ROUND5『あっちもこっちも大運動会』

   ROUND5『あっちもこっちも大運動会』


「久しぶりじゃのう、グロウゾード」

 ジジイが不敵に笑んでみせた。友人というよりは、ライバルに向けてという感じだ。

 黒竜王が、少し不遜な目を向ける。

「口調が少し変わったか?」

「ワシも歳をとったからの。この姿も一時的なものじゃ」

 『英雄』に変化できても、本当に若返るわけではない。さすがのジジイも不老長寿でははないということか。

「そういえば人間は短命だったな。竜族の三分の一くらいだったか?」

 感慨深げに黒竜王はうなずく。

 ということは、単純計算で行くと、現在の外見が四十歳くらいのグロウゾードは、六十年前は二十歳前後というわけか。

 当時、同年齢程度だった二人が、今は老人と壮年か。ややこしい話だ。

「まてよ……ってことは、ネオとかも、もしかして……?」

 竜族の少女、ネオはにっこりと俺の問いに答えた。

「はい。私、もうすぐ五十歳になります」

「あ、ああそうなの。やっぱり」

 五十かあ。いや、まあ良いんだけど。

 うら若き乙女が実は五十歳! うーむ。

「お主とは、何度か行動を共にしたこともあったのう。もっとも、お主の危険度に、決裂したことの方が多かったがの」

 竜族は別に人間の敵というわけではない。だが、黒竜王の行動はなにかと危険なものだったという。女好きな上にやたらと好戦的なもんだから、トラブルが絶えなかった。

 それで、英雄ケインと黒竜王グロウゾードは、何度となく拳を交わしあった。まさにライバル関係だ。

 それにしても、英雄と竜王がパーティーを組むなんて、いったいどんな冒険をしてたんだ、こいつら?

「予を力ずくで制止できる者など、後にも先にも貴様一人だけだがな」

「いや、それはわからんぞ?」

「……ふん」

 ジジイの微笑に、黒竜王は鼻を鳴らした。視線が一瞬俺の方を向いたのは、気のせいだろうか。

「しかし『狭間』に封印されるとは、よほどの悪さをしたようじゃな?」

「……貴様に問われる筋合いはない」露骨に顔をしかめ、黒竜王。

「まあええわい。それで、今度は何を企んでおる?」

 黒竜王はしばし沈黙し、なにやら苦々しい表情を見せた。

「はっきり言っていろいろ考えていたが、ネオにまで来られてしまっては、そうもいかんな」

 苦い声で言う黒竜王に、ネオはほっとした表情を見せた。説得するまでもなく、彼女の存在そのものが、彼の野望を阻止してしまったようだ。

 ……もしかして、黒竜王って、親ばか?

「だが、ひとつだけゆずれんことがある」

 ふと、グロウゾードは鋭い目を俺に向けてきた。

「樹之下蘭道……英雄ランドー、だったな」

 皮肉気味に、黒竜王は口の端をつり上げた。

「予は、貴様とヤりたい」

「お、お前、そういう趣味だったのか?」

「違う!」

 三十メートルほど後ずさる俺に、黒竜王は憤慨した。

「人の殻をかぶっていたとはいえ、予を倒す者など貴様が初めてだ。英雄ケインにすら受けたことのないこの屈辱、是が非にでもはらしたい」

 尊大ながらも真摯な目で、竜族最強の戦士は言った。

「予と戦え、英雄ランドー。どちらが強いか、はっきりさせようではないか」

「その話、乗った!」

 即答したのは、俺ではなくジジイだった。

「実は今度の日曜、体育祭があるのじゃ。特別イベントにそれを入れようではないか!」

「おいおい、体育祭は十月だろ?」

「ワシが校則じゃ!」

 威張りくさる校長。こういうわがまま老人が権力握って良いのだろうか?

「それに俺はその勝負、まだ受けるとは言ってないぜ?」

「貴様が勝ったら、ネオをやろう」

「オッケイ!」

「バカモノーーっ!」

 ごぎゃっ! 真紀のフライングニードロップが、俺様の側頭部に直撃した!

「あーんーたーねー、これ以上関係をややこしくするつもりなの?」

「ぎばっぷ! ぎぶあーっぷ!」

 腕ひしぎ逆十字を決められ、俺は地面を叩きまくった。姫様は呆れてそっぽ向いている。

「私は構いませんよ。ランドー様のこと、わりと好きですし」

 少し照れたように、ネオは言った。

「ほらほら」

「そういう問題じゃない!」

「ただし!」

 一悶着の俺たちは、黒竜王の一喝に動きを止めた。

「ただし、その勝負で予が勝ったなら、貴様の女をもらおう」

「…………………!」

 真剣な表情でにらみ合う、俺と黒竜王。

「で、どっちがお主の彼女なのじゃ?」

 後ろからジジイに鋭いツッコミを入れられた。

「僕だよ」

「ちゃうわい!」

 すちゃっ、と手を挙げる比叡に、俺はソッコーで否定した。

 真紀の刺すような視線。ティアラの懇願するような瞳。オヅマとデュークから放たれる殺気。

 どっちと答えても、直後の俺は地獄を見そうな気がする。

 目を閉じ、深く考え、そして俺は答えた。

「両方だ!」

『間男野郎!』

 ごがめりぐしゃ!

 四人一斉にぶん殴られてしまった。よく考えた末の答えだったのに。

「ほお? 予が勝ったら両方もらって良いのだな?」

「んなわけねーだろ!」

「とにかくランドー! あんたがどう考えてるかはともかく、あたしは景品扱いされるなんてまっぴらごめんよ!」

「ならば、私が受けます!」

 凛々しく、姫様が言った。真紀に向かい、不敵に笑んでみせる。

「ランドー様は絶対勝ちますもの。そうですよね、ランドー様?」

「あたしが言いたいのはそういうことじゃなくてねえ……!」

「これで、私がランドー様の正式な恋人ですよね?」

 ぐっ、と真紀が息をのんだ。そして、恨めしそうな目を俺に向ける。

「……わかったわよ。あたしもその景品になってやろうじゃない。そのかわり、ランドー! 負けは絶対に許さないわよ。それと、決断はちゃんとつけてもらいますからね!」

「はーはっはっは! これは良い! 予が勝てば二人いっぺんに手に入るのか!」哄笑の黒竜王。

 紆余曲折あったが、とりあえず話はまとまった。俺は胸を張って宣言した。

「そうはいくか、黒竜王グロウゾード。英雄ランドーの名にかけて、お前だけは絶対に倒す!」

 かくして、世紀の対決が取り決められたのだ。

「黒竜王、お前にひとつだけ言っておきたいことがある」

 と、シリアス顔で、りゅうりが前へ出た。

 う。嫌な予感。

「みんな、耳を押さえて伏せろ!」

 警告と同時に、俺は耳を伏せる。

「…………………!」

 ………終わったか? 耳から手を離し、俺は辺りを見回した。

 あ、全員茫然自失。転がりまわる比叡を除いて。

 ひとつわかったことがある。

 りゅうりのギャグは黒竜王をもしのぐということだ。ある意味最強。

 しかし、なにを言ったのかちょっぴり気になったりして。


         *


 時間的にはもう夕方だが、夏真っ盛りのこの時期はまだまだ明るい。傾き始めた太陽を横目に、俺は屋上から校庭を眺めていた。

 明日、体育祭が開催される。急な行事に、多くの生徒がこの時間になっても、用意にせわしなく動き回っている。

「決断はつけてもらいますからね……か」

 小さな俺のつぶやきは、遠くの喧噪に混じって消えた。

 新藤真紀。気が強くて世話好きな、俺の幼なじみ。

 ティアラ・アルマフレア。綺麗で落ち着いた物腰ながらも、その芯はしっかりとしたアルマフレア王女。

 俺にとって一番大切な人とは、いったいどちらなのだろう?

 あれから何度も自問を繰り返したが、答えはいまだにわからない。

「ランドー様」

 不意に、俺を呼ぶ少女の声。振り返らなくてもわかる。ティアラ姫だ。

「となり、良いですか?」

 俺の返事を待たず、姫様は俺の側に立ち、フェンス越しに校庭へ視線を移す。

「いよいよ明日ですね。明日は勝ってくださいね、ランドー様。綺麗な女の子が二人もかかってるんですから」

 さりげなく自分をたたえ、姫様は自嘲気味に笑った。微風が、ピーチブロンドをなびかせた。

「ごめん姫様。俺って最低だ」

 目を合わさずに、俺はつぶやいた。

 成り行きとはいえ、女の子を賭けての勝負など、まっとうな男のする事じゃない。

「いっそ軽蔑してくれ。その方が気が楽になる」

「いいえランドー様」

 姫様はにっこりと微笑んでみせた。

「ケイン様に救われたときから、私はケイン様に憧れてました。校長先生がケイン様だったとわかった今でも、その気持ちは変わりません。

 だから、ランドー様に出会ってから、何度も重ねて見てました。けど、気づいたんです。ランドー様への気持ちは、単なる憧れではないって。

 私、ランドー様が好きです。向こう見ずで八方美人だけど、いつも自分に正直なランドー様が好きなんです」

 気がついたとき、俺はティアラを抱きしめていた。細く華奢な肩が、俺の胸の中で震えている。

 悔しかった。姫様にここまで言わせておいて、まだ自分の心に踏ん切りがつかない。

 辛うじて、俺は声を絞り出した。

「明日、勝つよ。必ず。そしてそのときにこそ、決断をつける」

「………はい」

 こくりと、姫様はうなづいた。

 そう。明日はなにがなんでも勝たなくてはならない。

 負けて全てが奪われたら、決めるものも決められなくなってしまうからだ。


         *


 どーんがーんどんがらがった馬のけつ!

 運動会でよく流される曲、軍艦マーチ。そのイントロ部分に、こういうフレーズをつけたことはないかな?

「ないない」きっぱり言い切るりゅうり。

 行進曲だから体育祭で使われるのはわかるが、パチンコ屋で流されるのはなぜなのでしょうな。おっと、俺は未成年者だからパチンコをやったことはないぞ。念のため。

 それはさておき、翌日。急ながらも滞りなく、体育祭が決行された。

「結構な……」

「そのギャグは使用済みだ!」

 りゅうりを叩きつつ、あたりを見渡す。

 関東地方としては珍しく、からっとした晴れ方だ。わずかな雲が時折太陽を隠すので、程良い暑さとなっている。

 一〇〇メートル走やリレーなどの陸上競技に、綱引きや玉入れなどのイベントが混じる。

 せっかくの機会だから、デュークやオヅマをこてんぱんにしてやりたかったのだが、クラス対抗なため、そうもいかない。

「さーて、それじゃあ行こうか、ランドー?」

「了解だぜ相棒」

 競技の合間を縫って、俺とりゅうりは裏庭へ向かう。

 今日この日のために、裏でこしらえた物があるのだ。

「もうすぐだな、英雄ランドー?」

 傲然とした声。狙い澄ましたかのように、黒竜王グロウゾードがそこにいた。

「なんの用だ? 勝負はまだ先だぜ?」

「貴様の考えていることなどお見通しだということだ」

 不敵ににらみ合う俺たち。前哨戦にもなりそうな雰囲気だ。

「ランドー、ここだぞ」

 しゅたたっ、と俺はりゅうりの指すところへ走る。

 ここは体育館裏。女子更衣室の脇だ。中からは気づかれないようにこしらえた覗き穴があるのだ。

 くくうっ! 雨の日も風の日も、感張って作ったかいがあったというものだ。

「それを黒竜王! お前だけなにもせずに覗こうなど、許されるとでも思っているのか?」

「ふっ。予を誰だと思っている。予が黒竜王という時点で、その覗き穴は予の物なのだ!」

 ぐぬぬ。どこまでも自己中心的なヤツだ。

 激しくにらみ合う俺たち。その中心で、火花が飛んでいたかもしれない。

「しょうがない。妥協しようじゃないか、黒竜王」

「うむ。ここで戦うのもばからしいしな」

 話はついた。こういう時のために覗き穴は二つ作っておいたのだ。ぐずるりゅうりを後回しにし、俺と黒竜王は女子更衣室をのぞき込んだ。

 次の競技に備え、数人の少女が着替えをしていた。

 白い肌に浮かぶ汗。少しほてった頬。運動する少女と着替えをする少女。これ以上に美しいものが他にありましょうか!

 俺と黒竜王は、がっしり握手した。新たな友情が芽生えつつあった。

「ってランドー、なにをやってるのかしら?」

「お父さん、いい歳して恥ずかしくないの?」

 さーっ、と血の気の引く音。壁に顔を押し当てたまま、俺たちは硬直してしまった。

 真紀とネオが、いつの間にやら背後に立っていたのだ。

 続いて頭上の窓ガラスの開く音。にこやかに青筋を立てた少女がこちらを見下ろしていた。

 りゅうりはいなくなっていた。あいつだけトンズラこいたか!

「はっはっは」

「笑って済むと思う?」

 から笑いの俺たちに、にじみよる少女たち。

 楽の後には苦あり。こうして地獄の制裁が始まるのだった。

「おーーたーーすーーけーー!」

 夏の青空に、きっかいな叫び声を放つ俺と黒竜王であった。合掌。


「お主ら……、決戦前からダメージ受けとらんか?」

「だいじょうふでふ。なんとかやれまふ」

 にこやかに冷や汗を流す校長に、俺はなんとか答えた。

 せっかくの男前が、見る影もなくなってしまった。黒竜王も似たり寄ったりの姿だが。

 生徒たちはグラウンド中央に整列させられている。

 学校中の注目を浴びる中、これから俺たちの決戦が執り行われようとしている。

「で、ジジイ。どういうバトルにするんだ?」

「うむ。お主らにはこの校庭はちょっと狭いじゃろう。アルマフレア城から少し行ったところに広い広野があるから、そこを決戦場にしよう」

「おいおい。ここからアルマフレア城って、結構あるぜ?」

「その点は大丈夫。僕が手伝うからね」

 自慢げに、比叡がやってきた。

「みんなもうちょっと詰めて。そろそろ始めるよ」

 所狭しと一カ所に集まった生徒たちに、黒い霧が立ちこめる。その霧は俺たちの周りにも発生した。

 前に比叡の言っていた『負の粒子』だ。これをまとうことにより、光速移動を可能にする。比叡の奴、これほどの規模でも行使できるのか。

 ぶんっ。低い羽音がしたと思ったら、景色が一変していた。

 あたり一面の広野。ひび割れた大地に、ところどころ雑草が生えている。

 地平線間際に建物がいくつか見える。俺たちの街のようだ。

 そして反対側には西洋風の城がひとつ。あれがアルマフレア城か。そこも、一キロは離れていそうだ。

「ワシが審判をつとめよう。真紀・ティアラ・ネオ・ランドー・グロウゾードを除き、他の者は城壁のところまで下がるように。

 そして、この広野をバトルフィールドとし、戦ってもらう。街や城には決して危害を加えぬように。比叡の技で状況を中継させよう。

 決着は、気絶か降参をもってのみとする。それ以外はルール無用じゃ。それで良いな?」

 神妙に、俺はうなずく。黒竜王も同意した。

「ランドー、はっきり言って私はお前が嫌いだ。このまま黒竜王にやられてしまえば良いと思う。だが、ティアラ様がかかっている以上はそうもいかない。いいか、今回はなにがなんでも勝ってもらうぞ」

 憎々しげに呻くデューク。隣ではオヅマが同じ顔をしている。

「けっ。お前らに言われるまでもないね」

 挑発的に、俺は言い返した。

「お前らは黙って見てな。下手に応援されたら戦意がそげちまう」

 俺は黒竜王へ向く。敵は、薄く笑っていた。戦意をむき出しにした笑みだ。

 そして、たぶん俺も同じ顔をしていただろう。お互い、これからの戦いに気を高ぶらせていた。

 デュークらを含め、生徒たちは城壁へと下がっていく。ジジイの後ろに三人の少女が並び、俺たちを心配げに見つめている。

「それでは、はじめ!」

 ジジイの合図に、俺たちは構えをとる。戦いの火ぶたは切って落とされた。


         *


 黄緑色の肌と真紅の髪。二メートル近い長身な上、レスラー顔負けの筋肉。黒竜王グロウゾードは、あきらかにパワータイプである。さらに竜族特有の翼は、空中戦も可能にする。なかなか厄介な相手だ。

 腰を落とし、やや斜めに構えたその姿は、空手でいう後屈立ちという構えだ。

「今回は油断はせん。最初から本気でいかせてもらうぞ」

 いきなり敵の姿がかき消えた。同時に背後に殺気が走る!

「ちっ!」

 軸足を回転させ、最小限の動きで振り返る。同時に手を眼前に出し、攻撃に備える。

 ごっ! どんぴしゃ! 黒竜王の正拳を、俺は手のひらで受け止めた。だが、

「!」

 防御ごと俺の身体が宙に舞った。想像以上のパワーだ。浮いた俺の腹をめがけて、敵が足刀蹴りを放つ。俺はこれを膝で受けるが、奴は構わずそのまま蹴り飛ばす。

 ずざざざざあっ! 四つん這いで地を滑る。

 間髪入れずに黒竜王が追撃に突進してくる。顔中に好戦的な笑みを携えて。

 俺は地面に手を置き、

「波紋衝!」

 得意の一撃を放つ!

 ずどんっ! 局所的な地震を巻き起こし、黒竜王の足がもつれる。波紋衝にはこういった使い方もあるのだ。

 体制を立て直し、俺たちは再び対峙する。不機嫌そうに、黒竜王が言った。

「さっさと本気を出せ、ランドー。洞窟でのときは、その程度ではなかったぞ」

「言われるまでもないさ……!」

 ここまでは単なる様子見。これからが俺の本気だ。

 『ケインの力』『狭間の力』、そして『英雄』。この力はいろいろな呼ばれ方をされてきた。俺はその『力』を、解放する。

 ぎりっ、と奥歯をかみしめ、腹の奥に力を込める。身体の芯が熱くなり、全身に行き渡る。そしてすぐに冷める。重力が無くなったかのように、体が軽くなった。

「それで良い」

 黒竜王が満足げに目を細めた。見た目の変化はなくとも、どのくらい『力』が上がったかわかるようだ。

「『英雄』には、まだわずかに及ばないの」

 後ろでぼそりとしたジジイの声。今は気にしてる暇はない。

 ひゅんっ! 黒竜王の高速移動。並の奴なら消えたように見えるだろうが、今の俺にははっきり捉えられる。俺も同様の動きで後を追う。

 ごっ! ばきいっ! どずんっ!

 激しい地鳴りと爆発音。人間の動体視力を超えた速度と、岩をも砕く破壊力が、刹那の時間で往来する。我ながら人外魔境な戦いだ。

「ははははは! 良いなあ、戦いというものは! 女と戯れるのも良いが、強い男と殴り合うのは、もっと楽しいぞ!」

 本当に嬉しそうに、グロウゾードが吠える。

 女好きで喧嘩好きとは、とことんケダモノな野郎だ、黒竜王は。

 だが、わからなくもない。俺の顔も笑っていただろう。俺自身、この戦いを楽しんでいた。

 ぱあんっ! ひときわ大きな衝撃を放ち、俺たちは動きを止めた。軽く息を切らし、にらみ合う。

「感謝するぞ、英雄ランドー。予をここまで熱くしてくれた者は久しぶりだ。だがこの戦い、予が勝たせてもらう!」

「けっ、そうはいくかよ!」

 一声吠え、俺は敵へひた走る。黒竜王は翼を開き、舞い上がった。

「ケイン! 娘ども! 危ないから離れておれ!」

 ほお? あいつも人を気遣うのか。と、感心するのもつかの間。すぐにその理由を知った。

 グロウゾードの周囲に無数の光弾。絨毯爆撃か!

「くらえ!」

 ごごごごごごごおうっ! 爆炎と轟音が辺り一帯を覆う。

「ランドー様!」

 ティアラの悲鳴は砂煙の中へと消えた。

 空から黒竜王が地上を睨視している。その背に投げかけられる声がひとつ。

「よそ見は危険だぜ、黒竜王?」

 そう、この俺、ランドー様の声だ。ぎょっと振り返る黒竜王。

 爆風に合わせて、俺は高速移動をしたのだ。砂煙に紛れ込むから、視力だけでは捕らえきれない。そして空へ跳び、敵の死角から回り込んだのだ。

「はあっ!」

 渾身の一撃が、敵を地面にたたきつける!

 びたんっ! とバウンドし、黒竜王は仰向けに倒れる。

「もらった!」

 『三つ又の閃き』の絶好のチャンス! 俺は落下を加速し、敵の腹を狙う。

 だが、技を放とうとした瞬間、黒竜王は横目で邪悪に笑った。

 ばきいっ! 骨の砕ける音がした。

「うっ……があああ……!」

 激痛。にじむ視界と激しい耳鳴り。俺は腕を押さえて地面を転がっていた。

「なかなかの攻撃だったが、これで勝負あったな」

 黒竜王の低い哄笑が耳につく。

 技が入る瞬間、黒竜王に右腕を取られ、一気にへし折られた。

 痛みのせいで思考がとぎれとぎれになる。

「ランドー!」

「ランドー様、しっかり!」

 悲鳴のような応援のような、そんな声が二つ。真紀とティアラだ。遠のいていた意識がはっきりしてくる。

「どうしたランドー? ギブアップするのか?」

「冗談!」

 やせ我慢に見られたって構わない。俺は強引に笑みを浮かべて見せた。

「そう来なくてはな」目を細める黒竜王。

 痛みは気力で封じ込められるが、右腕はもう使えないだろう。額から流れる脂汗を左手で拭い、俺は再び構える。

「貴様の闘志に敬意を示し……予の最強の攻撃をもってとどめを刺してくれよう!」

 仁王立ちから、両手を前へ構える。そして黒竜王は呪文を唱え始めた。

「魔法?」

 あいつ、魔法も使うのか!

「ランドー様、逃げて!」

 姫様がおののき声で叫んだ。同時に完成する敵の魔法。そして背筋に走る戦慄。とっさに俺は横へ跳んだ。

 ごばあっ!

 大地を激しくとどろかせ、直前まで俺のいたところが、いや、俺のいたところを中心とし、地面が大きくうがたれた。

「城塞裂壊弾……今のは二割ほどの出力だ」嫌らしい笑みを浮かべ、黒竜王。

「なんで城塞裂壊弾を……」

 青ざめて姫様が呻く。

 城塞裂壊弾。アルマフレアに伝わる最強攻撃魔法。その名の示すとおり、城をも破壊する威力を持つ。

 禁呪として長い間城の奥に封印されていたが、十年前、その魔導書が紛失した。

 そして魔導師オヅマの宣戦布告。魔導書はオヅマに盗まれたのだ。

 オヅマは英雄ケインに倒されるが、魔導書は見つからなかった。

 それがグロウゾードの手に渡っていたのか……!

「今度はフルパワーで行くぞ!」再び呪文を唱え出す黒竜王。

「ランドー様、逃げてください!」

 再び姫様が叫ぶ。俺はそれをあえて無視し、

「おいジジイ。英雄ケインが魔導師オヅマを倒したってことは、あの魔法を攻略したってことだよな?」

「その通りじゃ」にやり、とジジイ。

「だったら逃げるわけにはいかねえな」

「ランドー! やせ我慢はやめなさいよ! 死んだら元も子もないわよ!」

「一応言っておくが、ケインがオヅマを倒したとき、五体満足の状態じゃったぞ。右腕を負傷した今のお主に、攻略できるかな?」

 真紀の警告にもジジイの注意にもたじろがず、俺は胸をふんぞり返して宣言した。

「俺は英雄ランドー様だ! あんな魔法でくたばってたまるか!」

「よく言った!」

 哄笑をあげ、黒竜王が魔法を完成させた。その胸元に、激しく輝く光弾がある。

「プライドと共に、死ね! 英雄ランドー!」

 そして起こる大爆発。先ほどのとは、規模が一桁違う。一〇〇メートルに達するクレーターを作り、数分に及ぶ砂煙を巻き上げる。

 砂煙がはれたとき、そこには誰もいなかった。

 驚愕に打ち震える少女たち。感慨深そうにクレーターを見つめるグロウゾード。

「跡形もなく消えおったか……」

「ランドー様、そんな……!」

 今にも気を失いそうなティアラ。

 だが、審判をつとめる校長は真顔のままだ。黒竜王が不遜な目を向ける。

「ケイン、予の勝利を宣告しないのか? ランドーは死んだ。ちとやりすぎたが、死亡も気絶と同様の扱いだろう?」

 そのとき、

「いつどこで誰がどのようにどうして死んだって?」

 黒竜王の背後に響く声。

 ぼこおっ、と地面に穴が開き、男が一人現れる。

 他の誰でもない。この俺、英雄ランドー様だ!

「ばかな!」

 戦慄に、黒竜王が叫んだ。

 城塞裂壊弾が決まる瞬間、俺は地中へ潜り込んだのだ。

 片腕だが、必死こいてやればなんとかなるものだ。そしてモグラのごとく地中を通って、敵の背後へ回り込んだのだ。アホみたいだが、これが最善の方法だ。

 グロウゾードが、信じられないと言いたげな顔をしている。隙だらけだ。

 そして、この千載一遇のチャンスを、俺が見逃すはずがない!

「おおおおおおおおおお!」

 雄叫び・咆吼・怒号。全身全霊の力を振り絞って、『三つ又の閃き』を打ち放つ!

「がはあっ!」

 吹き飛ぶ黒竜王。防御もままならず、攻撃をモロに喰らった。

 肩で息をし、俺はうずくまる黒竜王をにらむ。

「ぐっ………ごばっ!」

 起きあがろうとし、血を吐き、再び倒れる。

 今の一撃、『三つ又の閃き』に『波紋衝』を上乗せした。

 単なる三つ又の閃きでは倒せるか怪しい故、一か八かだった。

 波紋衝は『静』の状態で打つ。三つ又の閃きは激しい動作を必要とする。

 この相反する条件を、強引に合わせて打ったのだ。腕にかかる負担は半端じゃない。

 左腕が青紫色に変色し、びりびり痺れる。これで両腕が当分使えない。

「勝負ありだ、黒竜王」

 なんとか声を絞り出し、敵へ歩み寄る。

 性格からして、奴は降参などしないだろう。ならば、首筋でも蹴って気絶させる!

 うずくまる敵の前へ立ったときのことである。

「ランドーさま、離れて! 人型が解けます!」

 ネオが、せっぱ詰まって叫んだ。

 かっ! 激しい閃光が、黒竜王から放たれた。俺はあわてて距離を取る。

 ぎいいいいいやああああああ!

 耳につく激しい雄叫び。上空に巨大な竜がいた。

 全長三〇メートルくらいあるだろうか。漆黒で、巨大なドラゴンだ。

「これが黒竜王の正体か……!」

 喫驚に、俺は見上げた。正気を保てなくなり、『人型』が崩れてしまったのだ。

 ぎやあああああああああ!

 咆吼をあげ、黒竜王が火炎を吐く。まさにところ構わず。

「ランドー! この勝負ここまでじゃ! 『人型』が解けた以上、気絶と見なす!」

「やなこった!」

 きっぱり俺は断った。目をむくジジイ。

 奴はまだ完全に気を失っていない。こんなモンで勝ちといえるか!

「俺は倒すぜ、黒竜王を。完膚無きまでな!」

 言って俺は空を見上げる。無差別砲撃を続ける黒竜王を見つめる。

「来いよ黒竜王……決着は地上でつけようぜ」

「!」

 ふらり、と黒竜王の身体が傾く。すぐに落下を始める。みるみる加速していく。

 その巨体には、半透明の鎖が絡みついていた。

「まさかこれは超重絡鎖網? バカマゴめ、ついに会得しおったか!」

 驚喜にジジイが叫ぶ。

 見たのは二回、うち一回はその身をもって体験した。原理はまだよく理解できないが、『感覚』だけでもなんとかなるものだ。

「こんなややこしい技、二度とごめんだね!」

 減らず口をかまし、俺は大きく腰を落とす。

 そして、黒竜王の眉間を狙い、飛び上がる!

 このとき俺は気づいていなかった。

 額に八紡星のあざが浮かび上がっていたことに。

「これで終わりだ!」

 ごっ!

 竜の馬鹿でかい額に、俺の最終兵器『頭突き』を打ち込んだ。

 ずうううんっ!

 黒竜王の巨体が地を揺るがし、続いて俺が大地に落ちる。

 仰向けになって俺は空を仰いだ。

 両腕がいかれ、ややこしい技を使い、最後の頭突きで力を使い果たしちまった。少しでも気を抜けば気を失いかねない。

 ジジイが俺を見、続いて黒竜王を調べる。そして満面の笑みを浮かべ、両腕を振り上げた。

「黒竜王の気絶により、勝者、樹之下蘭道とする!」

 うわあああぁぁぁ!

 遠くで少女の歓声が聞こえた。たくさんの歓声が少し遅れて続く。

 ジジイに起こされ、俺はなんとか立ち上がる。側では黒竜王が人型に戻りつつあった。

「最後の最後で、ようやく覚醒したようじゃの」

 少しだけ嬉しそうに、ジジイが言った。

「なんのことだよ?」

「最後の一瞬、お主の額に八紡星のあざが浮かんだ。あれこそがお主の『英雄』じゃ」

「……けっ。どうでもいいね。覚醒しようがしまいが、俺が英雄だってことに変わりはねえ」

「ふぉっふぉっふぉ。そういうことにしておこう。お主はまだまだ精進せにゃならんからの」

 相変わらず含みのあることを言いやがって。俺は小さく舌打ちした。

「ランドー……」

 涙を浮かべ、真紀が俺の前へ立つ。姫様とネオがその隣にいる。

 疲労困憊の中に笑みを混ぜ、俺は言った。

「ネオちゃんゲットーーっ!」

「開口一番それかい!」

 どげしっ!

 真紀と姫様のダブルパンチに、俺は気を失った。

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