第35話 約束

「一哉」



柔らかな声が耳に響く。


ずっと待ってた。


何よりも愛おしい、誰よりも聞きたかった声……。



ゆっくりと目を開け、立ち上がった瞬間。


夜の11時を告げる鐘の音が、時の広場に鳴り響いた。


純白の粉雪が、はらはらと視界に舞う。



眩しいくらいのイルミネーションに照らし出された白いコートと。


光を吸い込んだ波打つ長い髪。


大きな瞳は、真っすぐ俺を映し出して。


一年前と変わらない優しい微笑みで、俺を包みこむ。



「瑠実……!!」


俺は彼女に駆け寄り、その細い体を思いきり抱きしめた。


瑠実の腕が、俺の背中を抱きしめ返す。


一年間離れていた分だけ、腕や胸に伝わってくる温もりが、待ち続けた体を一気に温めてゆく。


「ごめんね、遅くなっちゃって。仕事がトラブル続きで……なかなか抜け出せなくなっちゃったの」


久しぶりに聞く瑠実の声に、涙が溢れた。



「俺こそ待たせて、ごめん……」


「えっ?待たせちゃったのは、私の方だよ?」


胸の中で、瑠実が不思議そうに言う。



そうだよな。


今の君には、意味の分からない言葉だよな。


だけど、俺は、こことは違う過去で。


君を長く待たせ過ぎて。


一度、君を失ったんだよ……。



今の君にとっては、一週間振りでも。


俺にとっては、一年振りなんだ。


こうして、君に会えることが。



「今日の一哉……いつもと違うね」


抱きしめたままの瑠実が呟く。


「俺変わったんだ。この一年で」


「一年で……?」


ずっと抱きしめていたいけど、俺は瑠実の肩に手をおくと、そっと彼女の体を離した。



お互いに見つめ合う。


不意に、瑠実の瞳から涙が流れた。


「瑠実?」


驚いて、彼女の頬に手を当てる。


「ごめん……」


瑠実は小さく微笑んだ。



「私ね、夢見たんだ」


「夢?」


「ここのとこ、仕事が忙しくてね。職場でちょっとだけ、うたた寝しちゃったみたい」


指先で目尻の涙を拭いながら、瑠実が続ける。



「その夢は、二度と一哉に会えない夢なの。すごく悲しかったよ……。夢なのに、リアルでね……」


オレは、目を見開いた。


「本当に夢で良かった」


拭ったはずの涙が、また瑠実の瞳を縁取る。


そんな彼女に、俺もまた泣きそうになった。



「瑠実」


「なあに、一哉?」


俺は、瑠実の肩から両手を離すと、右手に持っているワインレッドの小さな袋を見せた。



「これは……?」


瑠実の淡い茶色の瞳が、小さなプレゼントを映す。


俺は、袋から純白の小箱を取り出すと、彼女の手に渡した。


「開けてみて」


俺の言葉に、瑠実がゆっくりと小箱を開け、その中から純白のケースを取り出す。


彼女の瞳が見開いた。



「瑠実……君を守りたい。これから、ずっと」



もう二度と、失いたくない。



瑠実の手からケースをそっと取ると、その中央で、イルミネーションを反射して煌めくダイヤの指輪を抜き取った。


そして、ゆっくりと彼女の細い指に通す。



「この広場の近くに、教会があるよな?そこで、一年後のクリスマス・イヴに……」


瑠実の淡い茶色の瞳を見つめたまま言った。



「結婚しよう」



時の広場に溢れる、色とりどりの光が映って、まるで宝石のように綺麗な瑠実の瞳。


彼女は、その煌めく宝石に涙の雫をたたえながら、ゆっくりと頷く。

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