第12話 菫の圧力

「ビール?日本酒?」


挨拶もなく、菫が素っ気ない口調で聞いてくる。


「……ビール。ほんのちょっとでいい」


ボソッと小さな声で、僕が答えると、菫はテーブルの上のグラスをつかみ、ビール瓶を傾けた。


「…………」


「…………」


二人とも正面を向いたまま、沈黙が続く。何となく気まずくて、僕がビールを飲もうとグラスを傾けた時、


「……っ!!」


太ももに鋭い痛みが走った。


みんなに見えないテーブルの下で、菫の細い指が、僕の太ももを思い切りつねっている。グラスを持った手をぷるぷる震わせながら、痛みに堪える僕を菫がちらりと横目で見た。


「遅かったじゃない、来るの」


膝への攻撃を緩めず、菫がやや低い声で言う。


「し、仕事で……」


「嘘」


直ぐさま否定すると同時に、菫の指が一層強く、僕の膝をつねった。


「う……っ!」


「私のこと避けてんでしょ?」


うん、正確。とは言えず。


「違……っ。し、仕事っ、仕事だから……っ」


小さな声を振り絞って、僕が言うと、菫の指がやっと、僕の膝を解放する。


「ふん。まあいいわ」


そう言うと、菫は、湯呑みのお茶を一口飲んだ。僕も下戸だけど、菫も酒を飲めない。



菫に最初に告白されたのは、四年前の新年会。


「話あるから、ちょっと席外そう」


と言われ、二人で庭に。


「何、話って?」


僕が聞くと、躊躇いもなく、菫ははっきりと言った。


「俊のこと好き。付き合って?」


真っすぐな瞳で言われ、面食らう僕。前から、すごく綺麗な子だなと思ってたけど、まさか告白されるとは、夢にも思わなかった。


しかも、女の子から告白されるのは初めてで、正直戸惑う僕。


「嫌いなの、私のこと?」


僕の戸惑いを誤解した菫。


「あ、いや……嫌いとかでは……」


「じゃあ、何?他に好きな女か、彼女でもいんの?」


菫は、僕とは正反対に、戸惑いのかけらも見せず、強い口調で、質問をぶつけてくる。


「えっと……いない、けど……」


「何か、歯切れ悪いわね!付き合うの?付き合わないの?」


ずいと、菫が前のめりに、僕に詰め寄る。その迫力に、思わず後ずさる僕。


「き、気持ちは……嬉しいけどっ。付き合うっていうのは……ちょっと……」


おどおどしながら、僕が精一杯言うと、少しして、菫が僕から離れた。


「ふん」


やや怒ったように、鼻を鳴らしてから、菫は一言。


「俊ってさ、草食系だよね!」


そう言い放つと、長い黒髪を翻らせて、一人座敷の方へと戻って行った。


庭にぽつんと残された僕を慰めるように、犬が寄ってきて、クーンと一声鳴いたのを覚えている。

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