誰かにとっての一大事

葛瀬 秋奈

きっと、気づかない

 晴れた日は屋上で弁当を食べる。

 教室にいても一人だから。

 ここにいると時々来訪者もある。

 ほら、また。


「な~ぎ~」

「今日はどうした時任」


 時任はいつも誰かに恋をして、告白しては振られて泣いている。

 情けない男だ。

 だが、告白できる分、勇気はあると言っても良いのかも知れない。

 私には、とても無理そうだから。


「振られたんだ」

「いつものことだな」

「ヒドっ!」


 そうだ。

 いつものことだ。

 こんなやり取りもいつものことだ。


「今回はまた早かったな」

「うん、好きな人がいるんじゃ仕方ないよなー」

「馬鹿、そりゃ体よく断られたんだ」

「あ、やっぱそう思う?」


 馬鹿な奴だ。

 初めて会ったときも馬鹿な奴だと思った。

 でも、そんな自分とは正反対な所にだんだん惹かれていって。

 誰かに執着した事なんか、なかったのに。


「私の唐揚げをやるから元気出せ」

「おお、さんきゅー」


 泣いた烏がもう笑った。あどけない子供のような笑顔。

 しかし私の箸から直接食べるのか。別にいいけど、あんまりよくない。


「時任って私の事を女だと思っているのか?」

「は? そりゃ、ナギは女だろ。女らしくないけど」

「……そうか」

「なに笑ってんだよ」


 時任は体育があるからといって先に行ってしまった。

 私も早く行かなければ。

 それにしても、やっぱりあいつは何も気付いてないんだな。

 目の前にこんないい女がいるのに。

 このままずっと気が付かなければいい。

 一生気付かせない自信はある。

 最初から、無かった事にすれば良いんだ。


 ああ、まったく、本当に。


 馬鹿な奴だ。


(本当に馬鹿なのは、誰)


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