エピローグ

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「はい。これでもう大丈夫ですよ」

「おおっ、軽くなった軽くなった」

 ぐるぐる肩を回しながら、俺は立ち上がった。

 姫様に回復魔法と治療魔法をかけてもらい、すっかり回復した。黒竜王も回復し、近くにいる。

 俺が目を覚ましたときは既に学校に戻ってきていて、閉会式の最中だった。

 太陽が赤く傾き始めている。生徒たちもまばらになってきた校庭に、俺たちはいる。

「なあジジイ」

「なんじゃバカマゴ」

 このぞんざいな挨拶はもはや定型句と化しているので反論はせず、俺は率直に質問した。

「この学校に実力者を集めたり、俺の『英雄』を覚醒させたり、この上さらなる精進を強制しようとしたり。一体何を企んでいるんだ?」

 やはりこれは宇宙人が攻めてくるとかいった危機が迫っているのだろうか。それに対抗するために戦士を育てていたとか?

 ぶつぶつと続けてると、ジジイは鼻白んで肩をすくめた。

「なにをくだらんことを。世界が危機に陥らずとも、男たる者常日頃から精進するのが当然じゃろうが。『英雄』の資質があればなおさらじゃ!」

「はいはい。あんたはそういう人でしたっけね」

 きっぱりはっきり言いきるジジイに、俺は脱力しながらつぶやくのだった。

「予の完敗だな」

 セリフの割に、すっきりした表情でグロウゾードは言った。

「久しぶりに楽しませてもらった。礼を言うぞ、英雄ランドー」

「ああ」

 握手する俺たち。黒竜王の手はでかかった。

「それじゃあお父さん、帰りましょう」

「えーネオちゃん帰っちまうのか?」

 残念そうにぼやくと、ネオは笑顔を返してきた。

「頃合いを見てまた来ますよ。私は、ランドーさまのものですからね」

 肌の色が人とは違うけど、ネオの笑顔は極上だ。思わず俺も笑みをこぼしてしまう。

 ぎううううっ! 背中をつねる少女が一人。姫様だ。

「あだだだだ! って、はうっ!」

 ずんっ! 続けざまに真紀につま先を踏んづけられた。

「この女ったらし女ったらし女ったらし!」

「真紀さん痛いですう! 勘弁して欲しいですう!」

 真紀のゲンコツグリグリに、謎の口調で悲鳴を上げる俺様であった。

「帰る? なんのことだ?」

 とぼけ顔で、グロウゾードは娘を見やる。

「だってお父さん、勝負に負けたんだから、真紀さんやティアラさんに固執する理由はもう無いでしょう?」

「ふっ。その二人を諦めるとは言ったが、全てのおなごを諦めるとまでは言っておらん! とりあえずはこの学園のおなごどもから手込めにしてくれるわ!」

 黒竜王は、胸をふんぞり返して言った。まだ話をややこしくする気かこいつは。

「へえ。お父さん、そういうこと言うんだ?」

 ネオは不敵な笑みを見せた。そして、びしいっ、と父親を指さし、

「いいかげんにしないと、お母さんに言いつけちゃうわよ!」

 ずざざざあっ! と黒竜王が後ずさった。

「今度は『狭間』に閉じこめられるだけじゃ済まないわよ?」

「うう」

「『無の海』に放り出されちゃうかもね?」

「ううう」

「そしたらもう二度と『こちら側』には戻って来れなくなるわよ?」

「すみませんごめんなさいそれだけは勘弁してください」

 ぺこぺこ謝る黒竜王。

 黒竜王の奥さんは、物理的な強さは普通の竜族女性なのだが、やたらめっぽう気が強いらしい。

 その上美人でカリスマが高く、その気になれば竜族を統率することもできるという。黒竜王も、彼女にだけは頭が上がらないのだ。

 彼が『狭間』に封印されたのも、女好きがすぎ、妻を怒らせたのが原因だとか。

 世界中を混乱に陥れた世界大融合が、夫婦喧嘩が原因だったとは誰が予想したことでしょうか!

「どこの世界でも、男は女に弱いようで」

 ぼそりとした俺のセリフに、ジジイが涙を流しながらうなづいた。

 ……身に覚えがあるのか?

「やむを得ん。この場は引くとしよう。英雄ランドー、また逢おうぞ」

「もう二度と来るな」

 笑顔で罵倒し合い、グロウゾードは去っていった。竜型に戻り、人型の娘を背に乗せて。


 その後、ジジイたちも去り、なんとなく俺・真紀・ティアラの三人が校庭に残っていた。

 夕暮れに、空がだいぶ赤みを増している。

 ……さて。

「真紀、姫様。ちょっといいかな?」

 俺の誘いに、二人は表情を引き締めた。とまどいの色を必死に押さえ、俺についてくる。

 二人と約束した、俺の結論を話さなければならない。

 校舎の裏で、俺は振り返った。

「姫様。英雄ケインは姫様の憧れの人だったんだよな。俺、英雄ケインを越えたかな?」

 ティアラ姫は、静かに首を振った。

「越えたとか越えないとか、もうどうでも良いことです。ランドー様はランドー様ですわ」

 姫様の笑顔に、俺も表情を和らげた。続けて真紀に目を向ける。

「俺たちって、長い間ただの幼なじみだと思ってたけど……いつ頃からかな。そう思わなくなったのは。いつも一緒が当たり前で、いなくなると妙に気になるんだ」

 なにやら二人が険悪な顔色になるが、構わず俺は黄昏の空を見上げ、続ける。

「優しくて綺麗なティアラ姫。世話好きな幼なじみの真紀。まったくもって甲乙つけがたし!

 そういうわけで! どっちも好きじゃあああぁぁぁ!」

「結局それかいっ!」

 飛びかかる俺様に、二人が鉄拳で応じたことは言うまでもあるまい。

「ランドー貴様あああぁぁぁ!」

 どひゅんっ! 前触れ無しのデュークの斬撃を、俺は辛うじてかわした。

 こっそり後をつけて覗き見してたのか。悪趣味な奴だ。

「おとなしく身を引こうと思った私が馬鹿だった。やはり貴様にだけはティアラ様は渡さん! ティアラ様が汚される前に叩き切ってくれるわ!」

「デューク、お前、目がマジだぞ」

「私は元から大まじめだ!」

 デュークの乱れ打ちを、俺は走りながらかわす。

 いつの間にかオヅマが真紀に話しかけていた。

「真紀姉ちゃん。オイラ、絶対格好良くなってみせるから。だから待っててよ!」

 真剣な顔のオヅマに、真紀は困り果てていた。

「こらオヅマ! 真紀にちょっかい出すんじゃねえ!」

「うるさい! お前のような女ったらしはさっさと死なす!」

 デュークに続いてオヅマまでもが俺様を追いかけてくる。あきらめの悪い野郎どもだ。

 三人の追いかけっこがなされる中、真紀とティアラは顔を見合わせて吹き出した。

「結局、今まで通りですね」

「ま、いいわ。またよろしくね、ライバルさん」

 苦笑しながら握手する二人。奇妙な関係に、苦笑せずにはいられないようだ。


 別に良いじゃないか。女好きで何が悪い。英雄色を好む、だ。

 夕暮れの街を走り回りながら、俺はそうぼやくのだった。

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ランドー英雄伝 舞沢栄 @sakaemysawa

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