可愛いのは

 甘い氷は口の中に入れた瞬間溶けて消えた。


「あ、笑うと可愛いね」


 季節はずれのかき氷を口に運びながらその人は言った。

 まるで天気のことでも話すみたいな気軽さで言うものだから、何を言ってるのかわからずに聞き返そうとしてこの場には二人しかいないのだから自分に向けた言葉だと思い至ったものの男に対して可愛いもないだろうと思い悩み、その結果。


 ハア、と間抜けな声を漏らした。


 時間にして30秒かけて考えた挙句がこれではただの馬鹿である。

 対して発言者は隣で勝手に自己嫌悪してることも原因が自分にあることも知らず、ただシャリシャリサクサクと氷を崩すことに夢中になっている。


 何も考えず、ただサクサクと。


 その無駄に気負わない自然な姿は羨ましいが、自分には無理だろうということは自覚していた。願っただけで叶うなら憧れたりはしない。頭が痛い。


「美味しかったならもうちょっと食べてもいいよ」


 どこかピントのぼけたことを言いながらカップを差し出す姿はあまりにも無防備だが、それを心配するのは杞憂なのだろう、きっと。

 そもそも最初に差し出された簡易スプーンに何も考えず食いついたのは自分だ。頭が痛い。


「……いえ、もう充分です」

「そ? まあ寒いからねと言いつつこんなもの食べてる私は馬鹿だよね」


 けらけら笑いながら溶けてほぼただの色水となり果てたそれを流し込んで頭を押さえつつ、だがそれがいいと満足げに目を細めた様子を見て、やはり本当は独り占めしたかったのだろうと確信した。

 花より団子な人物にとって好きな食べ物を与えるということは高レベルの親愛表現なのだそうだ。

 だから、つまり。


(可愛いのは貴方だ)


 結局その言葉を口に出すことはできなかった。

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