第5話

「カオルのイキイキとした顔を見てるとさ、私っていったいなにやってんだろう、って思っちゃうんだよね」

「オッ、なに、その話。コリャまたなんだかおいしそうだねエ」


ごちそうに声を弾ませる人面瘡に、半ばヤケクソになってグチる。

「もう、今夜もたっぷりごちそうしちゃうよっ。手話の試験も流れで受けることになっちゃうしさ。どうせ私にはなんのとり得もないんだから」


「とり得ねエ……。でもサ、こんなネガティブな塊の人面瘡と、普通に会話できちゃうアンタって、結構大物の素質、あるんじゃないノ」

「なにそれー。そんなもんかね」

「そんなもんだヨ~。キモーい! とか言われてサ、即刻手術で取り除かれちゃう仲間もいっぱいいるんだゼ。もうちょっと自分の良さに気づいてもいいんじゃないのかネー、って、オット! こんなこと言ったら、オイラのごちそうが減っちゃうワ~」

珍しくちょっと褒めてくれたと思ったら、まったく。本当にふざけた人面瘡だ。


 ハハ、と笑い流そうとして、ふと、私も病院に行って切除してもらおうかと考えていたことを思い出し、胸がチクンと痛んだ。

「ねえ、もし手術で取り除かれたら、人面瘡はどうなるの? ほかの人に移るの? それとも……、死んじゃうの?」

「『無』になるネ」

「『無』? 『死』ではなく?」

「そう、『無』」


『無』という概念が、いまいちよくわからなかった。『死』とはどう違うのだろうか。『死』の次に『無』がくるのだろうか。

「じゃあ、人間も死んだら『無』になるのかな」

「う~ン」

人面瘡は言葉を探しているようだった。


「うまく言えないんだけどネ、人間とか動物は自分のためだけの肉体に魂が宿っていて、その肉体が死んでも、魂は『無』にならずに残るんだよネ。オイラたち人面瘡は、肉体の持ち主である魂の後ろ向きな気持ちが種となって芽生えるワケ。つまり、あくまでも誰かの感情の一部であって、自分の魂は持ってないのヨ。だから肉体から切り離されたりとか、その肉体が滅んだりしたら、その瞬間『死』が訪れることなく『無』になっちゃうんだよネ」

「消えちゃうってこと?」

「まあそんな感じだネ。でも人間の『死』は違うヨ。魂は死んでも消えないで、しばらくさまよったり、あっちの世界に行ったりしたあと、また新しい肉体に入って生まれてくるらしいゼ。『輪廻』ってヤツだネ」


 『輪廻』。どこかで聞いたことがある。死んでもまた次の人生が始まるということか。

 人面瘡の話にはなかなか理解が追いつかないが、人間は死んでも『無』にならないということに、なんとなくホッとするものがあった。


 でも人面瘡は『無』になってしまうらしい。つまり一度消えたら『輪廻』することなく、本当にいなくなってしまうのだ。


「ねえ、『無』になるって、怖い?」

「そうねエ、怖いっちゃ怖いケド、所詮はネガティブの塊なんだし、早いか遅いかはあっても、いつかは消える運命にあるって、わかってるからサ。でもまあ、どうせ『無』になるなら切り取られるとかじゃなく、宿主のネガティブ思考がだんだんと薄れていって、安心しながらジワジワと消えたいよネ」


 人面瘡のあきらめにも似た達観した言葉が、かえって私の心を締めつけた。最初から消える運命だなんて、悲しすぎる。

 たとえこれからどんなに人面瘡が大きくなって長袖の服が着られなくなったとしても、切除だけはしないでおこう。


「人面瘡、私は切り取ったりしないから、長生きしてよね」

「サンキュー。嬉しいことを言ってくれるねエ。ってアンタ、長生きしちゃったら、アンタがマズいと思うけどサ」


大丈夫。今のネガティブな私でも、充分生きていけているのだし。


「でもさ、人面瘡はなんでそんなに『死』とか『無』とかのことをよく知ってるの? ついこの前、腕にできたばっかりなのに。」

「なんでって言われてもなア。まア、人面瘡って妖怪に近いところあるし、ビビビッとわかっちゃってるカンジだよネ」

「なるほど、確かに妖怪っぽいかも。小さいころ本で読んだよ、人面瘡の怪談話」

「えっ、そうナノ? そんな本読んどいて、アンタよくオイラを怖がらずに話しかけたよネ」


 そう言われてみると、どうして怖がらなかったのだろう。奇妙とは思ったが、怖いとは思わなかった。


「なんていうか、実際に人面瘡を見てみると、ちょっと可愛いなって思ったんだよね」

「はア? 人面瘡が可愛イ!? アンタ、やっぱ大物だワ。ネガティブ思考の大人物。珍しいタイプだよネ~」


 褒めているのか貶しているのかよくわからない言い方だったが、まあこうして気の置けないおしゃべりを楽しめていることだし、人面瘡を怖がらずに話しかけたことについては、自分を褒めてやりたい気分だ。

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