第15話 愛しさは、いつの日か

元々、彼女の両肩に手を置いていただけに、さらに至近距離になる。


「いや、その……それはまずいよ!」


僕が、彼女の肩から手を離そうとすると、さりげなく菫の手が、僕の手首を捕獲した。


「菫ちゃん……っ」


キスって、こんな強制的なものだったのか?


女の子に告白されること。


女の子を泣かせること。


女の子にキスを迫られること。


菫には、いろんな初めてを捧げたなぁ……などと感傷に浸っている場合じゃない!キスだけは、まずいだろ!?さすがに……!!


「は、話し合おう……菫ちゃん!」


必死に呼びかけるも、キスしか選択肢のないような瞼を閉じた顔が、少しずつ距離を詰めてくる。しかも、困ったことに、瞳を閉じた菫の顔は、かなり綺麗だ。


……いやいや、そうじゃないだろう!?


完全に頭が混乱した僕には構わず、菫の顔が近づいて来る。


そして、お互いの吐息が触れ合うほど近づいた、その時……



「何やってんだ、菫!!」


野太い声が、座敷を揺らすように響き渡った。


その声に、菫の閉じられていた瞼が、ぱちりと開く。それから、「やばい!」と小さな唇が呟いたかと思うと、菫は脱兎のように走り去り、庭で遊ぶ子供達の輪の中に入っていった。


声で誰だか分かっていたけれど、叫んだ人物の方を振り返ると、やはり、菫の父親だった。


この人は、僕の父親達、六人兄弟の末っ子に当たる。父は長男だから、この叔父とは、一番年が離れている。


つまり、僕と菫は、従兄妹同士。


「俊ちゃん」


叔父は、僕の方へと近づいてきた。


「ふぅ……叔父さん、助かりましたよ」


心から安堵の声を零す僕に、叔父は真顔で言ってきた。



「菫は、見た目やら言うことやらが大人っぽいけど。まだ11歳だ。あんまり、大人の悪さ、教えないでくれな……?」


そう言って、僕の両肩をぽんと叩いた。


大人の悪さって。何かまるで、僕が危ない大人みたいな……。ちょっとツッコミたかったけど、まあ親からしたら、娘のこと心配だろうしな、と僕は諦めのため息をついた。



そう。菫はまだ11歳。


付き合うわけにはいかない……。


でも幼い気持ちを傷つけたくなくて、傷つかないような断り方をあれこれ考えてきたんだけど。子供ながらの真っすぐさで、僕への想いは変わらず。断れば断るほど、気持ちを募らせてしまっていたようで……。


最初、告白された時も、かなり驚いたけど。

今日のは、本当に不意打ちで焦ったな……。


でも、子供ながらに、毎年大人っぽくなってゆく菫に、戸惑いを覚える。


ふと、庭で、他の子供達と遊ぶ菫を見た。


ああしてると、無邪気な子供そのものなのに。さっきの泣き顔や、瞳を閉じた顔は、大人の女性顔負けだったよな。


最近、10年後の菫が、どんな女性になっているのかと、想像してしまう僕は。


本当は、心の奥で、菫のことを意識し始めてるのかもしれない……。

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