第19話 思わぬ涙

これは……何切りだ?形も大きさも、バラバラの色とりどりの野菜たち。


あ、これ、あれに似てる。


昔、牧場で山羊にあげるために買ってもらった野菜の切りクズに。


「山羊……」


「ん?何か言った?」


「何でもない」


と答える僕の顔は、少し青ざめていただろう。


「さあ、鍋だ!鍋だ!」


祭だ、祭だ、みたいな景気の良い琴子の声と共に、山羊の野菜たちが、ドバ―ッといっせいに鍋へと放牧された。


「琴子、少しずつ……!」


僕の叫びもむなしく、放たれた野菜たちは鍋の許容範囲を越え、山盛りになり、はみ出している。


「さ、どうぞ召し上がれ」


はちきれんばかりの笑顔を浮かべ、琴子は鍋をすすめてきた。


もう、何料理でも構わない。


どんと、来い……。



そして、約一時間後。


鍋らしきものを二人で平らげた後、琴子は


「あ~食った、食った!」


とご満悦の様子で、カ―ペットの上に、ゴロンと大の字に寝転がる。


もし、これが可愛い女の子だったのなら、僕は男として、当然、落ち着かないだろう。


でも、琴子なら、大丈夫。こんな光景、今まで何度も見てるから、母親が隣で寝てるのと同じくらい、何も感じない。


それからまた、一時間くらい経っただろうか。


一人で雑誌を見ていたが、喉が渇いたので、僕は立ち上がり、冷蔵庫へと向かった。


その時だった。



「行かないで……」


不意に琴子の声がした。


起こしたかと思って、振り返ると、彼女は相変わらず、眠っている。なんだ夢見てるのか、と思ったが、琴子の顔を見て、ギョッとした。


閉じた瞳から、細い涙が零れている。


それは。朝露のように。真珠のように。


彼女の頬を伝っていた。


そして……。


「彰。一人にしないで」


その、いつもより甘ったるい彼女の声は、僕をこの部屋に引き留める柔らかい蔦のように、絡まってくる。


その瞬間、僕は今まで思ってもみなかった感情を彼女に抱いてしまった。


琴子が。


たまらなく愛おしい。


まるでそれは、今までわざと気付かない振りをして、胸の奥に押し込めた秘密のように。とめどなく、心の中で、逆流して。


なおも、涙を零し続ける琴子の方へ、僕は吸い寄せられるように近づいていった。


そして、膝をついて、琴子の寝顔を見つめる。

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