補聴器?)


 手話通訳士を目指すカオルから、聴覚障害を持つ弟の話は、一度として聞いた覚えがなかった。それはたぶん、たまたま話さなかったのではなく、意図的なのだろう。

 そういえば以前、兄弟の話になったときに、カオルが話題を逸らしたことがあった。


 何事にも動じない私のことを好き、と言っていたカオル。弟の障害のことを誰にも話せずに、心を痛めて、揺れていたのだろうか。

 そんなカオルがいじらしくて、抱きしめたくなる。でも、それはもう叶わないのだ。


 決めた。

 カオル、私が代わりに目指すよ!


 決意を込めて見つめていると、私の視線を感じたのだろうか、カオルの弟が、ふいにこちらを向き、目があった。

(見ていて。あなたのお姉さんの夢は、私がきっと叶えるから)

彼の目を見て、強く頷く。彼は一瞬不思議そうな顔をしながらも、つられて小さく頷いた。




 お通夜から帰ってすぐに、手話通訳士を本気で目指す決意を、人面瘡に話した。


「ウン。よく決めたネ。オイラもアンタを応援するゼ。カオルだって、きっと応援してるヨ」

「カオルが?」

「そうだヨ。彼女はまだその辺にさまよって、アンタや家族を見守っているはずだヨ。『輪廻』にはまだ間があるからネ」

前に、人面瘡が話してくれたことを思い出した。


「そっか」

ほんのりと、胸があたたかくなる。

 人間の魂は、肉体が死んでも『無』にはならない。カオルは死んでも、魂は死んでいないのだ。


「ねえ、いつか私が死んだら、またカオルに会えるのかな」

「会えるサ、きっと。そのとき胸張って再会できるように、残された者は、『死』が訪れるまでがんばって生きなくっちゃネ」


 カオル、また会いたいよ。でもそれまでに、ひと仕事がんばらないとね。


「ありがとう、人面瘡。なんか、ふたりの応援で勇気百倍だよ」

「そうでショ、そうでショ」

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