第33話 君の代わりに

その車は、女の子が見えていないのか、減速する気配もなく、徐々に近づいてくる。


それに気づいた母親が青ざめた顔で、女の子に呼び掛けた。


「真紀ちゃん!」


その声に、女の子が振り向く。


そして、幼い瞳に走ってくる乗用車が映った。


「あ……あ……」


驚きで、そこから一歩も動けない女の子。


「真紀ちゃん!!」


母親の、悲痛な悲鳴が夜道に響き渡る。車は容赦なく女の子へ向かって走ってきた。


俺の脳裏に、佐々木さんの言葉が蘇る。


『その時、ケーキ店から、お母さんと出てきた小さな女の子がいてね。お母さんの手を離れて、道路に飛び出したらしいの。そこへ、一台の乗用車が走って来て……。その光景を見た瑠実は、とっさに女の子に走り寄って、女の子を勢いよく突き飛ばしたそうよ。突き飛ばされた女の子は、擦り傷だけで助かったのだけど……。瑠実は……』


……これは、もしかして。


瑠実が辿るはずだった過去?


それが今、俺の目の前で起こっているのか?


そう気づいた時には、もう女の子のすぐ側まで車が迫っていた。


俺は、女の子の方へと駆け出す。


(もし、ここで俺がこの子を助ければ)


瑠実が死んでしまった過去を塗り替えられるんじゃないか……?


恐怖で立ち尽くしたままの女の子の側に駆け寄り、肩に手を伸ばす。


そして、全力で小さな肩を突き飛ばした。


間近で闇を照らすヘッドライトに目を細める。眩しさに目を腕で覆った。気づいたらしい運転手が、急いで急ブレーキをかける。


ブレーキの切り裂くような音が、夜の闇に響き渡った。


瑠実。


最期に君に会えないのは、心残りだけど。


君が生きられるなら、それでいい。


幸せに、生きて。


俺の知らない未来で……。


一瞬だけ、春の陽射しのような瑠実の笑顔が、記憶に蘇る。


次に訪れるだろう衝撃に、俺はそっと両目を閉じた。


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