ROUND3『裏科学部の挑戦』

   ROUND3『裏科学部の挑戦』


 とある休み時間、渡り廊下で真紀と真弥ちゃんが雑談をしていた。

「六月。梅雨の季節」

「六月。あじさいに止まるテントウムシ」

 窓から中庭を眺めながら、二人は交互につぶやいている。

 しとしと雨の降る表を見、もの思いにふけっているようだ。

「六月。祭日の無い嫌な月」さりげなく俺が続ける。

「そういう発想しかないわけ、ランドー?」

 嫌な顔して真紀が振り返る。

「そんなことはないぞ」

 隣にいるりゅうりと交互に、言葉を連ねる。

「六月。夏の始まり」

「夏。プール開きに水泳の授業」

「水泳。すなわち水着」

『六月。ぢょしこおせえのすくうるみづぎの六月!』

 にこやかに声を張り上げる俺達に、真紀と真弥ちゃんはなぜか深い深いため息をつくのだった。


「てなわけで、ここは学校のプールである」

「誰に向かってしゃべってるのよ?」

 真紀の突っ込みはさておき、昼休みを境に雨がやんだので、五時間目のプール開きが決行された。

「結構なことですな」

「りゅうり、頼むからお前は黙っててくれ」

 犬頭を小突きつつ、俺はあたりを見渡す。

 りゅうりとデューク、それとオヅマが同クラスなため、不本意ながらも近くにいる。

 プールサイドの反対側には、主に女子がたむろしている。

 真紀・久美ちゃん、そして姫様と、二年A組は美少女に恵まれている。担任はイシター先生だ。

 女子の水着は競泳用にも似たもので、身体のラインがくっきり出てとってもナイスだ。

 ちなみにティアラ姫は、一般生徒用とは違う白い水着を着用している。白いくせに透けないのは反則だと思う。

 デュークの馬鹿は何を考えているのか、股間もっこり水着だ。女子の注目を浴びまくっている。

 オヅマは浮き輪を持ってきている。あとで突き落としてやろう。

「はーい、みなさぁん。準備体操はちゃんとすませましょうね」

 甘ったるい声で、イシター先生が告げる。オヅマ秘伝のハイテンションレンズをかけているせいだろう。

「目も洗いましょうね」

 と言いながら、イシター先生は洗眼用の水道へ向かいつつ、眼鏡を外す。

「……樹之下君、校庭十周」

「なぜ」にこやか冷や汗で、俺。

 眼鏡を外したとたんに、インテリモードへ切り替わったらしい。性格の変化に気づいてないのだろうか?

「その派手な水着は何ですか?」

 イシター先生は、俺がはいている水着を指さした。アロハ風の鮮やかな柄なのだ。

「先生だって、ハイレグ悩殺水着じゃないか」

「わ、私は生徒ではないのだから良いのです」

 顔を赤くして、一瞬ひるむ先生。ハイテンションモードの時に着たらしいが、引っ込みがつかなくなったようだ。

「姫様は?」

「ティアラ様に、校則は通用しません」

 あっさりと言い切る。俺はなおも食い下がる。

「デュークは?」

「通用しません」

「オヅマなんか浮き輪持参だぞ」

「子供だから仕方がないでしょう」

「ちっ、嫌な世の中になったもんだ」

 ぶつぶつ言いながら、俺は仕方なしに学校指定の水着に着替えた。

 プールサイドへ戻ると、自習になっていた。みんな好き勝手に泳いだり雑談したりしている。

「おーランドー。俺の華麗な泳ぎを見てくれよ」

 りゅうりが犬かきしながら得意げに言った。

「きゃはは! 犬かき犬かき~!」

 久美ちゃんがケラケラ笑う。そういう久美ちゃんも犬かきだ。いや、猫娘だから猫かきか?

「ランドーランドー、あの技見せてよ。あの技」

 久美ちゃんからリクエストがかかった。

 あの技とは、ズバリ『水面歩行術』である。

「よーし、それじゃあちょっと離れてろ」

 言いながら、俺はまず、右足を水面におく。

 やり方はこうだ。


一.右足が沈む前に左足を出す。

二.左足が沈む前に右足を出す。

三.一に戻る。


 まあ、ありがちなヤツですな。

 ありがちだが、実はこれ、間違いではなかったりする。

 ただ、普通の人間には『水の抵抗を超えた速度での足踏み』ができないだけのこと。

 『ケインの力』をもってすれば、この芸当も簡単だ。

 ちなみに、この原理をもってすれば『空中歩行』も可能なはずだが、さすがの俺もそこまではできない。

 ひとつ、この水面歩行術に問題があるとすれば……、

「樹之下くーん! プールの水がなくなっちゃうからやめなさぁーいっ!」

 凄まじい水しぶきの向こうで、イシター先生の怒鳴り声が聞こえた。

 そう。猛烈な勢いで水面を蹴り続けるこの技、海ならともかくプールで使うと迷惑この上ない。ジジイレベルになると、水しぶきをほとんどあげずにできるそうだが。

 俺は超高速足踏みを止めた。途端に身体が水に沈む。

 波も静まり一息ついたプールの向こう岸に、オヅマを発見。浮き輪でぷかぷか泳ぎつつ、タオルとおもちゃの水鉄砲。何か勘違いしてるとしか思えない。

「はっはー! カナヅチとは不憫だなあ、オヅマ! お兄さんが特訓を施してあげやう!」

「わー、やめろ! やめろよ!」

 指で弾いて浮き輪をパンクさせると、オヅマが泣き出してしまった。

「やめなさいよランドー! 無理させたって泳げるようにはならないわよ」

 (歩いて)やってきた真紀に、オヅマが飛びついた。

「溺れちゃうよー」

「はいはい、もう大丈夫よ」

「このガキ! 真紀に抱きつくんじゃねえ!」

「ヤキモチはみっともないわよ」

「誰がやいとるか!」

 一声怒鳴ったとき、ふと思い出した。

「そういえば真紀。おまえは泳げるようになったのか?」

「そ、そんなことどうでも良いじゃない」

 そっぽ向く真紀。

 ふっ。十七にもなって未だカナヅチか。

「真紀姉ちゃんも泳げないのか?」

 純真無垢な子供の言葉は、時として刺々しい物になる。真紀は返答に詰まった。

「いかんなあ、真紀。せうがない。俺が教授してやろうじゃないか」

「い、いいわよ。別に」

 曖昧日本人の答えだ。俺はイエスととることにした。

「オッケー。こっちゃ来う」

「ノーと言ったのよ、ノーと!」

 聞く耳持たず、プール中央の深い方へつれていく。オヅマがなにやら喚いているが、無視無視。

「戻して、戻してよ」

 立ち泳ぎの俺にしがみつき、真紀が泣きそうな声を上げる。

「浮くくらいはできるだろ?」

「……うつぶせでなら」

「それでは息継ぎができないではないか。まずは仰向けで浮く練習だな。これができれば溺れなくなる」

「できないわよー」

 珍しく気弱な真紀。

 泳げないやつというのは、そのほとんどが地上での感覚を水面下に持ってくるのが原因である。足が地に着いてないと不安なのだ。

 下半身の力を完全に抜けば、不思議と水に押し上げられるような感じが来る。なんとかこの感覚を理解させねばならないのだが……。

「足を下に向けようとするから沈むんだ。身体の力を抜いて、水面に平行になるように」

「こ、こう?」

 身体がくの字に曲がってる。もちろんこれでは沈んでしまう。

「腰の力も抜く!」

 ぺしっ、と尻をたたく。身体はまっすぐになるが、微妙に力が入っているため、足が下へ降りていく。

 真紀の手をつかみ、軽く引く。ようやく背面で浮かんだ。耳から後ろは水面下で危なっかしいが、まあ合格だろう。

「あたし、浮いてるの?」

 とまどいながらも、真紀のその声はうれしそうだった。泳ぎへの第一歩なのだから。

「だいたいだな、こんなでっかい浮き袋が二つもついていて、沈むという方がおかしいのだ」

 真紀のビッグな胸をぺしっとたたく。ぽよよん、とプリンのように揺れた。

「なにすんのよっ!」

 ずしゃどげっ! 水しぶきをあげながら、真紀の鉄拳が俺様の顔面へクリーンヒット!

「うわうわ! おぼぼぼれれー!」手足をばたつかせる真紀。

 いきなり無茶な動作をするもんだから、パニックに陥った。俺は頬をさすりつつ、真紀の手をつかむ。ちょうどそのとき、

 ぐももももーーんっ! けったいな雄叫びが後方から響いた。

 振り向くと、白い巨大な三角形と、数本の触手がうごめいていた。すぐに全身が露わになる。

「テンタクルスだあ?」

 なんと、『プールから』巨大イカが出現したのだ! 非常識きわまりない。

「久しぶりだねえ、樹之下蘭道君。また逢えて嬉しいよ」

 わざとらしい調子の声に、俺は顔をしかめた。

 テンタクルスの上方に、ガクラン姿の人影一つ。

 黒髪に混じった、赤い一房の前髪。綺麗だが、やけに中性的な顔立ち。自称裏科学部部長、野倉比叡だ。

 黒いオーラをまといつつ、そこに足場があるかのように空中に立っている。あれだけで普通人でないことが明白だ。

 先月の巨大昆虫の一件以来、奴は執拗に、俺にちょっかいをかけてくる。

「今日は巨大イカのテンタ君が君のお相手を勤めるよ。心して戦ってくれたまえ」

 りゅうりがずずいと前へ出た。

「イカはいかん! するめにするね!」

「お前が行ってこーい!」

「なんでえええぇぇぇ!」

 駄洒落犬男を巨大イカへ向けて蹴飛ばしてやった。

 ぺしっ。イカの足に弾き飛ばされ、りゅうりは校外へ消えた。

「イカはいかん。するめにするね。ダブルか……ふふふ」

 小さく笑い、比叡はいずこかへ消えた。

 ……もしかしてウケたのか? りゅうりのギャグが?

 野倉比叡、あなどりがたし!

「樹之下君、またあなたですか。みんなに迷惑だから、早くなんとかしなさい」

 イシター先生からクレームが入った。

 悪いのは比叡であって、俺はむしろ被害者なのだが。

 なにしろ、先月の一件以来、比叡はしつこくちょっかいを出してくる。

 巨大グモ、巨大ヘビ、巨大ムカデ、と巨大化技術の実験の際にできた厄介物を、俺に処分させているかのようだ。

 あんな変なものばかり作らずに、穀物や家畜に使えば、よっぽど有意義だろうに。

「きゃーっ!」

 突如と響く、少女の悲鳴。テンタクルスが数人の女生徒を捕らえていた。

 ずばっ! ひゅごぅ!

 その刹那、イカの足は切り裂かれ、少女達が開放される。

 デュークの剣と、オヅマの魔法が巨大イカを攻撃したのだ。

 しかしデュークの奴、いつの間に剣を用意したんだ?

 なんにせよ、被害が出る前に倒さなくてはならない。俺は『ケインの力』を開放し、水面に立つ。今度はできるだけ水しぶきが上がらないように気を付けながら。

 ぐおうっ! テンタクルスの足が、向かってくる。甘い!

「はあっ!」

 気合一閃、手刀で足を切り落とす!

 ただの手刀といえど、音速を超えればこのぐらいの威力が出る。あのゲソは、後で焼いて食おう。

 しかし、

「おおう?」

 驚き混じりに、俺は声をもらした。

 わずかな時間で、巨大イカの足が再生したのだ。まさに『にょきにょき』といった感じだった。

 うーむ、普通の攻撃で倒すのは難しいか。俺は考えを巡らせる。

「へいオヅマ! いっちょ火炎をぶちまけてやりな!」

「やなこった。お前一人で苦しんでろ」

 予想どおりの答えに、俺はこめかみを引きつらせた。

 毎度姫様に頼るのも、男として恥だし、なんとか独力で戦うしかないか。

 よし、アレをやってみよう。俺は水面を蹴り、テンタクルスへ向かう。

 敵の攻撃をかいくぐり、イカの頭(正確には腹だが)に手のひらを押しつける。

「波紋衝!」

 ずどんっ!

 衝撃が、プールに大波をたてる。テンタクルスが大きく震え、プールの底へと沈んでいった。

 どうやら倒せたようだ。

 波紋衝。校長こと俺の祖父の持ち技で、地震にも似た衝撃を生み出す。

 俺も一度見ただけでぶっつけ本番だったが、上手くいったようだ。

 原理を説明しよう。

 まず、毛布を一枚広げてほしい。そうしたら毛布の中央をつかみ、少し持ちあげる。

 すぐにそれを押し込むように元へ戻す。波紋がひとつ広がらなかったかな?

 これを万物に応用したのが『波紋衝』である。

「やれやれ」

 ため息ひとつ、俺はプールサイドへ戻った。

「真紀姉ちゃんしっかり!」

 オヅマが半泣き状態でうろたえまくっている。そのすぐ側には、真紀が倒れている。

「真紀さん、逃げ遅れて溺れたんだよ」

 いつの間にか復活していたりゅうりが言った。

「こういう時のための魔法だろう、オヅマ。治療魔法はないのか?」

 オヅマは首を振った。

 攻撃魔法に比べて、治療魔法は格段に難しいそうだ。

 確かに『こちら側』でも、破壊に対して修復というのは困難なものである。

「あの、治療魔法なら私が……」

 姫様の申し出を、俺はさえぎった。

「うーむ、こうなったらアレしかあるまい」

「アレって、アレか?」にやりとりゅうり。

 もちろん、アレとは言わずと知れたアレである。

 恋愛物の定番、人工呼吸イベント!

 俺は顔をはたき、気合いを入れる。深呼吸をし、気を落ち着かせる。そして胸一杯に空気を吸い込み、

「いっただっきまーっす!」

 タコの口状態で振り返る!

「とっくに目が覚めてるわよ!」

 ごめり!

 力一杯どつかれ、俺はプールサイドにキッスをしてしまった。

 いそいそと準備をしてる間に、姫様が治療魔法をかけたらしかった。しくしくしく。


         *


 放課後一番、俺はグラウンドへ出た。

 先月からの比叡のちょっかいに、いい加減けりをつけたかった。

 あいつは、いくつか含みのあることも言っていた。このあたりも問いただしたい。

 しかし、裏科学部とはいったいなに?

 とりあえずりゅうりに聞いてみたところ、裏科学部ではなく裏陸上部なら知っているとのこと。俺はりゅうりを連れて陸上部へ向かった。

「裏、だと?」

 陸上部らしく体格の良い男、松木主将は凄みのある声でそう言った。

「聞かれたからには答えねばなるまい。道を極めんがために、人道をあえて踏み外す。それが裏部活動と呼ばれるゆえんだ」

 神妙に、松木主将は説明する。

「例えば、私は常日頃、人はどうすれば速く走れるかを考えている。人間の潜在能力を、最大限に引き出すにはどうすれば良いか? 私はひとつの答えに達した」

「ドーピングか?」

「うむ、一理あるな。機械はさすがに反則でも、薬剤なら許されても良いはずだ。だが、私の答えは少し違う。ついてきたまえ」

 松木主将に連れられ、俺達は学校からわりと近くにある食堂に入った。

 味は並みだが、値段が安いので寄り道していく生徒が多い。

「この食堂が、陸上の神髄となんの関係が?」

「まあ待ちたまえ。ここのラーメンはなかなかいけると思うのだが、どうかね?」

 とん骨プラス昆布ダシのこのラーメンは、確かにこの店で一番うまいが、話題がずれまくってる気がする。

 主将ははふはふちゅるちゅる、ラーメンを食している。隣のりゅうりも。

 ずずずずず、とスープも残さず飲みほすと、いきなり主将が立ちあがった。

「それでは始めるぞ、裏陸上部の活動を。ついてきたまえ!」

「おう!」

 しゅたたたた~。松木主将とりゅうりは、軽快に店外へ走っていった。

 呆然と見送る俺をよそに、カウンターから飛び出した店主が表を指差しこう言った。

「く、食い逃げだあーっ!」

 あ、やっぱり。


「人間、追われている時が一番必死に走ることができる。これが私の出した結論だ」

 それで食い逃げね。確かに人道に外れてますな。

「それはいいから、六三〇円」

 校門まで戻ってきたところで、俺は二人に請求した。ちなみに税込みである。

 二人が逃走した後、俺が払わされたのだ。

「なんと! 払ってしまっては逃走する意味がないではないか! 私は意味もなく走るのは大嫌いなのだ」

「いいから六三〇円」

「ふはははは! 払って欲しくば追いかけてくるが良い!」

 笑いながら逃亡する松木主将。こういうアホなことに『ケインの力』を使いたくはないのだが、仕方がない。

 俺は『刹那の移動』で主将の前へ回り込み、小突き倒す。そして手近にあった樹に手のひらを押し当てる。

「波紋衝」

 めきめきと抗議の悲鳴を上げて倒れる樹を見、松木主将は腰を抜かした。

「六三〇円ね」笑顔で手を出す。

 俺の誠意ある説得により、松木主将とりゅうりは倍にして返してくれた。

「しくしくしく」なぜか泣く二人。

「しかし裏部活動って、こんな阿呆なことばっかりやってるのか? これじゃあ裏科学部もたかがしれてるな」

 松木主将は胸をふんぞり返した。

「阿呆とはなんだ! 我々はポリシーを持ってやっているのだ。道を極めんがためにな。今君の言った裏科学部だが、あそこは半端ではないぞ」

「裏科学部を知っているのか?」

「いや、私も詳しくは知らないのだが。陸上・美術・科学の三つが裏活動の盛んな部だが、裏科学部は怪しい噂が絶えないのだ」

 『裏』がつく時点で充分怪しいってば。

 と、不意に、ささやき声で彼は耳打ちしてきた。

「ところで、裏美術部はヌードデッサンが身上らしいぞ」

「行くぞりゅうり、裏美術部へ!」

「よっしゃあ!」

 シリアス顔で、俺達は美術部へ向かった。


         *


「うう。この絵の具の臭い、やだなあ」

 りゅうりがハンカチで鼻を押さえながらうめく。

 確かに、油絵の具の臭いは普通の人間でも、慣れないと結構きつい。コボルトなりゅうりにはなおさらだろう。

 しかし、部活動をしている者を見ると、果物を模写する者が半分、残りはイメージだけで描いているようで、モデルさんがいないではないか。

 見学希望を伝えると、美術部部長の西水あすまはこう言った。

「なに! ヌードデッサンとな! よし、早速脱いでくれたまえ!」

「俺が脱いでどーする! 俺は描く方が希望だ!」

 怒鳴り返すと、西水はわざとらしく肩をすくめる。

「そうは言ってもなあ。モデルは随時募集しているのだが、なかなか集まらないのだよ」

 うーむ。やはり裸婦を進んで希望する娘などそうはいないのか。

「そうなると、裏活動はしていないのか?」

「いや、もうひとつあるにはある。ついてきたまえ」

 言われるままにやってきたところは、体育館脇、女子更衣室の天井裏。おいおい。

「それではシャセイを始めるぞ。しっかりカキたまえ」

 『写生』と『描く』でしょうが。なぜカタカナで言う?

「誰かいる!」

 勘の良い女の子の悲鳴。先日の下着紛失事件もあってか、鋭敏になっているようだ。

「逃げるぞ!」

 ぱこーんっ、とりゅうりをたたき落とし、西水と俺は一目散に逃げ出した。

「おーーたーーすーーけーー!」

 背後で聞こえるりゅうりの悲鳴。嗚呼合掌。


「うむ。危ないところであった」おおらかに、西水。

 一息ついて美術室へ戻ると、見覚えのある人物が一人いた。

「野倉比叡!」

「やあ樹之下君。こんなところで逢うとは奇遇だねえ」

 いつものふざけた口調だが、その声は本当に意外そうだった。

「君も見学希望かね?」

「いえ、裸婦募集ということで来たんだけど、モデル代は出るのかな?」

「出す!」二つ返事の西水。

 今のセリフから察するに、比叡って女だったのか?

「君も僕を描くかい?」

 少し挑発的に、比叡は言った。

 はっきり言って描きたいぞ。女ならば、だが。

 顔や声は確かに女っぽいが、ガクランがそれを否定している。

 疑惑の目の俺に、比叡はからかうように言った。

「ああ、そうか。こんな格好だから僕が男だと思ってるんだね?」

 比叡は目を細め、微笑んだ。男には見えない妖艶な笑みだ。

「そうだね。そのあたりのことも含めて、君とは一度じっくり話をしないといけないね」

 ここからは俺にだけ聞こえる声だった。

「今夜、体育館に来てくれ。君も、いろいろと聞きたいことがあるだろう? 世界大融合のこと、狭間の力……君が言う『ケインの力』のこと。いくつかは僕にも答えられるよ。……そろそろ頃合いだしね」

「頃合い?」

 比叡はくるりと背を向け、西水に言った。

「ごめん。ちょっと用事ができたんで、また今度にするよ」

 去っていく比叡を残念そうに見送る西水だが、俺の思考は別方向を向いていた。

 ……比叡のやつ、何を企んでいるんだ?


         *


「あああ、真弥ちゃん、もう俺ダメだよ~」

「ああん、ランドーお兄ちゃん、もう一回だけしようよ。真弥、まだ満足してないのぉ」

「うう、最初は軽い気持ちだったのに、真弥ちゃんがこんなに好き者だとは思わなかった」

「ほら早くぅ。真弥、一人じゃ寂しいの」

「あんた達、何やっ……!」

 ふっ。真紀が怒鳴り込んできた瞬間、俺はにんまりと振り返った。

「おやぁ、真弥ちゃんと対戦パズルゲームをすると、なにか問題があるのかなあ? それとも真紀君、君はナニかひどい勘違いをしていたのかなあ? うりうり」

 ごべしっ! 真紀の無言の一撃で、俺はテレビ画面に頭突きをさせられてしまった。危なくブラウン管が割れるところだ。

「ま、いいわ。夕飯、できてるわよ」

「おっ、サンキュー」

 リビングへ行くと、芳ばしい香りが食欲を促進させる。今日はミートソースのようだ。

「ごほごほ、すまないねえ、いつも苦労をかけっぱなしで」

「それは言わない約束でしょう、ってなに言わせるのよ」

 他愛のない会話とテレビの音声。最近の夕食は、いつも真紀と真弥ちゃんとの三人だ。

 俺も真紀も両親が共働きで、しかも帰りが遅い。特にうちの親は半分会社に住み着いていて、帰ってこない日もしばしば。

 昔はそれほどでもなかったのだが、俺が高校生になるあたりから忙しくなってきたらしく、半一人暮らしになった。

 そんな中、お袋に頼まれたのか、世話好きな真紀が家事全般を受け持ってくれたのだ。

「で、真紀。お袋にいくらで雇われたんだ?」

「別にお金なんかもらってないわよ」

「じゃあなんでわざわざ?」

「バッカねえ。あたしがご飯作ってあげなきゃ、あんた今頃飢え死によ。それに、真弥と二人だけってのも寂しいしね」

 真紀はコーンスープを口に運びながら言う。

「お姉ちゃんはランドーお兄ちゃんが好きなんだよねえ」

 ぶぼおっ! 真紀は飲みかけのスープを盛大に吹き出した。俺の顔面めがけて。

「そうだったのか?」

 手ぬぐいで顔を拭きつつ、平然と俺は言う。真紀がうろたえまくるから、こっちは冷めてしまった。

「なななな、なに馬鹿言ってるのよ! 幼なじみが一人っきりじゃ可哀想だから来てあげてるのよ!」

「えー、真弥はランドーお兄ちゃん好きだよ」

 嬉しいセリフだが、真弥ちゃんのことだから、異性に対しての好きではないだろう。

「別に嫌いって言ってるわけじゃないわよ。ランドーとは、幼なじみ・友達・兄妹。そんな感じよ。そうでしょ、ランドー?」

 冷静さを取り戻し、真紀は同意を求める。

 まあ確かに、真紀と真弥ちゃんとは幼い頃からのつきあいで、兄妹みたいなもんだ。

「別に良いぜ、それでも」

「な、なによ。引っかかる言い方ね」

 にやにやする俺に、真紀は不満げに眉をひそめた。

「さてと」

 あらかた食い終わり、挨拶もそこそこに俺は立ち上がる。片づけを始めていた真紀が振り返った。

「でかけるの?」

「さあね」

 薄手の上着を羽織り、ぞんざいな返事で玄関へ向かう。

「ちょっと! 行き先くらい言いなさいよ。こんな時間にティアラ様とデートとかってわけじゃないでしょうね?」

 んなわけあるか、と言いかけたところで悪戯心が芽生えた。

「仮にそうだとしても、お前には関係ないだろう? 俺たちは友達か兄妹みたいなもんなんだから」

 返答に詰まる真紀を一瞥し、俺は外へ出た。

 ……俺、さっきの会話を気にしてるのかな?


 外れとはいえれっきとした東京。夜でもそこそこ明るいはずが、世界大融合後はそんな面影もなくなってしまった。

 突如現れた緑に、いくつかのビルは使いものにならなくなり、廃墟と化した。また、消失した建物も多い。一説では『あちら側』に飛ばされたというが、真相を知る物はいない。

 なにより、夜は魔物の活動時間である。『あちら側』より配属された警備員が巡回しているが、それも限られた地域のみのこと。ちょっと街から離れれば、そこは魔物のテリトリーだ。

 今、俺の向かう学校は完全な無人のはずである。そう、野倉比叡を除いては。

 時計を見る。八時五十分。約束の時間は確か午後九時。少し早かったか。

「今夜、体育館に来てくれ。君も、いろいろ聞きたいことがあるだろう?」

 比叡はこう言っていた。

 俺はかなり悩んだ。胡散臭げな上、罠の臭いがぷんぷんする。それでもやってきたのは、知的好奇心からだろうか。

 しんと静まりかえった校門をくぐる。右手に校庭、正面に校舎、その校舎の向こうにはプールがある。体育館は向かって左側だ。

 ………?

 奇妙な気配を感じ、俺はあたりを見渡した。

 ……誰もいない。気のせいか?

 静寂に包まれた裏庭を通り、体育間へ向かう。鋼鉄の扉は開かれ、漆黒の闇がその先に広がる。

 扉をくぐった瞬間、まぶしい光に俺は目を細めた。スポットライトが当てられていた。

「ようこそ、樹之下蘭道君。約束どおり来てくれて、うれしいよ」

 ライトはステージへ移り、笑顔を張り付けた野倉比叡が現れる。

 相変わらずのガクラン姿に性別不明な容貌。その身体に、黒い霧のようなオーラをまとっている。

 聞きたいことはいろいろある。

 世界大融合の原因や、『ケインの力』についても知っているらしい。

 しかしそれ以上に聞きたいことがあった。『いったい何を企んでるのか?』

 俺が口を開こうとしたその時、

 うぞぞぞぞ! 背中を走る悪寒に、俺はのけぞりながら前へ跳ねた。

 振り替えると、いつのまに移動したのか比叡がそこにいた。俺の背中を指でなぞったのだ。

「て、てめえ! 今のどうやった!」

 怒りよりも驚きのほうが大きかった。ステージから俺の背後への移動、全然見切れきなかった。

「なに、原理さえ理解できれば、君にだってできるよ。なにしろ、君も僕も同じ『狭間の力』の使い手だからね」

 薄く笑い、比叡は説明を始めた。

「見ての通り、僕の周りには黒い霧が立ちこめている。これはね、質量の値が負になっているんだよ。SFでいうタキオン、と言った方がわかりやすいかな。

 本当は『こちら側』には存在できない物質なんだけど、正の質量の物質とペアにすることにより『こちら側』へ召還しているんだ。この場合は、僕の身体を媒体に呼び出していることになるね。

 そして、この『負の粒子』をまとうことにより、質量の総数をゼロにまで落とすことができる。

 わかるかい? 今、僕の質量は擬似的にゼロになっているんだ。質量がゼロになると、移動速度が光速と同等になり、時間の流れにも縛られなくなる。

 この黒霧をまとっている間、時間と空間は、僕には無意味な存在となるんだ。

 ………って、聞いてる?」

「も、もちろんさあ!」

 あさって向いていた俺ははっと我に返り、うわずった声で答えた。

 理解不能な話になると、俺の意識はあっちへ行ってしまうようだ。

「やれやれ。どおりで格闘系の力ばかりなわけだ。それでは宝の持ち腐れだよ?」

 比叡は西洋人風に肩をすくめた。ちょっとムッとくるぞ。

「ほっとけ。そもそも『狭間の力』ってのはなんなんだよ?」

「教えても良いけど……さっきの話についてこれないようじゃ理解できないかもよ?」

「いいから言え!」

「はいはい。『世界大融合』と呼ばれる現象により、二つの世界が重なり合ったのは君も知っての通りだね。

 世界、この場合は宇宙のことだけど、宇宙というのは『無』の海に漂う、泡のような物なんだ。その中の二つの泡が重なり、ひとつになる。これが世界大融合だ。

 けどね、世界は完全にひとつになったわけじゃないんだ。

 シャボン玉遊びを思い出して欲しい。二つの泡をくっつけたとき、完全にひとつにならないで、境目が残るときがあるだろう? 今はそういう状態なのさ。

 そしてこの境目に、無の海の一部が取り残されている。無の湖とも言うべき高エネルギーの超時空がね。

 普通、無の海のエネルギーは宇宙の内側へ取り入れることはできない。しかし、二つの世界の狭間にできたこの湖は例外になった。

 そう。この狭間の湖の力を使うことのできるのが、君や僕、『狭間の力』の使い手さ!

 宇宙とは、いわば法則に縛られた世界。しかし無の海は、全ての法則を生み出しし宇宙の源! 『狭間の力』の使い手は、この宇宙の法則すら動かせるんだよ!」

 ぽかーんと、我ながら間抜けな顔で、俺は比叡の熱演を聞いていた。この手の人種は、聞き手の理解力を無視して力説できるらしい。はっきり言って半分以上わからなかったぞ。

「えーと、つまり、要するに……」

「つまり、『何でもありな超能力』ということさ」

「あ、なるほど」

 ぽんと手を打ち、俺は理解した。最初からそう言えっての。

 しかしそうなると、俺に重なっているのは英雄ケインではなく、狭間の湖とかいうものになるのか。

 コボルトりゅうりのような変化が起きないことや『それ』に意志がないことも説明がつくが、結局、英雄ケインってのはなんなのだろう?

「ま、この宇宙の内側にいる限り、法則を動かすと言っても限度があるし、人間という殻をかぶっている以上、使えるエネルギーにも上限があるけどね」

「………で? その『何でもあり』な力で、お前は一体何を企んでいるんだ?」

「そうだね。ここからが僕の話の本番だ」

 まだ難しくなるってのか? と突っ込みたいが、とりあえずやめておこう。

「『狭間の力』の概要は今述べた通りだけど、僕自身、全てを解明したわけじゃない。

 この力の真理を知ることが僕の目的。しかし、僕一人では出来ることに限界がある。

 だから、探していたんだよ。僕のパートナーとなる人を。同じ力を持ち、苦楽を共に出来る人を……」

 自分の言葉に酔っているのか、比叡の瞳は少し潤んでいる。

 な、なんか嫌な予感がするぞ。

「おいおい、それって……」

「そう。僕はついに見つけたんだよ。樹之下蘭道君、君という人を! 君こそが僕にふさわしい人なんだ!」

 ずざざざざあ! 俺は十五メートルほど後ずさった。

 じょ、冗談じゃないぞ。それって恋人も同然じゃないか。

 つまり比叡が俺を呼び出したのは、逢い引きのつもりだったのか。夜中の体育館とは、なんて悪趣味な。

「ば、馬鹿ぬかすんぢゃねえっ! だいたいてめえは男じゃねえのかっ!」

「それは、君の目で確かめるといい」

 妖しげな笑みを浮かべ、比叡は学制服のボタンを外し始める。

「お、おいおい……」

 止めようと思いつつ、その艶めかしい様を凝視してしまう。

 ガクラン、長袖のワイシャツと脱ぎ、アンダーシャツに手をかける。そしてとうとう上半身をあらわにした。

「…………」

「さあ、ご感想は?」

 わずかに頬を赤らめ、比叡は問う。

 わからなかった。

 きめ細かく、つややかな肌。くびれたウエスト。そして膨らんでいるのかいないのか、微妙な胸。

 ぺったんこの少女とも、骨格のまだ固まらない少年とも取れる。上半身裸になっても、比叡の性別はわからなかった。

 押し黙る俺に、やがて比叡は説明を始めた。

「僕はね、役所には男として登録されている。男子の制服を着ているのもそのためさ。

 けどね、十二歳のときに初潮があった。どういうことかわかるかい?

 僕は、『ふたなり』だったんだよ。両性具有と言ったほうがわかりやすいかな。

 研究所で調べられた結果、僕には性染色体が二組あるそうだ。片方が男、片方が女。僕は完全な『両性』なんだ。

 そして世界大融合によって、僕に新たな能力が加わった。

 自分の意志により、片方の性染色体を抑えることが、ね」

 比叡の髪がざわめいた。微かに光を放ったかと思うと、比叡に変化が起きていた。

 赤毛にひと房の黒髪。赤と黒が入れ変わっている。そしていつの間にか、胸の膨らみが増していた。決して大きくはないが、整った形をしている。

 そしてその顔は今までの中性的なものではなく、完全に女性のものとなっていた。

「さあ樹之下蘭道君。僕を抱いてくれ。僕たちが真なるパートナーとなるために」

「冗談じゃねえ!」

 ひと声吠えて、俺はきびすを返す。

 今は女とはいえ、戸籍上は男だし、あいつがその気になれば本当の男にも変身できる。

 そんなオトコオンナ野郎に、大切な貞操を奪われるわけにわいかん!

 だが、

「な?」

 身体がしびれたように動かない。俺の前では、比叡が妖しく微笑んでいる。

 いつの間にか、ヤツの術中にはまっていたのか!

「恐がることはないよ。僕だって初めてなんだ」

 そーいう問題でわない!

 比叡はズボンをおろす。細く長い脚があらわになる。ついに下着一枚になってしまった。こういう事態を予想(予定?)したのか、女ものの下着だ。

 紅潮した比叡の顔が近づいてくる。

 う。すげえ色っぽい。

 樹之下蘭道最大のピンチ! 俺はこのままイケナイ道を歩んでしまうのか?

 覚悟を決めようとしたそのときである。

「ランドー!」

 ばあんっ、と体育館の重たい扉が、勢いよく開く。なじみ深い少女がそこにいた。

「真紀!」

 息を切らせ、真紀は呆然とたたずんでいる。

 どうしてここに? という思いよりも、この場を打開できる人物の登場に、俺は内心ほっとした。

 だが、現実はそんなに甘くなかった。

「あんたって、スケベで女好きでどうしようもない奴だけど………そういうことだけはしないと思ってたのに……!」

 ぽろぽろと涙を流しながら、真紀は声を震わせる。

「ま、待て! お前はひどい勘違いをしている!」

 うわずりまくった俺の声。

 比叡が迫ってきたシーンしか見ていないのか? だとしたら事態は最悪だ。

「ランドーの……!」

 わななく真紀に同調するかのように、床が、いや、体育館全体が振動を始めた。

 な、なんだ? なにが起きてるんだ?

「こ、これは『狭間の力』?」

 おののき混じりに、比叡が声をもらした。

 『狭間の力』? 真紀が?

「ランドーの、ぶぁかあああぁぁぁーーーっ!」

 ごばああああああぁぁぁ!

 自身の叫び声すらかき消して、激しい衝撃波が館内をあますことなくかけめぐった!

 ほぼ同時に、俺にかけられていた見えない束縛がほどけた。

 比叡が焦って術が緩んだようだ。俺はとっさに身を伏せる。

 轟音と爆風が俺の背の上をかけまわる。台風なんてメじゃない威力だ。

 数十秒ほどが過ぎ、ようやく騒ぎが治まった。

「うひょー、こいつは凄え……!」

 起きあがり、俺は思わず驚嘆の声をもらした。

 床が所々はげ、窓ガラスはすべて吹き飛んでいる。天井のライトは、いまだに大きく揺れている。

 しゃくりあげているのか息を切らしているのか、真紀は肩を大きく上下させている。

 さすがは『なんでもあり』、比叡は防御結界らしき光の玉に包まれていた。その顔に驚愕の色を張りつけたまま。

 チャンス! 俺はダッシュで真紀を抱え、一気に表へ駆け出る!

「ラ、ランドー?」

「話は後だ!」

 三十六計逃げるに如かず! 真紀を脇に抱えたまま、裏庭を突っ走り、校門を目指す。

 だがその直前、

 ぐおぉーーっ! 闇から響く咆哮が、俺達二人を吹き飛ばした。

「きゃあっ!」

「真紀!」

 転がる真紀にすかさず駆け寄る。守るように肩を抱き、あたりを見渡す。

 ………なにもいない。

 正面に校門、背後に校舎、左手に校庭。夜の闇に塗りたくられているが、それ以外はいつもと同じだ。

 だがしかし、異様な気配が肌にピリピリ伝わってくる。魔物の気配に間違いない。

 見えないが、確実にいる。それも一匹や二匹じゃない。

「樹之下蘭道君。君は僕に恥をかかせた。この償いは受けてもらうよ」

 ふと、比叡が現れた。中性的な顔に薄い怒りをにじませて。

「僕の研究の第二成果を受けた魔物が、この学校内に放たれている。君たちには、こいつらの相手を勤めてもらおう。見えないからてこずるだろうが、頑張って倒してくれたまえ」

「見えない魔物?」

 俺の問いには答えず、比叡は姿をかき消した。

「ちょっとランドー、いったいなにが起こってるの? あの人、あんたの恋人じゃないの?」

「冗談ぬかすな!」

「さっき、いい雰囲気だったじゃないの」

「あれは、あいつが勝手に迫ってきただけだ!」

「まんざらでもなさそうだったけど?」

「そ、そんなことはないぞ!」

「じゃあなんでどもるのよ」

 だああ、ラチが開かん!

「それはそうと、なんでお前がこんなところにいるんだよ?」

「そ、それは、あんたが悪さしないようによ」

 ふん、なんとなく気になって、といったところか。俺は鼻を鳴らした。

「とにかく、俺は少なくともあいつにそういう興味はない。いいか、詳しくは後で話すけど、あいつは男だ」

 ぶっきらぼうに言い放ち、再びあたりを見回す。

 比叡の言った通り、見えないがはっきりとした殺気を感じる。

 裏科学部め、巨大化の次は透明化ときたか。

 気配から察するに、今回の敵はそれほど強くはなさそうだ。気合の入った拳で倒せると思う。だが、見えない上にかなりの数がいそうだ。

 方法は二つ。戦うか逃げるか。

「真紀、さっきのでっかい爆発、もう一回出来ないか?」

 無差別砲撃なら、見えても見えなくても関係ない、というのが狙いで聞いてみたのだが、

「あれってあんたがやったんじゃないの?」真顔で真紀はそう言った。

「お前、自覚がないのかよ。お前にも俺と同じ『力』が重なってたんだよ」

「あたしに英雄ケインが?」

 そうか。真紀にはまだ詳細を話してなかった。

 とにかく、これでは真紀の力はあてには出来ない。俺一人だったら戦っても良いのだが、下手をすると真紀に怪我を負わせてしまう。なんとか逃げるしかないか。

 ぴゅーいっ! 口笛を吹き、飛龍を呼ぶ。飛行型の魔物がいなければ、と思ったのだが……、

「残念だが、この学校の周囲には結界を張ってある。逃げの一手は打てないよ」

 嘲笑するかのように、比叡の声がどこかから響いた。俺に察せないところで高見の見物らしい。

 ぐるるるる……。無数のうなり声が、あちこちから聞こえる。真紀を脇に、すり足で校舎へ向かう。

 学校の外へ出られないとなると、全方向がら空きの校庭は不利だ。校舎内なら壁を背に、前方へ集中できる。

「こっちだ!」

 真紀の手を引き、校舎へ突っ走る。魔物の咆哮が後を追う。

 校舎に入った途端、目の前に殺気がほとばしる!

「ちいっ!」

 舌打ちひとつ、あてずっぽうでフックを放つ。

 ばきいっ! 鈍い音と確かな感触。不可視の怪物は吹きとんだ。

 階段を駆けあがり、俺達の教室、二年A組に飛び込む。机と椅子をかき集め、入り口ひとつだけ残してバリケードを張る。

 どんどんどん! 力任せに壁をたたく音。横の扉が開くと同時に机をぶん投げる。

 どばぎゃ! 豪快な音をあげ、見えない敵は倒れたようだ。

 ここまでの攻撃頻度から、おびただしい数というほどでもなさそうだ。もちろん油断は禁物だが、二十匹は超えないだろう。

「ラ、ランドー……」不安げな真紀。

「なんだよ。珍しく弱気だな」

「そうじゃなくて。本当にさっきの人、あなたの恋人じゃないのね?」

「しつこいぞ。恋人だったら今頃こんなことにはなっていない。それともなにか? 恋人だったほうが良かったのか?」

「そ、そんなわけ!」

 一瞬大声をあげ、あとは消え入るような声だった。

「そんなわけ、ないわよ……」

 薄暗がりだが、真紀の頬が真っ赤にほてってるのがわかった。

 なんか、妙な雰囲気だな。

 何かを訴えるように真紀が顔をあげる。その潤んだ瞳に、俺の鼓動が高鳴った。

 そのとき、

 がしゃあんっ! 背後で窓ガラスの割れる音!

 しまった! 飛行型がやはりいたのか! 俺はとっさに真紀を突き飛ばす。

 ざぐっ! 背中に走る鋭い痛み。見えないかぎづめが、俺の背を駆け抜けた。

「ランドー!」悲痛な真紀の悲鳴。

 俺は痛みを堪えて立ちあがり、真紀へ笑みを投げかける。

「心配すんな。お前一人くらい、俺が守ってやる」

「……う、うん」

 少し恥ずかしげに見えたのは気のせいだろうか。

 ともあれ、今教室の中には飛行型の魔物がいる。次が来る前に、さっさと倒さなければ。俺は神経を研ぎ澄ます。

 シュッという空気を切る音。俺は身をひねり、真上へ蹴りあげる。

 ばきいっ! 狙いどおり蹴りが当たり、敵は天井に叩きつけられた。

「なかなか頑張るねえ。ボーナスにヒントを教えてあげよう」

 尊大に、比叡の声がした。

「物が見えるというのは、光が反射か吸収、もしくは屈折することによりおこるんだ。彼らが見えないのは、この反射吸収屈折率が空気と同じだからなんだ」

「空気と同じ?」

 俺は首を傾げた。比叡の言うことは、相変わらず小難しい。

「空気の色をした魔物だから、空気の中ではわからないということね」

 真紀が俺の側へ寄り、説明してくれた。

「無差別にペンキでも投げれば見えるようになるんだろうけど……」

 残念ながら、この教室にペンキはない。

 まてよ。空気の色? 俺はひらめいた。

 どかどかどか! 教室に入ってくる複数の足音。悩んでる暇はない。

 ここ二年A組の教室は、校舎の端にある。三階なのが気がかりだが、やるしかない。

「真紀! 思い切り息吸って止めてろ!」

 ひと声吠え、真紀を抱えあげる。驚く真紀だが、言う通りにした。

「しっかり捕まってろ!」

 真紀の頭を押さえ、俺は窓から飛び出した!

 その先にあるのはプール。とどけ!

 ばっしゃーん! 夜空に届かんばかりに水しぶきをあげ、俺たちはプールに飛び込んだ。

 追うように、数本の水柱が走る。俺は『ケインの力』で視力の調整をする。

 やっぱりだ。俺は水中で、敵の姿を確認した。

 同じ透明でも、水と空気は違う。敵が空気の色をしているなら、水中ならと思ったのだが、ドンピシャだ。泡のような人型モンスターが全部で六体。

「波紋衝!」

 水中なので頭で叫び、俺は波紋衝を放った。衝撃が全方向へ広がる。

 どばしゃあっ! 竜巻の如くプールの水が、敵ごと弾け飛ぶ!

 真紀を抱いたまま、すかさず外へ出る。今のでかなり倒せたはずだ。

 水量が半分以下になったプールを後にし、俺たちは校庭へ走る。魔物の気配はまだ消えない。

「くそ! あと何匹いるんだ!」

「知りたいかい? 残る不可視モンスターは、計六体。ただし、ひとつ強力なのがいるよ」

 またしても比叡の声がした。くそ、あの野郎、俺たちをいたぶるのを楽しんでやがる。

 瞬間、嫌な予感が背筋を駆け抜けた。俺は真紀の肩を掴み、横っ跳びする。

 どごおっ! コンマ一秒前までいたところが、大穴を開けた。

「気配がしなかったろう? 彼はストーンゴーレムなんだよ。まあ、ゴーレムといっても人より少し大きい程度だけどね」

 ゴーレムとは、魔法によって作られた一種のロボットのこと。比叡の奴、魔法にまで手を出してるのか。

 相手がゴーレムでは、気配が読めない。勘で攻撃しても、まず当たらないだろう。

 心眼とか第六感とかあれば便利なのだが、あいにくそういう能力は持ちあわせていない。

 風の流れを頼りになんとか敵の攻撃をかわすが、ながくはもたなかった。

 がんっ! 後頭部に走る鈍い殴打感。つんのめり、膝をつく。

 頭上に複数の殺気。雑魚魔物が連係をかけてきたか!

「くそっ!」

 やけくそで腕を振るうが、むなしく空を切るだけ。

「きゃあっ!」

「真紀!」

 恐れていたことが、ついに起こった。敵の攻撃が、真紀にまで及んできた。

「比叡! 真紀には手を出させるんじゃねえ!」

「……面白くないな。その娘が君にはそんなに大事なのかい?」

「当たり前だ!」

 となりで真紀が赤面しているが、この際それは無視。

「そうかい。そんなに大事なら、自力で守りきってくれたまえ」

 くくうっ! 比叡の野郎、ここまで卑劣だったとは!

「真紀、悪い。なんとかしてお前も戦ってくれ」

「け、けど、どうやって?」

 確かに少し前まで真紀は一般人だったが、今は『狭間の力』が覚醒してるはずだ。

「さっき体育館を破壊したやつ、あれをもう一回やるんだ」

「できないわよー。あのときは頭の中が真っ白になって、何があったのかよく覚えてないもの」

 頭の中が真っ白? よくある『感情の爆発』ってやつか。

 ………ひとつ方法を思いついた。失敗したら俺自身が危険だが、博打を打ってみるか。

「真紀」

 不意にまじめな声で、俺は幼なじみの少女を呼んだ。真紀がこちらを向くと同時に、

「!」

 有無を言わさず唇を重ねる!

「樹之下蘭道君! こんな時に君は一体何をやってるんだ!」

 動転しまくった比叡の声。意外な事態に、魔物の攻撃も止まった。

 たっぷり二十秒ほどのディープキス。息をつき、真紀にささやきかける。

「どうですかあ、新藤真紀さあん。頭の中が真っ白になりましたかあ?」

 うなじから耳たぶまで真っ赤にし、真紀は惚けたまま動かない。

 やりすぎたか? それとも刺激が足りなかったか?

 再び魔物のうなり声が響き出す。じりじりと近づいてくるのがわかる。

 くっ、やっぱり駄目か。そう思ったとき、

「ら……ランドーの………!」

 わなわなと肩を震わす真紀。同時に響きだす大地の振動。

 きたかっ! 俺は全力で地面にへばりつく!

「ランドーの、馬鹿ああああああああああぁぁぁぁぁ!」

 どごおおおおおぉぉぉ!

 体育館の時のとは比にもならない超強力な爆発が起きた。

 鼓膜が破れんばかりの轟音。真紀の足下に引っ付くようにして堪えているが、それでも弾き飛ばされそうになる。

 津波のようなエネルギーの奔流がようやく収まり、顔を上げるとぎょっとした。

「おいおい、校舎にヒビが入ってるよ」

 とんでもない威力だ。校舎からは五十メートルはあるのに、建物全体にヒビが入っている。そして真紀を中心に大地がえぐれている。ティアラ姫の魔法にも匹敵するんじゃなかろうか。ザコモンスターは残らず消し飛んだようだ。

 そして、闇夜の校庭の一角に、奇妙な人影がひとつ。

 半透明なそれは、無数の擦り傷によりその姿を露見させていた。

 比叡の言っていたストーンゴーレムだ。透明だったのが、真紀の攻撃で傷が付いて姿を現したのだ。

「あ、あたし、いったい……?」

「でかした真紀! あとは俺に任せろ!」

 事態を飲み込めてない真紀をそこへ残し、俺はゴーレムに向かってひた走る!

 真紀の攻撃をもってしても倒せなかったが、見えちまえばこっちのもんだ!

 敵の身長は二メートルといったところか。ゴーレムというよりは動く彫像といった感じだ。俺は地を蹴り、敵に向かって腕を振り上げる。

 迎え撃つように、ゴーレムも振りかぶる、だがその腕は空を薙ぐだけだった。

 俺は敵の目前で軌跡を変え、真後ろへ回り込んだのだ。普通の人間が見れば、瞬間移動にも見えただろう。比叡のような光速移動とまではいかないが、俺にだってこのくらいはできる。

 そしてがら空きになった背中へ、

「波紋衝!」

 必殺の一撃をたたき込む!

 敵は、さながら山を転がる落石のように吹き飛んでいった。

 片づいたか? そう思ったとき、またしても見えない位置から比叡がしゃべりだした。その声には怒気が含まれていた。

「そんな胸が大きいだけの娘が、僕よりも良いと言うのかい?」

 ほお。比叡は胸にコンプレックスを持っているのか。

「胸だけってのはなによ、失礼ね!」

 真紀の文句はさておき、俺はきっぱりと答えた。

「あったりまえだ。真紀はれっきとした女だからな。俺はオカマに興味はない!」

「僕はオカマじゃない!」

 珍しく声を張り上げる比叡。

「もう容赦はしないよ。ゴーレム! やってしまえ!」

 え? 今倒したばかりのゴーレムの名を呼ぶ比叡に、俺が不思議に思ったとき、

「ランドー、後ろ!」

 がんっ! 真紀の声と同時に、後頭部に鈍い衝撃が走る。

 落ちそうになる意識を強引に戻し、俺は逃げるように距離をとる。

「ばかな……」

 額からにじみ出た汗が、頬を伝わっていくのがわかる。俺は戦慄を覚えていた。

 波紋衝をまともに受けたはずなのに、敵はいっこうに堪えていなかった。無言でそこにたたずんでいる。

「君の今までの戦いを参考に、特別に作ったゴーレムだ。格闘系の力では、まず倒せないよ」

 声高らかに、比叡はそう言った。

「彼の弱点を教えてあげよう。ストーンゴーレムは、電撃に弱い。

 『狭間の力』は何でもありと説明したね? 君にもできるはずだよ。電撃くらい簡単にね」

 ゴーレムが無表情に迫ってくる。俺は横っ飛びでこれをかわす。一定の間合いを保ちながら、俺は考えた。

 『ケインの力』は俺に、頑丈な肉体と強力な腕力を与えてくれた。他にも、視力や聴力の調整もできる。だが、電撃なんてどうやるんだ?

「別に難しいことじゃないよ。人の体内にだって電気は流れているんだよ。電子の流れ、電位の高いところから低いところへ、イオン粒子の制御。こういったことを理解するだけで良いんだ」

「できるかっ!」

「できるようになるしかないよ」

 容赦のない比叡の声。同時に迫るゴーレムの腕。

「ちいっ!」

 上体でかわす。敵の腕は頬をかすめた。次の瞬間、

 がつんっ! ゴーレムの頭突きを受けた。目の前に真っ赤な星空が広がる。

「ランドー!」

 遠くで真紀の声がする。視界と平衡感覚が、一瞬麻痺した。

 額から鼻筋を、暖かい物が流れる。

 血だ。俺は流血していた。

 それを理解したとき、俺の中で何かがぶち切れた。

「この彫像野郎……! 俺に頭突きたぁ、いい度胸じゃねえか……!」

 電撃だの『狭間の力』だの、どうでも良くなった。

 難しい話は抜きだ。ゴーレムごとき、力でねじ伏せる!

「おおおおおぉぉぉ!」

 ごんっ! 胸を反らし、頭突きを仕返す。敵はたたらを踏み、しりもちをついた。

「僕の話を聞いていなかったのか? 彼は電撃以外では倒せないんだよ!」

「やかましい!」

 腹の底からの叫びに、比叡はたじろいだ。見えない空間へ向かって俺は続ける。

「倒せるか倒せないか、見物人は黙って見てろ! 俺の戦い方を見せてやる!」

 雄叫びひとつ、俺は敵へ突っ走る。ゴーレムも立ち上がり、迎撃体制に入る。

 同時に放たれる二人の拳。頬にカウンターが決まると同時に、余った手でもう片方を捕まえる。手四つの組み合いになった。

「がああああぁぁぁ!」

 渾身の力比べ。足下の大地がひび割れていく。

 ゴーレムが頭を引く。頭突きか、受けてたつ! 俺も背を反らす。

 ごっ! 激しくぶつかる二つの頭。のけぞったのはゴーレムの方だ。

「ばかな! 波紋衝すら耐えるゴーレムが頭突き一発で!」

 驚愕の比叡の声。俺は敵から距離を置き、言い放つ。

「この俺を誰だと思ってる! 俺は英雄ランドー様だ!」

 助走から、体操選手がごとくトンボ返り。敵の目前で踏み切り、大きく飛び上がる。

「俺と力勝負なんざ、五十六億七千万年早え!」

 回転力に落下速度を加え、全身全霊の頭突きを打ち込む!

 受け身をとり、俺は距離をとる。

 さすがに額が痛い。心臓がバクバク言っている。これ以上の戦闘はきつい。だが、

 ご、ごごごごごご……。断末魔だろうか、低いうなり声とともに、ゴーレムは崩れ落ちていった。

 静まり返る夜の校庭、俺の荒い息だけが響いている。

「ま、まさか、ストーンゴーレムを、頭突きだけで倒してしまうなんて、ね」

 比叡の声が震えている。驚愕とも驚嘆ともつかない声だ。

「確かに、君は肉弾戦の方が似合っているようだ。考えることをやめたとたんに、凄まじい力が解放されたよ。巨大昆虫戦とは比較にならない強さだ」

 おいおい。それではまるで俺が力自慢のノータリンみたいではないか。否定はできんが。

「ますます気に入ったよ。君は必ず僕のものにしてみせるよ。今日のところは退散しよう。それじゃあ、またね」

 それっきり、比叡の声はしなくなった。気配も、魔物の物を含めて完全に消え去った。


         *


「終わったの?」遠慮がちに、真紀。

「ああ。なんとかな」

 額の血を拭いながら、俺は答える。

 かくんっ、と膝が折れる。真紀の胸元へ倒れ込んだ。

「ら、ランドー?」

「わ、悪い。今回はさすがにくたびれたわ」

 石鹸の匂いがする。しばらくこのままでいたい気分だ。

 ほどなく、真紀の腕が俺の背中へまわってきた。か細い声でつぶやいた。

「あのねランドー。さっき、格好良かったよ」

「なに言ってんだ、バーカ」

 俺は苦笑した。今日の真紀は妙にしおらしい。

「けど、ちゃんと責任とってよね」

「なんだよ責任って」

 真紀は顔を真っ赤に染め、いきなりしかめっ面になった。

「ランドーの馬鹿!」

 怒ったり泣いたり、女心というのはよくわからん。

「あー、いたあ! ランドーお兄ちゃーん!」

 いきなり響く真弥ちゃんの声。校門をくぐり、りゅうりと一緒にやってきた。

「うおっと。お楽しみ中でしたか」

 りゅうりのとぼけたセリフに、はっと我に返った。俺と真紀は抱き合ったままだった。真紀は俺を突き飛ばし、ひとつ咳をする。

「そ、そんなことより、どうしたのよ二人とも」

「急にお姉ちゃんがいなくなるから、真弥、心配したんだよ。夜のお外は怖いから、ワンちゃんに一緒に来てもらったの」

 本当に心配そうに、真弥ちゃんは言った。隣でりゅうりがうんうん頷いている。

「真弥ちゃんは優しいなあ。姉さんとは大違いだな」

「なんですって?」

 腕を振り上げる真紀。俺は真弥ちゃんの後ろへ逃げ込んだ。

 いつもの調子を取り戻し、俺たちは家路へ向かった。


 それにして野倉比叡、嫌な奴に気に入られちまったもんだ。これから先が思いやられる。

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