第3話 失っていくもの

翌日の土曜日。やっと彼から連絡があった。


「拓巳……今日か明日、会えない?」


私の言葉に、彼が言いにくそうに返した。


「悪い。会社の連中と遊びに行くことになってて……ちょっと無理だ」


「そ、そうなんだ……」


寂しさが、心に一層広がる。


「来週、ちゃんと時間空けとくから」


「うん……」


「じゃあ、今もう家出るとこだから。ごめんな」


そう言うと、拓巳から電話が切れた。まだ起きる気になれなくて、もう一度布団にくるまる。


(大丈夫……。あんなメールは、ただのイタズラ)


自分に言い聞かせるように、心の中で呟いた。


きっと、新しい新体制のことを説明されるだけよ。仕事を辞めるとか、そんな話じゃない。そんなことには、ぜったいならない……。


そして、月曜日を迎えた。


コンコンコン。


会議室のドアをノックすると、中から部長の「どうぞ」という声がする。入社面接の時と同じくらいの緊張感に、体が強ばった。


「失礼します」


そう言って、中に入る。


「座って」


言われるままに、席に座った。


「突然のことで、みんなを驚かせてしまって、すまない」


部長に言われ、私は首を横に振る。


「いえ……」


「想像がつくと思うけれど、新たに会社の体制を変えなければいけなくなってね」


「は、はい……」


「どうしても、人員を削らなければならなくなった」


鼓動が激しくなる。


「今まで、川原君は無断欠勤や遅刻もなく、本当に真面目に働いてくれたのだけれど……」


続く言葉に、膝の上に乗せていた両手をぎゅっと握りしめた……。



「……奈、雪奈」


突然聞こえてきた拓巳の声に、はっと我に返る。


「あ……ごめん」


昼休み、拓巳から電話があって、今夜会おうということになり、今二人でイタリアンレストランにいる。


「何かあった?」


拓巳が私の目を見つめた。


「……あ、あのね、実は」


私が今日の会社でのことを話すと、彼は驚いて声を上げる。


「それって、リストラってことか?」


「……う、うん」


私はうつ向きがちに、小さく答えた。彼は複雑な表情でため息をついた後、グラスに入った赤ワインを飲む。


「……どうするの、これから?」


彼に心配を掛けたくなくて、私は言った。


「最初はすごいビックリして、どうしようって思ったんだけど……。生活もあるし、次の仕事すぐ始めようって思ってる」


「すぐ次の仕事って言ったって。この不況で、そんなすぐ見つからないぞ?」


怪訝な顔をする拓巳に、私は慌てて言った。


「大丈夫!私、ほとんど有給使ってないから……残りの勤務日数は、有給消化になると思うの。だから、その間に、次の仕事探すつもりなんだ」


一生懸命言った私に反して、拓巳の表情は固いまま。


「急に、こんな話してごめんね。でも、大丈夫!何とかなるから……」


「……ああ」


彼は曖昧に頷いた後、黙って食事をした。私は、あまり飲めないワインのグラスをぐいっと傾ける。


心の中に広がっていく不安を飲み込むように……。

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