チョコレートの行方

 放課後、誰もいない教室で、ぱきりと音をたててチョコを砕く。流行りに乗って作ってみた逆チョコだったが、結局渡せなくて机にしまいこんでいたものだ。

 こんなもの、早めに処分するに限る。


「何してるの?」


 急に後ろから声をかけられ慌てて振り返る。立っていたのは同じクラスの栗原さんだった。その名の通り栗色のふんわりした髪とくりくりした目が可愛いらしい女の子だ。普段なら可愛い子に声をかけられればそれなりに嬉しいが、今は彼女の顔はあまり見たくなかった。

 彼女が、恋敵の妹だからだ。彼女の兄も妹似のイケメンなのだ。だから今はあまり会いたくなかった。少なくともこのタイミングでは。


「下校放送聞こえなかったの? あ、いけないんだお菓子食べてる」

「いや、これはその」


 さて、どうやって誤魔化そう。


「ねえ、先生には黙っててあげるから私にもちょうだい」

「え、でもこれ、ってああ!」

「静かにしないと人来ちゃうよ」


 栗原さんは返事も聞かずに一番大きい欠片を食べてしまった。


「なんてことを……」

「ごめん。これ、よく見たら手作りだよね。貰い物だった?」

「いや、僕が作ったやつ。ただ、ちょっと古くなってたから心配で」

「へーすごーい。小山くんがお菓子作れるなんて、ちょっと意外かも。あ、いい意味で、ね」


 確かにチョコレート作りなど初めてだったが愛が不可能を可能にしたのだ。渡せなかったけど。

 しかし『男が菓子作りなんて気持ち悪い』とか言わないあたり、きっと兄に似て性格もいいのだろう。

 神様は不公平だ。


「ねえ、もっと食べたいな」

「だから危ないって」

「美味しかったから大丈夫だよ」


 美味しいと言われて不覚にも嬉しく思ってしまったが、その理屈は意味不明。

 それに本来このチョコは誰にも食べられてはいけないのだ。これは僕の気持ちそのものだから。

 だから僕は残りのチョコを口に放りこみ、お茶で流しこんだ。


「もったいない!」

「く、栗原さんにはまた今度作ってあげるから……」

「え、本当に?」


 きらきらと輝く瞳にドキリとする。そんなに喜ばれるならいくらでも作ろうという気になる。可愛い子は得だ。


「うん、栗原さんにもバレンタインに義理チョコもらったし、お返しで何か作るよ」

「特別な日じゃなくてもいいのよ?」

「そんなに気に入ったの?」

「うん!」


 約束ね、と言い残して栗原さんは手を振り去っていった。


 あるいは来年は彼女にあげたほうがチョコも喜ぶのかもしれない。

 でも、今は、このチョコが溶けきらないうちは。僕は自分の気持ちに蓋をする。


(さよなら、また今度)

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