紅茶姫

第16話 紅茶姫

「これが、お茶会?」


里菜は、呆れたように呟いた。


「い、一応そうだけど」


彼女の表情に、気圧されながらも答える。


「お茶会って、もっと大勢でするもんじゃない?」


そう言って、里菜は眉をひそめた。



今日は、友人の経営する小さなカフェを貸し切りにさせてもらった。いつもは休日のオ-プンカフェに、里菜と僕の二人きり。


「『お茶会を開きますので、ぜひ、足をお運びください』な-んて、バカ丁寧な招待状を頂いたから来てみれば、いるのは春樹だけじゃない」


紅茶姫のキツイ一撃。


さすが僕の恋人!って、これ、褒めてるのかね?


紅茶姫こと、笹本 里菜は、僕の恋人。なんで紅茶姫かっていうと、彼女が紅茶コーディネーターだから。


コーディネーターの彼女は、パーティーなどに呼ばれると、その場に合った紅茶や茶器、お茶菓子などをセッティングし、お茶を振るまうのがお仕事。「美味しい紅茶の入れ方教室」というのも開いていて、生徒数は二百人を越える、人気の紅茶コーディネーターだ。



オープンカフェのテーブルに用意したのは、彼女の好きなアールグレイ。定番だけど、香りが好きなんだよね、と以前言っていたから。


「あの、とりあえず席に……」


僕は、怪訝そうに立ったままの里菜の横の椅子を引き、彼女を座らせた。


「春樹、またウェイタ-のバイトでも始めたの?」


紅茶姫、二度目の攻撃。


「いや、今はおかげ様で、副業はやってません……」


溜め息混じりに答える僕。


僕は、フリーのイラストレーター。数ヶ月前まで、ウェイターのバイトもしていた。イラストレーターの収入だけじゃ、キツかったからだ。


里菜と知り合ったのは、雑誌の紅茶特集の記事の仕事の時。僕は、里菜のインタビューのページに添えるイラストを任されたのだった。打ち合わせで、出版社に行った時、彼女と初めて会った。第一印象は「キツそう」の一言に尽きる。


縁なし眼鏡に、黒髪のストレート。


眉は太めで、目は切れ長。


紅茶コーディネイターってのは、もっとこう柔らかい雰囲気の人だと思っていた。


「こちらは……」と言って、雑誌の記事編集の担当者が、僕達をお互いに紹介した。


「どうも」


と素っ気なく僕が挨拶すると。


「あなた、『ミューズ』の七月号のパスタ特集で、イラスト描いてた人よね?」


不意の言葉に面食らう僕。


その頃には、もう紅茶コーディネーターとして名前が知られるようになっていた彼女。紅茶なんて興味のない僕でさえ、知ってるぐらいに。そんな彼女が、まだ、たいして売れてもない僕のイラストを気に留めていた事に、驚いたのだ。


思ってもみなかった褒め言葉に、戸惑う僕。

そんな、お礼の言葉すら出ない不器用な僕に、彼女は言った。



「私、あなたの絵が好き」


そして、里菜は微笑んだ。太めの眉が優しく下がり、切れ長の目が、三日月になる。


無邪気なその微笑みに。


僕は簡単に、恋に落ちた。

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